38 第二王子の成人式
公爵家の馬車の中、仲直りしたはずの兄は不機嫌そうにしながら私を睨みつける。仲直り…したよね?ねぇ?したよねお兄様?無言になりながら睨みつけられる、というか上から下まで見られているんだが。……まさか、このドレスはマナー違反!?でもお母様が用意してくれたからそんな事……ないよね!?自分のドレスを慌てて確認をしていると、兄は大きく深呼吸をして口を開いた。
「シトラ、今日は本当に絶対に必ず、俺の側を離れるんじゃないよ」
「え?」
「……返事は?」
「はい!!お兄様!!!」
兄とまた仲違いするわけには行かない。私は大きな声で返事をした。それを見て隣にいたガヴェインはやれやれ、といった顔をしていた。ガヴェインも今回の為に、いつもの聖騎士服から、教会職員の証である藍色の正装をしている。こちらを睨みつける兄も、式典用の白い正装を着ている。
馬車はそのまま城の前に止まり、私は兄に手を差し出されながら降りる。城の正門の前には、今着いたばかりだろうリアムの姿が見える。リアムも兄と同じく白い正装を着ており、後ろ姿からでも分かるほどに色気が漂っている。私はリアムの元へ行こうとしたが、繋がれていた右手が強く握りしめられ、兄が仏頂面で見てくる。……はい!側にいます!お兄様!!!
リアムはこちらの騒動に気づいたのか、こちらを振り向く…が、目をまん丸にしてその場で呆然と立ち止まっている。やっぱりおかしいのか!?私は居た堪れなくなりながらも兄と一緒にリアムのそばへ行く。
「リアム様!やはりこのドレスはおかしいのですか!?場違いですか!?」
「えっ!?あ、いやそんなことはないよ!」
じゃあ何故近寄ってこない!?何故後ろに下がるリアム!?私はリアムにぐいぐい近づいて行くが、それと同じく下がっていく。とうとう観念したのかリアムは気まずそうにして。
「……あまりにも、綺麗すぎて…」
見る見る顔を赤くしていくリアムに、私も同じ様になっていく。後ろから二人分の大きなため息が聞こえる。まさか褒められると思わなかった。思わず二人して無言になってしまったが、後ろからリリアーナの声が聞こえて、私は後ろを振り向く。リリアーナも私と同じく白のドレスを身にまとい、その後ろから現れるケイレブも男性達と同じ白の正装だ。
今日はこの国の第二王子である、ギルベルトの誕生式典だ。王族の祝い事は全て、教会関係者以外の招待客は、白の服装で来なくてはならない。絶対の忠義の証であるらしい。教会はなんで別なのかというと、彼らは聖女シルトラリアを忠義の対象にしているからとか、なんとか家庭教師が言っていた気がする。昼の式典は貴族全員参加、そして夜はギルベルトの初めての社交パーティーが催される。兄とケイレブは成人しているし、リアムは現ペンシュラ伯爵当主なので、必ず参加が必要だ。
「お姉様!私、今日の夜がとても楽しみで楽しみで、昨日は寝れませんでしたの!」
そう可愛い事を言ってくれるリリアーナの通り、彼女とガヴェインは、今日は公爵家に泊まる事になっている。私の家とリリアーナの家、どちらも自分達以外全員参加になるため、それなら寂しいし、お泊まり会をしよう!と二人で(ガヴェインは強制)話し合ったのだ。
「うん!私も友達がうちの家に泊まりにくるのは初めてだから、すごく楽しみ!」
そう答えるとリリアーナは嬉しそうに笑った。かか可愛い〜〜〜!!!本当に可愛くて優しくて最高の友人だ!私が男ならすぐに告白でもしていたであろう。もしかしたら、リリアーナが誰とも婚約しないのは、この周りの男性達の中で意中の相手がいるのかもしれない!そうなら応援しなきゃな〜!
そうこう考えていると、城の式典が行われる大広間にたどり着く。すでに他の貴族達も参列しており、壁一面にはステンドグラスで作られた、国の歴史の絵が飾られている。……聖女が、精霊と人間を関係を強固にした絵。…現実はこんな綺麗な歴史ではなかったけれど。
貴族達は私に気づくと、ひそひそと周りでこちらを伺いながら話す。この世界で、シトラ・ハリソンとして生きてからずっとこれなので、もう慣れてしまった。
( ま、今では恐怖というより、崇拝とか見せ物みたいな感じだからいいんだけどね )
兄はそんな周りも気にかけずに、私に優しく笑いかけてくれる。昔から兄に、何度もこうやって救われていたな。私も笑い返した所で、奥の方から「シトラ〜!!」と先に城へ行っていた父が走ってきている。その後ろで扇子で口を隠しながら微笑んでいる母も、後をついてゆっくりこちらへ向かっている。……私は、本当にこの時代では素晴らしい家族の一員になれたものだ。
「ご機嫌よう!シトラ様」
「うぎゃっ!?」
急に後ろから両肩を触られ声をかけられたので、私は驚いて奇声をあげてしまった。声の主はわかっている、私は後ろを振り向き引き攣った笑みをその相手へ向けた。
「大司教様ぁ?もう少し普通に………うん?」
後ろにいたのはやはり、大司教だった。にっこりと笑いながらこちらを見ている。……だがそこではない。今最も重要なのは大司教の服装だ。教会職員なら藍色の正装のはずだ。なのに今目の前にいる大司教は、王族の色である真紅色の正装をしている。向かってきた父と母は大司教に気づくと、胸に手を当ててお辞儀をする。
「第一王子殿下、お久しぶりです」
「お久しぶりです。ハリソン公、夫人。最後に会ったのはシトラ様の軟禁の時以来ですかね?」
「ええ、その説は首を掴んでしまいまして、申し訳ございません。今でも許していませんけれど……王子が公に姿を表すとは、何か心境の変化でも?」
「ええ、流石に私も第一王子として、弟の成人の式典は出なくてはと思いまして」
私を挟んで大司教と父が話している。その会話の数々に私は声を出せずにいた。それを見た大司教は面白いものでも見たように目を細め、私の頭を撫でる。
「そういえば、シトラ様には言ってませんでしたっけ?私、本業の大司教の仕事の他に、この国の第一王子もしておりまして」
「いや逆でしょう!?本業の第一王子の他に大司教でしょう!?」
「いや〜王子の公務より聖女シルトラリア、じゃなくてシトラ様に夢中でして〜」
思い出した!アイザックが大司教の名前を呼んでいた時、何か引っかかるような感覚!病弱で公務に出ない第一王子であるイザーク・フィニアス!!
「全然病弱じゃないじゃん!!!」
「はっはっは」
なんという事だ、今まで大司教相手だから(いや大司教も貴族と同等の地位だが)殴ろうとしたり転移させようとしたり、不敬罪と言われても仕方がない事をしていた…!兄の方を見ると「えっ知らなかったの?」みたいな可哀想なものを見る目を向けられた。ガヴェインの方を見ても「なんで知らないの?」みたいな悲惨な顔をされている!みんな知ってたんなら教えてよ!!
「今までの態度など、ちょっとしか気にしてませんので大丈夫ですよ〜」
「また心読まれているし、しかもちょっと気にしてる…!」
「冗談ですよ〜」
本当にこの男はふざけている!私は先ほどの不敬罪云々を忘れて思いっきりイザークを睨みつける。そんな私にイザークは変わらず目を細めて笑う。
「本当に、君は変わらないね」
何を言っているんだ?と声をかけようとしたが、その前に城の使用人に「そろそろ戻ってきてください!」と引っ張られていった。…なんか、公爵家での私みたいな立ち位置なんだろうな。私はちょっぴり、イザークに親近感を持った。
壇上に国王陛下と王妃、先ほどの第一王子、そして主役のギルベルトが姿を表す。第一王子の顔を見て、教会の大司教と同一人物である事に、驚いている貴族や教会関係者は騒ついていたが、すぐにそれは止む。そして国王陛下が挨拶を述べている最中に、こちらの視線に気づいたギルベルトが、にっこりと小さく手を振ってくるのには無視した。無視された事に不服だったのか、ギルベルトはどんどん不機嫌な表情になっているが気にしない。いやお前主役だろ、こっち見るな。私の両側にいる兄と父も気づいてるぞ、すごい殺意を向けているぞそっちに気付け。
無事に式典は終了に、私以外の家族は、ギルベルトのお披露目パーティーへ向かう事となった。父と兄は真剣な表情で私を見ている。
「いいかシトラ、宰相も危険かもしれないが、今一番危険なのはあの聖騎士だからな」
「父上という通りだ。あの聖騎士は護衛の為に今回許したが、絶対に気を抜くんじゃないよ」
この二人は本当に似てきた気がする。私は空返事で「はいは〜い」と返事をする。それでも食いかかる父に肩を掴まれた所で、母が父と兄、二人の頭を扇子で叩いた。
「二人とも、もうそこまでにして行きますよ。ガヴェインがそんな事するわけないでしょう」
「マリアンヌ!どうしていつも、あの聖騎士の肩を持つんだ!」
そのまま母に引き摺られて父は次の会場へ連れられていった。兄は「絶対に隙を見せるんじゃない!」と言いながら二人の後に続く。……母に逆らえない所も、似てるな〜。
そういえば、そのガヴェインはどこに居るんだろう?私は周辺を見回してみるが、人が多く移動しているためかすぐに見つけることができない。困った、どうやって見つけようか考えていると、ふと後ろから声をかけられた。
「そこに居ても、聖騎士殿は見つかりませんよ」
声が聞こえる後ろへ振り向くと、そこには男性がいた。父よりも若めの貴人、赤髪にエメラルドのような緑の瞳を持つ、美しい男性だった。どこかで見た事があるかもしれないが、名前が出ない。するとその男性は優しく微笑む。
「聖騎士殿はすでに大広間を出た廊下で、君を探していますよ」
「あ、有難うございます!教えていただいて」
何故私が、ガヴェインを探している事を知っているのだろう?私は男性へお辞儀をし、ガヴェインに会いに歩き出そうとした。
「シトラ嬢、一つよろしいですか?」
「え?」
男性に呼び止められ、再びそちらを向く。……なんだか、この男性はとてつもなく底が見えない気がした。全身から汗が出てくる。美しいエメラルドの瞳から目が反らせない。
「貴女は、かつての宰相を見つけてどうするのですか?」
「……どうして、それを知っているんですか?」
「知っているに決まっているじゃないですか」
話が噛み合わない。私は後ろへ下がる。男性は優しく微笑んでいる。
「殺しますか?」
「…」
「まさか、助けるなんて言わないですよね?貴女を殺した男なのに」
もう一度男性から離れるのよりも早く、男性はこちらへ近づいた。そして私の顔に優しく触れる。
「……私を忘れるなんて、酷い聖女様だ」
美しい顔が近づいてきたので、思わず男性の胸を両手で押して離れそうとする。しかしそれをもう片方の手で阻止されてしまう。そしてそのまま真っ直ぐエメラルドの瞳を向けられる。目が反らせない瞳だと思ったが、それ以上に、懐かしい気持ちが込み上げてくる。次の瞬間ノイズのような残像が襲う。
「っ!?」
思わずフラつく私を見て、男性は嬉しそうな表情を浮かべる。私は大広間の椅子に座らされる。男性は胸元から一枚のカードを出し、それを受け取ると、そこには剣の紋章が付けられていた。そして耳元でとある屋敷の場所を告げられる。
「今日の夜中、来てください。貴女に話すことがたくさんあります」
それだけ告げて、立ち去ろうとする男性を、私は止める事ができなかった。