3 無事に助けられた
「シトラ〜〜〜〜!!!!!」
男爵邸を出ると、遠くから猛スピードでこちらへ向かっている男がいる。深緑の美しい長髪のやや中年の男、私の異世界での父であるヴィンセント・ハリソン公爵である。そのまま私へ思いっきり抱きつき、鼻水と涙を出して嗚咽を交えながら泣いている。
「本当に心配したよ!今度から私もお手洗いについて行くからね!」
そういえば父には「ちょっとお手洗い行ってきます」と言って中庭に逃げていたんだった。流石にお手洗いについて来られるのは嫌だが、しばらくは無理矢理にでもついてくるだろう。
「心配かけてごめんなさいお父様」
「マリアンヌもジェフリーもすごく心配していたんだよ、もうこんな危ないことはやめてくれ」
想像はしていたが、実際に父親の心配している顔を見ると胸が痛む。もう家族を悲しませまいと心に誓った。くっ、この後の母と兄によるお説教も重く受け止めよう…。
泣き止んだ父がふと、私の後ろを見て驚いている。
「シトラ、彼は一体…」
私の後ろにはリアムがいる。流石にあの場所へ置き去りにはできないので、連れてきたのだ。連れてくる際に手を握ったのだが、どうやらそのまま繋ぎっぱなしだったらしい。
父に見られ小刻みに震えたため、握っていた手を強くした。…弱めではあるが、リアムも握り返してくれた。
「彼はリアム・ペンシュラです。奴隷商をしていた父親を無理矢理手伝わされていたようで、…えっと、…」
言葉を濁していたが、リアムの体つきなどを見て父の顔が険しくなった。
「ハリソン公爵、彼はこちらで保護させてもらいますよ」
父の後ろから、着崩れた身なりを整えたギルベルトが声をかける。彼の後ろにはアイザックがおり、服装も先ほどの軽装から白服の騎士団の格好をしている…ん?白服の騎士団服って騎士団長の服装だよね?!精霊様は騎士団長だったの!?
驚いて慌てているのがアイザックにも伝わったのだろう。こちらを見てウィンクをしてきた。…うーん、美しい…。
「ギルベルト王子、今回のペンシュラ家の件で話は山ほどあります」
ギルベルトに向かって父は鋭い目線を向ける。背後からは禍々しいオーラを出して「うちの娘に何してくれとるんじゃ」と絶対心の中で思っているのだろう。いいのか、目の前にいるのは王子だぞお父様。
そんな父を見てギルベルトは、物語の王子様のような美しい笑みを浮かべて
「そうおっしゃると思いまして、城で一室会議をする準備はできています。リアム君、君も一緒に来てください。…あと、シトラ嬢」
「え、あ、はい」
「もうあのような無茶なことはしないでくださいね」
そう言うとギルベルトは父を連れて城へ向かう馬車へと向かった。父からは「うちの馬車を使って真っ直ぐ家に帰るように」ときつめに言われたので大人しくそれに従おう。
それにしてもギルベルトの言っている無茶なこととは、おそらくリアムを助けたことなのだろう。めちゃくちゃ迷惑かけたので今度お菓子でも持って謝罪しに行かなくては。
私はずっと手を繋いでいたリアムの方を見る。…震えることは無くなったが、その代わりにこちらを真っ直ぐ見つめている。黒髪黒目の男の子。おそらく私と同じくらいなのだろうが、痩せすぎて年下に見える。…あの男爵はおそらくかなり重い罪に問われるのだろう。
「リアム様、大丈夫です。もう誰も貴方を苦しめることはありません」
リアムの立場なら、先ほどギルベルトが言っていた通り大きな罪にはならないはずだ。そう思っているとリアムは絞り出したような小さな声を出す。
「…僕は、これからどうすれば、いいのでしょうか」
そりゃあそうよね、父親も、なんだったら虐待を見て見ぬふりをしていたのであろうもう一人の子供や使用人だって、もうリアムの側にいさせることはできない。
どうすればいいのか…うーん。
「私もよくわからないので、これから一緒に考えましょう」
そう謝るとリアムは驚いて
「…これから?」
「そうです!リアム様が何をしたいか、これから一緒に考えましょう!時間はたくさんありますし」
リアムは握っていた手を緩くして
「…側にいてくれるのですか?」
なぁんだそんなことか〜と思ってしまったが、私は緩くなった手をまた強く握り
「もちろん!」
これからいいお友達として、そしてリアムのデブエット作戦も考えなくては!…そう思っているとリアムの目から溢れんばかりの涙が出ていた。え!?私泣くほど嫌われているのか!?
どうすればいいのかわからず慌てていると、「早く手を離してください」とリアムと握っていた手を無理矢理ギルベルトにより引き剥がされた。どうやら王子をかなり待たせてしまったのだろう。父とアイザック見ればため息を吐いてこちらを見ている。
そのままリアムはギルベルトに城へ向かう馬車へと連れて行かれる。肩を震えてまだ泣いているから、本当に大丈夫なのだろうか。
私はリアムたちを乗せた馬車を見送ってから、公爵家へ向かうことにした。