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28 最低で最高の助け方


「ふんふんふ〜んふんふ〜ん」


教会の墓地へ向かう廊下で、私は異常なほどの音痴で鼻歌を歌いながら、食事を持って廊下を歩いている。通り過ぎる職員が何事だと何度もこちらを見るが、そんなのは気にしない。何せ今日は、あの予約三ヶ月待ちのクッキーをようやく手に入れたのだ!あの駄犬のせいで台無しになったクッキーだが、ようやく食べる事ができる!


「ポチにも食べさせてあげるなんて、私やっさし〜!」


ポチもこのクッキーを食べれば、自分のしでかした罪の重さを分かるはずだ。そう思い食事の乗ったトレーに可愛らしい袋に入ったクッキーを乗せて、墓地への地下の階段を下る。私はこの場所にいても何も感じないが、普通の人間なら近寄るだけで体調を崩し、そして長時間いれば倒れてしまうらしい。そんな所にかれこれ数ヶ月いても起き上がり受け答えもできるポチは、あり得ないほどの身体能力なのだと、アメリアが胸を揺らしながら興奮気味に言っていた。

階段を降り終わると、いつもの変わらない美しい花畑。そして寝転がっている白髪の頭を見つけると、そこへ向かう。


「ポチ〜!今日はなんと食後に美味しいクッキーが……あれ?」


いつもなら名前を言うところで罵倒が飛ぶはずが、それがない。そしてよく見ると寝転がっていると思ったが、明らかに呼吸の仕方がおかしい。私はトレーを地面に置き、彼を起こそうと体を触る。…いつもよりも明らかに汗が多い。


「すごい汗…ねぇポチ!?」


声をかけて体を何度か揺さぶっても何も反応がない。…おかしい。体が異常なほどに熱すぎる。


「ま、待ってて!今アメリアさんを呼んでくる!!」


アメリアなら精霊だからここへ入れるはずだ。私では男一人連れ出すのも難しい。そう思い墓地から出ようと立ち上がるが……そうだ、何を忘れているんだ。私は出来るじゃないか。この男を一瞬で連れ出す方法を。すぐに出口ではなくポチの方向へ振り向くと、苦しそうなポチの体を抱きしめる。


( 大丈夫。呪文を覚えているし、目的地を想像すればそこへ着くってアイザックも言っていた )


私は決心し、前回間違えて言えなかった言葉を大きく叫んだ。目の前が強く金色に光り輝く。……次の瞬間私達の目の前には、目を大きく開けている父と兄がいた。そしてその側には、目的の人物、公爵家の常駐医師であるヘクターがいる。国で一番と言ってもいい名医で王族の専属だったが、今は縁あってこのハリソン家の常駐医師となっている。


「シ、シトラ!?」


父が読んでいた書類を落としながら声を荒げる。だが今は説明をしている暇がない。私はポチを抱きしめる腕を強くし、同じく驚いているヘクターを見る。


「ヘクター先生!!今すぐ見てほしい人がいます!!!」

「えっ!?」





____________________________




獣人族、特に狼の獣人族は身体能力が高い。だが能力を使えば使うほど体を何倍も酷使し、そして限界まで来ると、体に熱が溜まり死ぬ。それが獣人族が短命の理由だ。生きる為には狩に行かなくてはならない。だが力を使えば命も削っていく。

狼の一族の中でも体が頑丈だった自分でさえ、聖女を殺す為に、そしてこの地獄のような場所で過ごす事で体力はどんどん削られていった。だから近いうちに、俺も同族と同じようになる事はわかっていた。むしろ自分が死ねば、あの聖女も一緒に死ぬのだから最高ではないかと。


だが、今は後悔しかない。俺は、本当にあの聖女を道連れにしていいのかと。

今日も何も知らないで、いつものように楽しそうに現れるあの女が、異常に気づいて俺に何度も声をかける。うるせぇ、と声を出したつもりだがあまりにも小さすぎて聞こえなかった様だ。


そして俺は光に包まれて、そこから意識を飛ばしていたが、しばらくすると聞き慣れた声が聞こえて薄く目を開ける。そこには今まで見たこともない位に真剣な表情をした女と、この前蹴った緑頭の男と他に何人かいた。おそらくここは、あの公爵家の一室なのだろう。


「こんなに高い熱はあり得ない…おそらく獣人族の体の構造上で起きる事なのかもしれないが」

「助かるんですか!?」

「いや、こればかりはどうにも…」


女は白衣の男に言われた言葉に悲痛な顔を浮かべた。…お前を殺そうとしてたの、絶対忘れているだろうこの顔は。本当によくわからない女だ。それでいて目が離せない、麻薬のような女。


( 聖女じゃなくて悪女だな )


そんな事を思いながら内心笑っていると、女は何か思い出したように「あ!そうだ!」と突然声を出す。周りは何事かと女を見ているが、本心は先ほどの悲痛な顔から何かを決心したような顔になり、こちらを見る。……なんか嫌な予感がする。


「ポチ!口開いて!」


何を言っているんだこの女は。そう思ったのも束の間、女は自分が寝ているベッドに乗りかかり顔を近づけてくる。次の瞬間、女は俺と唇を合わせた。


「んっ、んん!?んんんんん!?」


流石に声がでた。断末魔かもしれない。女はそのままぐいぐいと濃厚な口づけをしてくる。自分からするのは初めてなのだろうか、下手すぎる。目の前に起きた事に男三人は呆然としているが、意識が戻った緑頭が顔を真っ赤にして叫んでいる。だが女はそれでも止めない。いや確かに、自分も女を殺そうとした時に、呪文を唱えさせない様にするためにしたが、その時と今とでは自分の心境も違う。目の前でつたなく口づけをする女の顔を見てもう我慢ができなくなりそうで、何故か動かなくなっていた体も軽くなっていたので、俺は女の両腕を持ち起き上がった。


「なっ!なにっ、なにしてんだよクソ女!!」


息をする暇もなく口づけをされていたので、俺は口呼吸をしながら目の前の女を見る。…そういえば、なんで俺はこんなに体が動かせれるんだ?


すると目の前の女は一気に顔を明るくさせて笑顔を向ける。


「よかったぁ!元気になった!!」



この女は本当に悪女だと確信した。

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