43 私を貴女の脇役に
ウィリアムに連れられた聖女の墓での出来事から、私は寝付けない夜が続いた。日に日にやつれていく自分に、家族も友人達も心配してくれている。クロエや他の使用人も、舞踏会の準備で疲れているのだろうと、私の仕事を手伝ってくれた。このままでは皆に申し訳ないと、寝ようと努力をする。……だが、どうしても考えてしまう。アイザックが何故、かつて宰相から贈られた指輪を私につけたのか。
「おい、聞いてんのか」
「え?」
突然の声に驚いて意識を戻す。目の前にはガヴェインが眉を寄せてこちらを見ていた。その隣にはギルベルトもいる。
「シトラ嬢、体調が優れませんか?」
ギルベルトが心配そうにこちらを見ている。私は慌てて頭を横に振った。
「全然元気です!ぼーっとしてて!」
「……それならいいのですが。舞踏会の準備は順調ですか?」
ギルベルトが言う通り、もうすぐ私の誕生日であり、社交界デビューが待っている。今日もギルベルトに招待状を送る為に城へきているのだ。何故か今は城の応接室でケーキをご馳走になっているが。
私は目の前の美味しそうなイチゴのショートケーキを食べながら、自信げに鼻息を出す。
「勿論です!先日はお母様と一緒に、舞踏会のドレスの仕立てもしましたし、あとは自分の誕生日を待つだけです!」
家族や使用人達の手伝いもあり、舞踏会の準備はすでに終わっている。あとは招待状を送ったり届けたりする位で、することはない。するとギルベルトはにっこりと微笑む。
「それはよかった。……で、エスコート役の相手はお決まりですか?」
「エスコートですか?兄に頼もうと思っていますが」
婚約者がいればいいのだろうが、生憎私には婚約者の予定の子息もいない。貴族同士であるケイレブやリアムも考えたが、令嬢に刺し殺される可能性もあるので遠慮したいし、それならば兄に頼んだほうが丸く治ると思っていた。ギルベルトは優雅に紅茶を飲み、そしてカップから口を離す。
「それならば、私がエスコート役をしても?」
「え、ギルベルト様がですか?」
「流石に成人する令嬢が、兄にエスコートされるのも可笑しいですし。私も、舞踏会へ一緒に行けるような婚約者はいませんから」
淡々と告げられる案は、とても魅力的だ。確かに社交デビューの時に、兄にエスコートされるのは可笑しいのかもしれない。それならばこの国の第二王子にエスコート役をしてもらえば、公爵令嬢としても爵位的にもふさわしい。しかもこの国の国王候補のギルベルトだ。一緒に舞踏会へ行ったとしても、こんな公爵令嬢となら婚約者と勘違いされる事もないだろう。何せ彼は友人ではあるが、この国で最も競争率が高い存在だのだから。
「その話、乗りました!是非お願いします!」
「こちらこそ。……当日が楽しみですね」
私はギルベルトと、お互い笑顔で契約成立の握手をする。それを見ていたガヴェインが、何とも言えない表情をしているのは気になるが、まぁいいだろう!これでギルベルトも、婚約者ができるまでのパートナーを手に入れ、私は舞踏会で恥をかく事はないのだから!今日は素晴らしい日だ!私の渾身のガッツポーズを、ギルベルトは微笑みながら見ていた。
私とガヴェインはギルベルトと別れ、公爵家に帰るために城の廊下を歩く。もう夕刻だ、早く帰らねばと足を早める。……ふと、前からよく知っている人物が歩いて来る。その人物は、こちらに気づくと柔らかい表情になった。
「こんにちは、シトラ様」
「……アイザック様」
それは、今一番会いたくない相手でもあるアイザックだった。そんな事を知らずに、アイザックは私の目の前で立ち止まる。もう何年も顔を見ているが、それでも彼の顔は本当に美しく、まるで芸術品のようだ。夕陽が差し込んだ廊下で、彼の金色の瞳は美しく輝いている。私は緊張で体が硬くなってしまう。
「……顔が優れませんが、何か心配事でも?」
「心配というか……アイザック様に聞きたいことがあるんです」
アイザックも、後ろにいるガヴェインも心配そうにこちらを見ている。……そんな緊張する事じゃない。どうせこの質問をしたとしても、アイザックはそんな事か、と笑ってくれるはずだ。そう思えば、表情がだんだんといつも通りに戻ってきた。そしてそのままアイザックの方を見る。
「前に、アイザック様が私に指輪を嵌めたの。あれって宰相からの贈り物だったんですね。私てっきり」
てっきり、アイザックから貰ったのかと。そう最後まで伝える事ができなかった。……明らかに目の前のアイザックの表情が、今まで見たことのないような殺伐なものだったのだ。背筋の凍るような感覚に、冷や汗が止まらない。
「もしかして、記憶が戻ったんですか?」
その声はいつも通りの優しいものだった。私は目線を逸らしながら、精一杯の作り笑いを浮かべる。
「……いいえ、記憶は戻っていません。ウィリアムに聞いたんです。指輪の事」
「そうでしたか。……まさか俺も、あれが宰相からの贈り物だと気づきませんでした。綺麗な指輪でしたので、シトラ様に似合うと思い嵌めてしまったのですが……」
「そ、それならいいんです!ウィリアムから聞いたら、なんか気になっちゃって!」
「いえいえ、お気になさらず。流石に自分を殺した相手から贈られた指輪を嵌められたら、気になりますよね」
「……そう、ですね。それじゃあ、私達はこれで」
そのまま私はアイザックに軽くお辞儀をして、ガヴェインの手を握りその場を後にする。ガヴェインは気づかなかったのだろう。私の態度に驚いている。気づかなかったガヴェインが悪いのではない。アイザックの表情が見れなければ、声だけならば本当にいつも通りだったのだ。
私はそのままガヴェインを引っ張り公爵家の馬車へ乗り込む。そして大きく深呼吸をして、そのままガヴェインの膝に頭を乗せる。ガヴェインは嫌がりもせず、されるままにしていた。
「おい、何かあったのか?お前最近おかしいぞ」
叱るような強い声だが、その言葉から心配しているのがわかる。……アイザックが何かを隠している。そう伝えれればいいのだが、さらに余計な心配をかけそうで伝えれない。
「大丈夫、最近準備で忙しいだけだよ」
「……なら寝てろ。着いたら起こしてやるから」
ガヴェインはそのまま頭を優しく撫でてくれる。……自分の一族を滅ぼした者の一人なのに、ガヴェインはそれを許し、愛想はないが優しくしてくれる。私はそのまま目を閉じると、久しぶりに眠りについた。