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31 幸福な記憶を



私達はリアムに連れられて、かつて彼と初めて出会った男爵邸へ向かった。半年前までは住んでいたためか、埃っぽいだけで数年前と特に変わらなかった。…目の前を歩くリアムが、ずっと父親に虐待をされていた場所。彼は当主となってからの数年間、どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。


「母の部屋は、執務室にあったんだ」


そう淡々と言いながらリアムは先代の執務室のドアを開ける。机とソファと、壁一面に置かれた本棚。その本棚が一つズレており、本棚の奥には床ではなく、質素なドアがあった。ここが、リアムの母親、そしてノアが居たかも知れない場所だ。リアムがゆっくりと扉を開ける。


部屋の中は外よりも質素な作りで、窓もないので閉鎖的だが、何故かこの部屋だけは埃っぽさがなかった。リアムは存在感のあるベッドの前に立ち、こちらに振り向く。


「ここに、ずいぶん古くについた血が大量にこびりついていてね。それに触れた途端、魔法陣が出て、左目に激痛と。…懐かしい声がしたんだ」

「……懐かしい声」


私にも心当たりがある、懐かしい記憶と声。おそらくそれは、過去の出来事がその魔法陣によって思い出されたのだろう。無表情で話すリアムの手をそっと触る。私が心配しているのに気づいたのか、リアムは優しく微笑んでくれた。


「今は、その血はないんですね」

「ああ、目が覚めたらここには、血なんてなかった事になっていた」


私は血があったと言われているベッドに触る。



その時、静電気のようなものが全身を駆け巡った。そして突然突風が吹いたと思えば、後ろにいたガヴェインが「うぉっ!?」と叫んだと同時に部屋のドアが大きな音を立てて閉まった。驚いてガヴェインの方を見ると、そこには彼はいなく、代わりにドアの向こうから強く叩く音が聞こえる。


「クソ!何なんだよ!?」

「ガヴェイン!?どうしたの!?」

「どうしたも何も!いきなり突風に突き飛ばされて、部屋の外に放り投げられたんだ!どうなっているんだ!?」


ドアの向こうにいるガヴェインの元へ行こうとドアノブに手をかけるが、ドアが閉まって動かない。…おかしい。ここには鍵がかかっていなかったはずだ。リアムも同じくドアノブに手をかけても動かない。壁の向こうではガヴェインが蹴破ろうとしているがビクともしない。


すると後ろから眩しいほどの光が出始め、その光は魔法陣のようなものを描き始めた。リアムは自分の背に私を隠している。その光は生きているかのように動く。


「……この前と同じだ」


リアムは小さく呟いた。私は目を凝らしながらその光による魔法陣を見る。魔法陣が完成したのか、さらに眩しい光が出始め、リアムは私を抱きしめた。





『ああ、なんて可愛い子なんだ!ノア、君と同じ金色の瞳も持っているなんて!』

『旦那様に似た黒髪も、とても美しいですよ』

『ねぇねぇ父上、母上!弟の名前はなんて名前にするの?』

『そうだなぁ……リアムなんて名前はどうだろうか?戦士の意味を持つ名だ。ノアに似て逞しい男になるに違いないからな!』

『あら!それは私が逞しいと言っているのですか?』




目の前の光景は何だ。おそらくこの部屋で起きた記憶なのだろうが、そこにはあの男爵が、リアムの兄が、ノアが。幸せそうにベッドに座り赤ん坊を見ている。…あり得ない。リアムは、男爵に虐待され、兄には見放されていたはずだ。そう思っているのはリアムも同じで、大きく目を開けて信じられないようにその光景を見ていた。そしてその光景から一変し、また違う場面になる。そこには苦しそうにしながらあの隠されていたドアに座り込む男爵がいた。



『ノア、私が、私でなくなっても……私は、お前とリアムを愛しているよ』

『わかっています。私達を守る為に、この部屋を隔離している事も。……ヨハンはどうですか?』

『ああ、ヨハンはとても賢い子だ。君たちに会うと危害を加えてしまう事を分かっているんだろう。君達の元へ行きたいのに、行けないから毎日部屋で泣いているよ』

『……ヨハン…』

『だが私達は耐えるぞぉ……耐えてみせる。…呪いなんて、すぐに解いてみせる……また、みんなで幸せに暮らそう』

『っ……ええ、そうですね……また、四人で幸せになりましょう』



男爵はドアの向こうにいるノアとリアムに、優しく微笑んだ。リアムは私を抱きしめる腕を震わせている。額に汗が伝っていく。


「…嘘だ、嘘だこんなの…」


リアムは、震えた口で目の前の光景へ呟く。そして再び光景が変わり、先ほどまでと一変し男爵がドアの向こうで暴れている。それはかつて私が出会った男爵そのもので、激しい怒りをドアの向こうに向けている。



『開けろ!!!半精霊の子供をいますぐ渡せ!!!』

『ああ……旦那様…』

『今すぐ開けないとドアを蹴破るぞ!!!』


ノアはドアの向こう側にいる男爵に涙を浮かべながら声をかけるが、男爵はドアを叩き罵倒するだけだった。もう一度声をかけようとするのをノアは辞めて、泣いているリアムを抱く。


『……ごめんね。貴方を守ってやれなくて。精霊の力を捨てなければ、こんな事にはならなかったのに…』


悲痛な表情でリアムの頬を撫でながら告げている。……力を捨てる?どういう事だ。


『それでも、代償を払う魔術なら、貴方を守ることができる』


そう言いノアは自分の腕をナイフで深く刺し、そこから溢れる血で魔法陣を描く。それは先ほど光り輝いていた魔法陣と同じ紋章だった。そして描き終わると、深く深呼吸をして子供を魔法陣の中央へ置く。


『………シルトラリア』

「え?」


思わず呼ばれ声を出してしまった。だがこの映像は今ではない。ただの彼女の独り言だ。


『貴女を守れなくて…死なせてしまった私をどうか許してほしい。…そして、もし叶うなら、私の息子を、守ってほしい』

「……」

『こんな私の願いを貴女はきっと、叶えてくれるんでしょうね。……だって、貴女は優しくて、無鉄砲で、無邪気で…鈍感すぎて、兄の想いにも気づかない。そんな、素晴らしい女の子だったんだから』

「……ノア」


そう独り言を呟きながら、彼女は魔法陣に手を触れ、魔法陣は金色に光り輝く。そして中央にいる赤子のリアムへ優しく微笑む。


『私の命ごときで貴方を守れるなら、いくらでも差し出しましょう』


そして先ほどと同じ眩い光が魔法陣から溢れる。赤子の左目は金色から黒へ変わり、それを見届けたノアは、涙を浮かべながら天に向かって笑顔を向ける。




『今行くわ、シルトラリア』









その言葉を最後に、記憶の映像は途絶え光は止んだ。



リアムは私を離し、そしてそのまま床で崩れ落ちる。後ろのドアが大きな音を立てて開き、そこからガヴェインが現れる。何度も体当たりをしたのだろう、息を荒くしている。そのまま私を見つめ肩を掴む。


「おい!大丈夫か!?」

「……あ、うん。……大丈夫」


そう答えると安心したのかガヴェインは大きなため息を吐く。そして隣にいるリアムを見て、声をかけようと肩を叩こうとしていた。だが、リアムの嗚咽により、その手を止めた。私はリアムの手を取り、崩れ落ちた彼の前へ座る。彼は、床に涙をこぼしながら泣いていた。



「嘘だ……そんなはずはない……あの男は、あの兄は…あんな奴らじゃない!!!」


憎しみの浮かべた表情で泣き崩れるリアムに、何も言えなかった。すると、どこからか足音が聞こえる。それが聞こえるドアの方を見ると、そこにはかつてのペンシュラ男爵のもう一人の息子、ヨハンがいた。どこか男爵と似た顔つきだが、過去に私が捕えられ馬車へ連れられていた時と顔つきが違う。服装も平民の服装で、手も土で汚れている。そして泣きじゃくるリアムへ向けて目線を向ける。


「……久しぶりだな、リアム。お前に伝えなくてはならない事がある」


あと2話くらいリアム編が続きます。

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