36 調べ物をしよう
美しい硝子のような花々が、風も吹かないこの地下で揺れている。その花々と同じく揺れる白い狼耳は、くすぐったいのかピクピクと動く。その耳の持ち主は、そばにある棺の上に座る私に呆れた表情で声をかけた。
「なぁ、そんな仏頂面でその本見て何してんだよ」
問われた私は、棺の側で寝転がっているガヴェインに答えた。
「ちょっと調べたい事があって…」
「だぁーかぁーら!何を調べてんのか聞いてんだよアホ聖女!」
クソ聖女からアホ聖女に変わったな〜、と思ったがそれは言わないでおこう。
私達は今、教会の聖女シルトラリアの墓にいる。ガヴェインは神の加護を持った為か、私と同じように具合も悪くならず、暇そうに欠伸をしながら側で寝転んでいる。神の使者で、私を守る騎士の癖になんでこんなに図々しんだこの犬は。
「宰相の事で少しでもきっかけがあるかなと思って、この墓に置かれていた聖女の遺物を調べてるの。特にこの本。こんなにも状態いいのに肝心の中身が白紙なんだよ〜」
ガヴェインに見ていた本を見せる。ようやく起き上がり、その本をじっと見つめる。そして閃いたように目を大きく開けて、こちらを見た。
「これ、他人に見られないように隠されてるんじゃねぇの?」
「え?」
そう言うとガヴェインは白紙の本に手を置きながら、目を閉じて口を開く。
「×●▲▷◆」
ノイズのような言葉をガヴェインが発すると、本から浮かび上がるように文字が出た。私は本を見て、ガヴェインを見てを何度も繰り返す。
「え!?もうそんな事できるの!?」
「教会に置かれていた魔法に関する書物は、全部読んだ。流石に俺も覚えただけで唱えるのは初めてだったが……本当に普通に話してるだけなのに、ノイズみたいに聞こえるんだな」
リアムの家で閉じ込められてから、まだ一ヶ月くらいしか経っていないのに!?と驚いて口を開けていると、ガヴェインは恥ずかしそうに頬を染めて耳を揺らす。かわいい。…しかしこれは有難い。早速本の内容を読む。それを見てガヴェインは頬を染めたまま首を傾げる。
「宰相のきっかけって、あの宗教叩けば出るんじゃねぇの?」
「いやいやそんなパワー作戦危険すぎるよ。ガヴェインは兎も角、私はまだ移動魔法しか覚えてないんだし。…それに」
「それに?」
ガヴェインは棺に乗り上げる。本から目を離し顔を向けると、心配しているのか耳をペシャリと下げたガヴェインが、片膝を抱えてこちらを見ている。……まだ確定ではないので、調べてから話そうと思っていたが、こんな姿見せられたら言うしか選択がなくなる。私は大きくため息を吐いて頬を掻く。
「……おかしいと思わない?私が蘇ったのが12年前だよ?て事は宰相は12歳のはず…なのにペンシュラ男爵と息子は、リアムが赤子の時に、500年前の宰相と同じ名前の教祖に方法を教えられた前妻から呪われている。まだ私は蘇ってもいないし、生まれてたとしても一宗教の教祖になれる年齢じゃないはず」
「てことは、「黒い霧」の教祖は名前が同じだけって事か?」
「それも違うと思う。それなら私の正体が公表される前に、ガヴェインに私の事を伝える事ができないはずだし。そもそも魔術って、私も習った事がない位に内密にされている術だから、その魔術を人に教えるのは、たとえ貴族がいる宗教でも難しいよ」
魔術と魔法。精霊の力や聖女、聖人の力として、固有名称として歴史では教えられる。つまりは、その人物でしかできない力。だから私は今まで、魔法はイコール精霊の力だと信じていた。…だがそれは戦争が終わった後に、もう一つの存在である魔術が、悪用されない為にしている事だと理解した。だからその魔術を他人に教えるほどの知識を、生まれ変わったばかりであろう宰相が伝えるなど無理だ。
「それでたどり着いた答えが、「ダニエルには仲間がいる」と言うこと。それも、魔術魔法に詳くて、私が蘇生した事を知っていた存在。……でも、それを知っていたのは、私を蘇生した王弟殿下と、それを阻止しようとした国王陛下。そして、何故か知っていた大司教」
「……おい、それって」
ガヴェインが耳を立てて唸る。……だから言いたくなかったのだ。私はガヴェインの頭を軽く叩く。痛くは無さそうだが唸るのをやめて、怪訝そうにこちらを見ている。私は大司教が仲間とは思っていない。まぁ仲間と言われたらやっぱりか!と言いたくなる位に胡散臭い男だが。そもそも仲間ならダニエルの手がかりを探してわざわざカーター侯爵家に行かないはずだろう。……多分。
「それが分かんないから今調べてるの!ほらさっさと一緒に読む!」
「……わかったよ、読めばいいんだろ読めば」
そう言うとガヴェインは私の腰を両手で触り抱き上げる。そのまま座った状態のガヴェインの腿の上に着地する。まるで子供のように抱き込まれている。近くにある私の頭へ自分の顔を擦り付ける。……マーキングか?最近本当に飼い主と犬のような関係になってきていないか?ジト目で見つめると不機嫌そうに「なんだよ」と言ってくる。こっちがなんだよと言いたい。
仕方がなく私は浮かび上がった本の内容を一緒に見る。驚いた事に、そこに書かれている筆跡は私のものと全く一緒だった。……500年前の私が、書いたものなのだろう。びっしりと書かれているのは魔法の呪文だった。私が使ったことのある移動の呪文、結界の呪文など、さまざまな呪文が書かれている。一緒に見ていたガヴェインは驚いたような表情を向ける。
「教会にある書物の呪文もあるが……それ以外にも、禁忌魔術や魔法が書かれている」
「禁忌って、私の召喚術みたいな?」
「いや、攻撃魔法がほとんどだ。おそらく人間と精霊の戦争の時に使っていたものなんだろうが……」
再び私は本へ視線を戻す。…確かに、爆弾や雷の魔法と呪文と共に書かれている。私は、500年前にこんな呪文を人間に向けて言っていたのだろうか。…本当にそれは、「聖女」なのだろうか。そのままページをめくっていくと、最後のページには、永遠と書かれていた攻撃や加護の魔法以外の内容が書かれていた。
“ 日本へ帰りたい”
「ニホン?なんだそれは?」
「……さぁ」
ガヴェインの言葉に、うまく答えれなかった私は、そのまま彼の胸に擦り寄った。ガヴェインは驚きつつも自分の表情に何か思う事があったのか、そのまま受け入れてくれた。そして骨張った手でできる限り優しく頭を撫でる。
……500年前の自分は、聖女として召喚された女性で、今のように記憶がなくなっている訳でもない。召喚された前の元の世界も知っていたのだろう。……私は、このまま記憶を思い出していく中で、元の住んでいた世界の存在を思い出した時に、どうなるのだろう。
アイザックは一人、城の禁書庫にいた。探し物をしているらしい彼は、本を読んでは戻しを繰り返す。
そしてある本のページを捲ると、一つの場面で止まる。
“ 魂の融合術。術者と対象者が必ず同じ時代に再び出会い、記憶を継続する魔術。術者は対象者の近くで転生もしくは近しい者へ憑依する”
「……やはり、俺の知らない内容が隠されていたか」
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