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35 カーター家の朝食

「シトラ様、よろしければこちらもお食べください。うちの領地で獲れたばかりの魚をソテーにしましたのよ」

「それならこちらのソースも、うちの領地の野菜から作ったソースでね。口に合うといいんだが」



私は今、左にカーター侯、右に夫人に挟まれている。どちらも笑顔で、カーター領の食材を使った食事を差し出してくる。…どうしてこうなったのかというと。私がリリアーナの部屋と間違えてケイレブの部屋に転移してしまったのが始まりだ。うっかりケイレブと寝てしまい、うっかり朝になり、うっかりリリアーナに見つかってしまった。もうその時点で私の人生は終わったと思ったのだが、リリアーナはこの現場はなかった事にしようと提案した。


「お姉様は昨日は私の部屋で寝過ごして、今慌てて家に帰った事にしましょう」


その言葉には私もケイレブも何度も頷いた。そして私は再び移動魔法で公爵家の自分の部屋へ戻ろうと、呪文を唱えようとした所でリリアーナの後ろから、物凄いいい笑顔で侯爵が現れた時は、もう本当に心臓が止まった。……が。現在、何故か私はカーター家の朝食に招かれ両側を固められているのだ。正直食事の味がしない。


「父上、母上……シトラが困っていますから、そこまでにしてください…」


向かいでケイレブが気まずそうに声をかける。リリアーナも心配そうにこちらを見ている。それに対して侯爵は微笑んでケイレブを見る。


「何を言っているんだケイレブ。将来のお前の妻になるシトラ嬢に、カーター領の良さを分かってもらいたいだろう?」

「つっ!?」

「そうよケイレブ。将来ここに住んでもらうのだから、今のうちに我が領地の事を教えたいわ」


両親の発言にケイレブは、顔をどんどん赤くさせて声を詰まらせてしまう。待て待て待て!確かに私が悪い!とても悪い!しかし!こんな名前だけの娘を貰うケイレブが可哀想すぎる!そう伝えたいが、両側の圧が強すぎて声を出せない…!真っ青になって唇を噛み締める私を見て、カーター侯は声を出して笑った。


「冗談だよ。シトラ嬢の事だ、リリアーナの元へ行こうとしたら、間違えてケイレブの所へ行ってしまった、という所だろう?」


私はその言葉に何度も頷く。すると隣の夫人も「あら、悪戯は終わりですか?」と言っているので、どうやら今までの言葉は、悪ふざけのようなものだったらしい。よかった、これでケイレブに変な女の嫁が出来たとか、噂が立つのを防ぐことができた。私は大きく息を吐いた。


「シトラ嬢、魔術ではなく、魔法を自由に使える人間。という事は……君は本当に、聖女シルトラリアなんだね?」


先ほどと変わって、侯爵は真剣な表情で質問をした。


私はその答えに少し言葉を詰まらせてしまう。……正直、自分が聖女シルトラリアだという事は本当なのか分からない。けれど、自分の知らない呪文を唱え魔法を使い、そして何より確実に自分に起きた事だと、実感が持てる聖女としての夢を見る。私は真っ直ぐにカーター侯を見つめた。


「……おそらく、そうです」


ケイレブとリリアーナは心配そうにこちらを見ている。真っ直ぐに見つめられた侯爵は目を細めた。


「そうか、なら聖女シルトラリアよ。君に見せたいものがある」







侯爵と夫人は、私とケイレブ、リリアーナを連れて侯爵邸の裏庭へ案内した。中庭よりも草木、もはや雑草が多く茂っており手入れがされていない。侯爵はそれでも奥へ奥へと進む。道のない道を進み、ようやく侯爵が立ち止まった場所には、一つの墓があった。


手入れがされていないのか苔が生えており、周りにも草木が絡まっている。ケイレブもリリアーナもここまで来たことがなかった様で、目の前に墓がある事に驚いていた。侯爵はこちらに背を向けたままため息を吐いた。夫人は真っ直ぐ侯爵を見ていた。


「……かつてカーター家には、とても優秀な次男がいた。その次男は能力を買われ、聖女がこの国を建国した際に、人間側の代表として王宮で働く事になった」

「……え?」


淡々と語られる侯爵家の話。…建国した際の、人間側の代表。その言葉に心臓の音が煩くなった。侯爵はこちらに振り向くと、優しく微笑む。


「その者は、やがてハリエド国の初代宰相となり国を支えた。だが聖女が亡くなると同時に、自分で命を絶った」


ケイレブとリリアーナは気づいたのか、目を開いて固まっていた。私は目の前にある墓の墓標をみる。草木で見え辛い、墓の前でしゃがみ絡まる草木を、無心で手で千切ったり払う。侯爵と夫人はそれを無言で見届けている。


そうして、全てを払った時。その墓に書かれている言葉を口に出した。



「………ダニエル・カーター……ここに、眠る……」



侯爵は私の後ろに懺悔をするように座る。夫人もその後ろで下を向く。


「君を500年前に殺したのは、我が一族の者だ」

「……」

「今更謝っても意味のない事はわかっている。だが、それでも謝罪をさせてほしい」


後ろで崩れ落ちる音が聞こえる。そこへ目を向けると、歪んだ顔をして崩れているリリアーナと、呆然と立っているケイレブがいた。流石に、自分の一族に人殺しをした者がいた事にショックだったのだろう。


「私は何故この男だけ、一族の墓地ではないこの裏庭に隠されているのか疑問だった。だが先日、大司教が代々の貴族の家系図を持ってやってきた時に、国の成り立ちと、聖女の死と。…そしてこの男の愚行を知り。…その理由がわかった」


おそらく大司教も私達と同じく、500年前の宰相を探していたのだろう。教会には貴族の家系図が保管されていると聞く。そこから調べ、そしてダニエルの名前を見つけた。そして侯爵邸でなにか手がかりを探す際に、侯爵にすべてを話したのだ。ダニエルの自殺の原因と、聖女の死は捻じ曲げられたが、……おそらく真実を知っていた当時のカーター侯は一族の墓に入れる事をせず、この誰も通らないような場所で眠らせたのだ。


「恐ろしい事だ。神に愛された者を手にかけるなど、貴族としても人としても」


侯爵の地面につけている手が、強く拳を作っている。…この真実を知った時の侯爵と夫人の気持ちは分からない。けれど二人の悲痛な表情が心情を物語っていた。……正直、過去の一族がした事で、今の侯爵家へ怒りを持つことはない。私は地面に座る侯爵の前でしゃがむと、侯爵の拳にそっと手を置いた。


「謝っても意味がないと分かっているなら、この話はもうやめましょうよ」


侯爵と夫人は顔を上げる。私は精一杯の笑顔を向けた。そしてそのまま立ち上がり、後ろで崩れているリリアーナの頭を撫で、反対の手でケイレブの手を握った。


「私は、ケイレブ様とリリアーナと出会えて、今とても幸せなんです。それでいいじゃないですか」


ケイレブとリリアーナはこちらを振り向き、今にも泣きそうな表情でいる。…こんなに私の事で悲しんでくれる彼らを、私は憎む事はできない。一族の中で私の殺した犯人がいたとしても、それは過去の出来事なのだ。……だが、これからは違う。生まれ変わったダニエルは、おそらく私と同じくらいに記憶を戻しているのであれば、聖女だった頃の私の顔も思い出しているだろう。私は侯爵の方を向く。侯爵は立ち上がりながら、あの舞踏会の時と同じように優しく微笑んだ。


「生まれ変わりの話は聞いている。私達一族の問題でもある…惜しまず力を貸そう」


その声と同時にリリアーナは立ち上がり、ケイレブも目に意識が戻る。


「俺たちも、お前の友として、今まで以上に協力すると誓おう」

「ええ、お姉様を必ずやお守りいたします!」


それを聞いて私は嬉しくて二人の頭を精一杯かき回す。二人は痛いと言いながら笑ってやり返そうとする。しばらくそれを見ていた侯爵と夫人は、微笑みながら私の肩に手を置く。


「シトラ嬢、ありがとう。……で、君は婚約者の候補などはいるのだろうか?もし居ないのであれば、いや居ても関係ないが。うちの息子はどうだろうか?」

「父上!?」


ケイレブは再び真っ赤になって叫ぶ。するとそれと同時に誰かが駆け寄る足音が聞こえ、そのまま腕を引っ張られ誰かの胸の中に収まる。…この、優しい匂いは、よく知っている。上を向けば、そこには兄が険しい顔をしながら侯爵を見ていた。


「妹に直接ではなく、公爵家へ話をしていただけますか!?」


その後ろからは疲れた顔をしたガヴェインがおり、こちらに気づくと、やれやれとした表情でため息を吐いていた。なんでだ。兄は公爵家の次期当主らしからぬ、怒りの感情を露わにして侯爵を見る。それを見た侯爵は「ほぉ?」と顎に手を添えてにやついている。


「何度もお話をしていますが、それをのらりくらりと断っているのは公爵家でしょう?」

「え!?」

「やはりシトラ嬢は知らなかったか。……いやはや、公爵もですが、貴方もそろそろ妹離れするべきでは?」


え!?知らない所でそんな話が出てたの!?ケイレブの方を見ると知っていたようで、顔を赤くして下を向いている。…え!?私だけ知らなかったの!?いいのか!?ケイレブお前は政略結婚を望むタイプか!?


「妹の婚約は家関係なく、妹が望む相手を結ぶつもりですので」

「それは自分ではない者でもですか?」

「………ええ、妹が望むなら」


お兄様〜〜〜〜!!!優しい!なんて優しいんだお兄様!なんでこんなに優しくて、美形なのに婚約者いないんだお兄様〜〜〜!!!と目を輝かせて見つめていると、こちらの視線に気づいた兄は睨みつけてくる。……あ、こりゃあ家に戻ったら雷が落ちるな、確実だ。そんな兄を見て侯爵は声を出して笑い、ケイレブの方を見る。


「よかったなケイレブ!シトラ嬢の心を掴めばお前の妻にできるらしいぞ」

「父上!!!」


恥ずかしがり屋のケイレブは耳まで赤くさせている。自分の結婚の話は恥ずかしいよねぇ、私も恥ずかしい。政略結婚を侯爵は望んでいるようだが、ここまで言われるとまるで、ケイレブが自分に好意を持っているようにも聞こえてくる。いかんいかん、そんな訳ないのにときめいてしまう。


「……今日はご面倒をおかけしました。…帰るよ、シトラ」


兄は不貞腐れながら侯爵へ挨拶しそのまま私を引っ張り立ち去ろうとする。いやいや、もう少し事業の協力者同士、仲良くしてくれよ。そう思いながら侯爵へ軽くお辞儀をし帰路につこうとする。


だが侯爵もここで終わらなかった。最後にとんでもない爆弾を落とした。


「ああ、そうそう。今シトラ嬢の着ているドレスは、そのままお渡し致します。元々着ていた寝巻きの方は、使用人に洗わせておりますので、また娘にでも持たせてお返しします」

「は?」

「いやいや、私も驚きましたよ。まさか朝息子の部屋に行ったら、お互い寝巻き姿でシトラ嬢とベッドの上にいるんですから」

「……あ?」



兄が掴んでいる腕に力が込められている。兄の顔が見れず、ガヴェインの方を見ると、悲惨そうな顔を向けられた。……そっと、兄の方を見た。すると、青筋を浮かべながら、この世で一番恐ろしい顔をした兄がいた。


「………シトラ?家に帰ったら話がある。いいね?」

「えっ、あ……えっと」



私は、家に帰りたくない。


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