41 かつての騎士………は………。
目の前にいるウィリアムは、かつての私の騎士で、私が蘇る事を神から伝えられ、宰相の手がかりを見つけるために、自らがダニエルと名乗って宗教を作り。そして、ペンシュラ家や、ノアを不幸に落とした、きっかけを作ったかもしれない男で。…………そして、その全てを私の為にしている。
「宰相を殺したら、他の人間もみんな殺して、俺と二人でずっとずっと一緒にいよう」
美しい金色の瞳を歪ませながら、ウィリアムは縋るように私の両手を強く握りしめる。私に伝える言葉は、全て恐ろしいものばかりで、我慢ができなくなったのか、ガヴェインが怒りをむき出しにしながらこちらへ向かってくる。……駄目だ、もう私も我慢できない……私は、目を瞑り深く深呼吸をした。
「…シルトラリア?どうし」
ウィリアムは最後まで言う前に、衝撃で後ろに倒れる。そして階段の先端部分に、鈍い音を出しながら頭を当てた。向かってきていたガヴェインは怒りではなく驚きで目を大きく開く。私は拳を掲げながら、大きく息を吸い…………そして目を開く。
「アホかーーーーーーーーー!!!!!!」
……大広間に響き渡る自分の声で、ガヴェインは耳を手で塞ぐ。そして信じられないものを見るような目線を向ける
……そう、私は今、ウィリアムにグーパンした。綺麗な顔にクリティカルヒットさせた。そのせいで拳が痛むが、もうそんな事はいい。倒れて無言になっているウィリアムの元へ向かい、彼を間に挟むように仁王立ちをし、そして鼻息を荒くしながら目をカッと開く。
「人様に!迷惑をかけて!何してくれてんだ!アホ!バカ!!ボケーーー!!!」
貴族の令嬢らしからぬ言葉遣いに、ガヴェインは「うわ……」と声を漏らしながら耳をペシャリと下げている。だが言う以外の選択がない。聖女の騎士という誇りなのか、精霊の誇りなのか分からないが、殴った男はそれだけの事をしていたのだ。
そのまま私はウィリアムの胸ぐらを再度掴みもう一度グーパンをしようと拳を上げる。……だが次はあっけなく体制を崩され、私は階段ではなく床の上に寝転がされる。これは殴り返されるかと思い両腕で自分の顔を隠したが、目の前に覆いかぶさるウィリアムは何も反応がない。……しばらくすると、ポツポツ、と腕に何か滴が落ちてくる感覚と、腕が焼けるような熱さを感じる。
「ああ、ああ……本当に貴女はっ……なんて素晴らしいんだ!」
興奮した声の吐く息が、物凄い熱い。……そっと、腕から顔を出すと。そこには鼻血を垂らしながら最高潮に興奮したウィリアムがいた。彼の周りが陽炎のように背景が揺らいでいる。
「500年ぶりの貴女の拳は、本当にクるものがあるな!」
「熱い熱い熱い熱い熱い!!!」
こっ、この男なんだ!?なんでこんなに嬉しそうなんだ!?しかも何故か、物凄い近くで焚き火してるみたいに熱いんだけど!?
先ほどまでの怒りは収まり、今は目の前の異常な温度を出す、興奮した男が怖すぎる。ガヴェインが慌てて私とウィリアムを引き剥がす。その際もウィリアムに触れた方の手が肉を焼いたような音がして顔を歪めるが、それでもなんとか離し私を抱きしめた。私はあまりの恐怖で背中に手を回し強く抱きしめる。
「あの人怖いよ〜〜〜ガヴェイン〜〜〜!!!」
「わかったから!あんまりくっつくな!!」
ガヴェインは嫌がっているが、本当に恐ろしいので離れる事ができない。引き剥がされたウィリアムは、赤毛を掻きあげて益々熱を帯びた目を向ける。よく見ると彼の触れた床は皆黒く焦げていた。そして再び興奮したように息を荒くして叫ぶ。
「シルトラリア、俺をもう一度殴ってほしい!500年前の時のように!何度も何度も!!血が出るまで!!!」
「無理無理無理無理〜〜〜!!!」
どんどん近づいてくるウィリアムに、半泣きでガヴェインにぐいぐい顔を押し込む。ガヴェインも異様な行動をするウィリアムが恐ろしくなったのかブルブルと体を震わせながら、抱きしめる腕を強くしている。なんで!こんな変態男だって事を、どうして忘れているんだ私!というか何殴ってるんだ!?
肌が焼けるような暑さが近づいてきて、もうすぐ自分に触れようとした次の瞬間、大広間のドアが大きな音を立てて蹴破られた。
「シトラ!!!」
自分の名前を叫ぶ声が聞こえたと思えば、突風が襲い目を思わず瞑る。……風がやんで目を開ければ、荒い呼吸をしているアイザックが、もうすぐ触れそうなウィリアムの手を掴んでいた。
「ウィリアム!!何してるんだ!?」
アイザックの怒りのこもった声に対して、ウィリアムは一瞬で覚めたような表情になりながら、彼を見る。
「久しぶりだなアイザック。……シルトラリアに、また痛めつけてほしいだけだ。手を離せ」
「離せるか変態精霊が!!!」
あっ、やっぱり変態なんだ。とガヴェインにしがみ付いたままアイザックを見ると、少しホッとしたような顔をする。
「無事でよかった……リリアーナ嬢が馬に乗って城に来たときは、何事かと思ったよ」
どうやらリリアーナがアイザックを呼んでくれたらしい。私は殴ったりガヴェインにしがみつくしかできなかったのに、流石リリアーナである。
「リリアーナは無事ですか?」
「無事だ。俺は先に移動魔法で来たが、もうすぐギルベルト達もこちらへ着くはずだ」
「よかった……」
ようやくガヴェインにしがみつくのを辞めた私は、目の前で鼻血を今だに流しているウィリアムを、ちょっと軽蔑しながら見る。その目線ですらご褒美なのか、ウィリアムは顔を赤くして鼻息を荒くした。………怖すぎる。その態度を見たアイザックは、首を掻きながら目線を下にする。
「あー……違うから、ウィリアムが異常なだけで、他の精霊はこんな風ではないから」
「……」
そんな異常な精霊を、何故神様は使者にしたのだろうか。
もしも、ウィリアムにイケオジのイメージを持っていた方がいらっしゃいましたら、大変申し訳ございませんでした…!