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46 とある悲劇


目の前で起きた惨劇に、目を逸らすことができなかった。

自分の彼女への愛を、想いを伝えていたはずだ。それなのに、何故こんな事になっているのか分からない。


「アイザック………」


彼女は口から血を吐きながらその名を呼ぶ。呼ばれた男は何かを呟きながら、彼女の胸に刺したものを抜く。それと同時に、彼女の胸から血が溢れていく。そのまま地面へ彼女は倒れてしまう。


「シトラ………?」


ようやく出した声は、彼女には届かない。そして彼女の血で濡れたアイザックは、倒れた彼女を無表情で見つめている。……今、この男は、何をした?


「………お前、何してるんだ?」

「…………」


こちらを見ようとしないアイザックは、そのまま姿を消した。



先ほどの助けを呼ぶ為に叫んだ声でやってきた使用人達が、この状況を見て大きく叫んだ。その声に反応してハリソン公とジェフリーがやってくる。そして彼女を見て目を大きく開いて固まり、そしてひどい顔をしながら彼女へ駆け寄り声をかける。


「シトラ!シトラ!!!おい!返事をしてくれ!!!」


ハリソン公は彼女を起こすが、起こしたと同時に流れる大量の血に息を止める。それを見て真っ青になりながらジェフリーは、すぐに使用人へ医者を呼ぶように叫んでいた。ハリソン公はしばらく彼女を見て、そして呆然と立っている自分を見た。


「お前がやったのか……?」


何も答える事ができない自分を見て、これ以上ないほどに歪んだ表情のハリソン公は、強く胸ぐらを掴んだ。目には涙を堪え、今にも自分を殺しそうな殺意を出している。


「お前がやったのかと聞いているんだ!!!」

「ハリソン公!!!」


自分が何も答えれない代わりに、ジェフリーの声を聞いてやってきたリアムが、ハリソン公の名前を呼ぶ。ケイレブはハリソン公の手を掴み、胸ぐらを掴むのをやめさせた。……リアムは、ジェフリーに抱かれている彼女を見て一瞬、顔を歪めるがすぐにこちらを見る。そして自分の方を険しい顔で見ると、そのまま口を開く。


「……………ギルベルト様は絶対に、こんな事はしない。彼じゃない」

「……リアム」

「……ギルベルト様。………誰がシトラをこんな目に合わせたんですか」


リアムの言葉に、ようやく落ち着いた自分は、ゆっくりと声を出した。


「…………アイザックです」


その名前にリアムとハリソン公も驚く。まさか彼女を蘇生した人物が犯人だと思わなかったのだろう。


その直後、いきなり炎が現れたと思えば、そこにはかつての聖女の騎士であったウィリアムが、シトラの側にしゃがんでいた。そしてジェフリーに抱かれた彼女の状態を見ると、険しい顔をしてこちらを見る。


「おい、ガヴェインを連れてこい。医者では無理だ」

「ガヴェイン!?」


ジェフリーが涙を流しながら驚いてウィリアムを見ると、すでにウィリアムは魔法陣を自分の血で地面に描き始めていた。


「今の医学で彼女を助ける事はできない。だとすれば刺した精霊よりも、神に加護を得ている者が、神の言葉で治癒魔法を唱える他、助ける術がない」

「………ガヴェインをすぐに呼んでくれ!!」


ジェフリーの声に使用人は頷き走り去っていく。

……私は、目の前で意識のないシトラを見て、その場に倒れるように座り込んだ。ハリソン公、リアム、ケイレブも、最悪の場合を考えて、光を無くした目で立っている。






__________________





私は、普通の少女だった。日本で学生として、普通に毎日過ごしていた。

けれど、目を覚ますとそこには、自分の知らない世界が広がっていた。放課後に、部活をしている友人を待つために教室で待っていた。いつもと変わらない日常になるはずだったのに、私は気づいたら異世界に召喚され、聖女として人間と戦う事になった。


私の名前は×××だが、日本の名前はこちらの世界では呼びづらいそうで、加護を受けている予言の神の名前から由来して、シルトラリアと名乗る様に言われた。



「シルトラリア様、どうか私達をお救いください」



金色の瞳をもつ精霊達は、長年人間に迫害を受けている。だから私が呼ばれた。……私の存在は、その為にしかない。ならば戦わなくてはならない、私が存在する理由の為に。


私は毎日、戦いに行く精霊の為に加護を授け、そして敵へ何度も魔法を放った。神の使者の加護を受けたウィリアムは、将軍となり毎日人間を殺して行った。そして血まみれになって帰ってくる彼を出迎えた。私の表情を見て、ウィリアムは優しく微笑んだ。


「貴女の騎士なのだから、貴女を守るために俺はいる」


私は、私を慕う精霊達を助ける事で、存在できるだけなのに。日本にいた時には考えられなかった人を殺す事の恐ろしさと責任で、日に日に食が細くなっていった。


それを精霊達は嘆き、私が心を病まないように世話係を二人つけた。その二人は兄妹で、とても美しい銀色の髪をしていた。


「初めまして聖女様、ノアと申します」

「……は、初めまして、聖女様……アイザックです」


しっかり者の妹と違い、兄の方は緊張していた。そうして私は二人と過ごす事となり、段々と二人を友人と思える様になった。


「シルトラリア様」

「呼び捨てでいいって言ってるでしょ、アイザック」


ノアと違い距離が少し遠いアイザックに、私は少しずつ歩み寄った。最初こそ恥ずかしがって顔を赤くしていたが、次第にそれは収まり、やがて笑ってくれる様になった。


「シルトラリア。……俺は、君の側にずっといる」


そう伝えてくれるアイザックに、私は友であり、家族のように感じていた。毎日がこんな幸せだったらいいのに、そう思った。




やがて、人間が降伏し、精霊は人間を協定を結び和解した。そして私の魔法で枯れた大地を緑豊かな大地にて、そこで人間と共同し国を作る事になった。


「初めまして、ダニエル・カーターと申します」


人間側の代表が私に笑顔で手を差し出す。亜麻色で灰色の瞳を持つ、私と同じ歳くらいの青年だった。人間側は今までの貴族達が、精霊との共存を拒否して違う土地へ去ったらしい。そして残った貴族と新しく爵位を得た貴族の中で、一番賢いのが彼なのだとか。……自分と同じ位の歳なのに、随分と違う世界にいる存在だと思ってしまった。


そして私はウィリアムの説得により、建国されたハリエド国の初代国王となった。変わらずノアとアイザック。そして宰相となったダニエルも支えてくれた。

特にダニエルは政治にも詳しく、王の責務、そして何をするべきかを教えてくれた。次第にそれは、友として、そして恋人としてと形を変えていった。


「シルトラリア。君はかつて俺たち人間側にした事を後悔しているけれど、あの戦争がなければ、俺たちはこんなに幸せにならなかったと思う」

「……でも、私はたくさんの人を殺したのは変わらないよ」

「それが戦争なんだ。俺達もかつては精霊を迫害し、殺していた。……でも今はどうだ?精霊と人間の子供が街で遊んでいる。それを作り上げたのは君だ」


私がアイザックに教えてもらった魔法で作り上げた花畑に、ダニエルは寝そべりながら大きく背伸びをする。


「それにこんな素晴らしいものを作り上げている!君は最高だ!」


それに笑いは思わず笑ってしまった。……けれど、次にダニエルが顔を赤くしながら真剣にこちらを見つめている事に気づいて、どうしたのかと聞こうとしたが、ダニエルが私の左薬指に金色の指輪を嵌める。


「……これって、亡くなったお母さんの形見じゃなかった?」

「ああ、でもこれを君に渡す」


そうして彼は、灰色の瞳を真っ直ぐこちらへ向ける。


「俺は君の全てを愛している。シルトラリア」

「……ダニエル」

「シルトラリア、俺と共に生きてほしい」


私は涙を流しながら、笑顔で頷いた。


「………有難う、ダニエル」





私は指輪を見つめながら、思わずこぼれる笑みを隠せないでいた。……早く、友達に報告をしたい。そう思い足取りを軽く友のいる場所へ向かっていた。



けれど、その直後、胸に強い痛みが襲った。

吐く息と共に、血を口からこぼす。


目の前に、初めて見る表情をしたアイザックがいた。


「……許さない、人間と恋に落ちるなんて……絶対に許さない」

「……アイ、ザック……」

「君は俺のものだ、俺のシルトラリアなのに」


そう呟きながら、胸から刺した剣を抜く。それと同時に胸から血がどんどん落ちていく。立つことが出来ずに床に倒れる。……それをアイザックは涙を流しながら、憎しみのこもった表情を向ける。


「………シルトラリア?」


後ろからやって来たダニエルが、小さく声を出す。アイザックはそのまま剣を床に落として姿を消した。



ダニエルは、私のそばに駆け寄り、震えた手で私を抱きしめる。


「ああ、あああ、ああ、そんな、死ぬな、死ぬな!!!」


ごめんね、そう伝えたいが、声を出すことができずに、どんどん世界が暗くなっていく。ダニエルは私を床に優しく寝かせると、落ちていた剣を握りしめる。


「………俺は、ずっと君とそばにいたい」


私も、ずっと貴方のそばにいたい。


「俺は、君を絶対に見つける」


ダニエルは、私を刺した剣を自分の首筋に当てる。止めようにも、体が動かない。


「君が俺の元から離れるなんて許さない」


やめてくれと叫びたい、けれど声が出せない。


「……シルトラリア、君を愛している」


そう笑顔で私に愛を囁いて、ダニエルは私が教えた魔術を唱えながら、剣を自分の首に刺した。

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