33 鈍感であれ
お姉様は物凄い鈍感だ。そして凄まじいほどのタラシ、いやもう信者ホイホイ製造機だ。
しかも信者の子息達が皆、貴族の令嬢が羨む方々ばかり。美しく金髪碧眼の、次期国王候補の第二王子。「黒の君」と呼ばれる色気がダダ漏れの有能伯爵。私の兄である、国で一番の土地を持つカーター侯爵家の次期当主。そして歩く彫刻として名高い王弟殿下。しまいにはハリソン公爵家の次期当主であるお姉様の兄。……もうあり得ない。あり得ないほどの超優良物件なのだ。もしお姉様の位置に違う令嬢がいたら、もう興奮して鼻血を出して倒れるほどの位置に、お姉様はいる。
けれどお姉様はその全員の執着のような好意に全く気づかない。国でも有数の美形に囲まれても興味がない。最近はあろうことにお姉様を狙っていた暗殺者でさえ、お姉様の後ろで耳をプルプルと振りながら見ている。尻尾がなくてよかったな貴様、今頃私が切っていたぞ。
「リリアーナ、どうしたの?そんな険しい顔して」
「なっ、なんでもございませんわ!」
頭を横に倒しながら、お姉様は可愛らしい手で可愛らしい口にマフィンを入れて頬張っている。私は公爵家の温室で、珍しく一人でお姉様とお茶を共にしている。駄目よリリアーナ。お姉様と、後ろの犬はいない事にすれば二人きりの時間なのよ!噛み締めるようにこの時間を大切にしなくては!するとお姉様は意を結したように私の顔を真剣に見る。
「リリアーナ。相談があるんだけど、いい?」
そう私に問いかけるお姉様は少しだけ頬を赤くさせる。え、なんですの?あのお姉様が、昼寝とお菓子しか興味がないお姉様が相談?私は驚きつつも頷く。するとお姉様は目線を定めないまま声を出す。
「あのね、リアム様に……く、口づけをされてね」
「は?」
「それで、「僕の大切なシトラ、愛してるよ」って言われたんだけど……それって、そのままでとっていいのかなぁ?」
「え?」
あまりの衝撃に言葉が出てこなかった。……あの、あのムッツリ伯爵!!と私は心の中で思いながら怒りを抑える事に必死だった。落ち着くのよリリーアナ。お姉様はまだ意味を分かっていないから相談をしている。ならば私がやる事は一つ。心の中で答えを出せば、にっこりと微笑む。
「最近流行りの劇で同じセリフがありまして、親愛の友にそのように言う方々は多いですわ」
「え!?そうなの!!」
「ええ、口付けは……その後ろの聖騎士様にもお姉様していましたし、ついでにしたんですわ」
後ろの犬はギョッとした顔でこちらを見る。黙っていろと目線を向けると、咳払いをしてそのまま下を向いた。バレてないと思っているのかしら?恥ずかしがっているのか、耳が赤いわ。四六時中お姉様と一緒にいれるなんて羨ましい。
「そ、そっかぁ〜!よかった!リリアーナに相談しなかったら私、そのままリアム様の返事を考えちゃってたよ〜!」
物凄い適当な答えにとても納得したようで、お姉様はため息を吐いて恥ずかしそうにしている。それを聞いた犬は「嘘だろ…」と小さな声で呟きながら、信じられないものを見るような目でお姉様を見ている。……分かっていないわ犬。お姉様は純粋なのよ。決して馬鹿ではないの。
そのまま私は別の話にスライドさせ、どうにかムッツリ伯爵の話をなかった事にしようとした。今日も今日とて、私のお姉様の純情は守られたのである。
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「……伯父上とお呼びした方がいいでしょうか?」
ペンシュラ伯爵は、そう俺に問いかけた。王弟の執務室にやってきたリアム・ペンシュラは、自分の身の上に起きた全てを俺に話した。消息がなくなった15年前に、すでに死んでいると思ってはいたが、まさか命と引き換えに息子達を守ろうとしていたとは。俺は仕事の資料を机に置き、目の前にいるリアムへ目線を移す。
「俺は、妹を守りきれなかった最低な兄だ。……だから今更、伯父と思わなくていいよ」
その答えにリアムも納得したようで、頷く。…俺は15年間、ノアを痕跡を探せないままでいた。その結果が、妹の子供を守れず、命もかけていない安い呪いから守ってやれなかった。何故妹は、ノアは、俺を頼らなかったのだろうか。
「先代の前妻が、「人の感情を操る呪い」をどこで知ったかがわかりました。どうやら、ある宗教の教祖から教わったそうです」
「宗教?なんていう名前だ?」
「………黒い霧。そして教祖は、暗闇から声を出し、姿を見せないそうです」
暗闇から声を出す。それはガヴェインがシトラの素性を知る、きっかけとなった者とおそらく同じなのだろう。暗闇から聞こえる男の声。
「名前はわかる?」
「ええ、ダニエルと呼ばれているそうです」
思わず立ち上がり、リアムを驚かせてしまう。全身から身の震える感触が伝わる。
「ようやくか…ようやく来たか……ダニエル」
廊下を歩く音がする。その音が近づくと周りは暗闇になる。暗闇からは足音しか聞こえない。暗闇の中にいる誰かは、とある扉で止まり、その中へ入っていく。そこには祭壇があり、満月の光で明るく祭壇は照らされていた。誰かがそこへいくと暗くなってしまったが、それでも祭壇の上の剣は眩く光っていた。
「もうすぐ、もうすぐ終わる」
暗闇の誰かは、小さくそうつぶやく。手に持つ剣は、とても古いものだった。
「もうすぐ終わるよ。シルトラリア」
暗闇は、そのまま消えた。
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