27 憎いのに憎めない
「ポチ〜食事持って来たよ〜」
「誰がポチだクソ女!!!」
私と、ポチこと狼の獣人の男が従僕の関係となってしばらく経った。ポチがいる聖女の墓地へ私はほぼ毎日来ている。家族にも友人にも、力の共有以外の所は省いて説明をしており、物凄い嫌そうな顔をされたがここへ来ることは許可されている。兄と友人達には護身用の縄やら剣やら催涙スプレーなどを持たされているが、今の所は使っていないし使う予定もない。
ポチは普通の牢屋へは入れることが出来ないので、私というか、聖女の墓地のある地下の花畑に両手両足を縛られて拘束されている。私はポチに毎日食事を与える係に任命されている(無理矢理頼んだ)拘束具も彼のきている服も1週間ほど経つとこの空間では腐ってしまうため、新しいものに交換もすることも頼まれている(それも無理矢理頼んだ)
ポチは私の掛け声に苦しそうにしながらも罵倒してくる。何回も来ているのでもう最近は慣れてきた。彼は私に手出しできないので、今ではキャンキャン吠える犬のような存在になってきている。
「今日のご飯はシチューだって!熱いから気をつけてね」
私は手首の拘束を解き食事を目の前に置く。最初こそ全く手をつけなかったが、流石に何日も食事なしなのは難しかったのか、今ではちゃんと食べている。今回のシチューはかなり好きな味なのか、耳がピンと伸びている。
「……お前、楽しいかよ…毎日こんな所に来て」
食事をしている彼を見つめていると、小さく呟くように問われる。初めて罵倒以外で声をかけられたので驚いてしまった。
「ポチに毎日会えるから、すごく楽しいよ」
素直に口にした言葉に偽りはない。ポチのような獣人族に出会うのも初めてだし、隙あらば首を狙ってくるがそれ以外は普通の思春期の少年だ。それに今まで出会ったことのない性格の持ち主なので、とても興味深い。私の答えが意外だったのか紫の目を大きく開く。
「それよりも今日も耳触らせてよ〜」
「誰が触らせるかクソ女…!」
キャンキャン吠えているが、加護を受けていない者は声を出すだけでも精一杯のこの場所。私でも振り解ける弱々しい抵抗を阻止し、私は後ろからふわふわの耳を堪能する。柔らか〜い!ふわふわ〜!
私が堪能していると観念したのか、弱々しく花が咲き誇る地面へ倒れる。思わず膝枕をするような体勢になっているが、ポチは気にしていなさそうなので、このまま耳を堪能させてもらおう。私と従僕関係になる前には水しか与えられていなかったらしく、流石に彼が死ぬと私も道連れなので、今ではまともな食事を与えられている。なので最初よりも顔色がいいし、なんなら体も少しは起き上がれる位にまでなっている様だが。それでもこの場所は辛いのだろう。額にしっとりと汗が伝い、疲れている表情だ。
「ポチ、このまま寝ててもいいよ。私が出る時間になったら起こすから」
「……」
そう声をかけるが無言のまま、耳だけピクピクと動く。…憎き存在である私を殺そうとしている彼は、多分そんなに悪い奴じゃないと思う。私を許す事はできないと思うが。
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時間になったら起こす。そう言っていた女は今目の前で俺に膝枕をしながら寝ている。拘束するのも忘れて俺は今手足が自由だ。本当にこの女は無防備だ、俺は命を狙っているのに。
ゆっくりと起きると目の前で規則正しく寝息を立てている女を見る。この女が俺達一族を滅ぼした聖女シルトラリア本人という真実は、突然現れた暗闇の声の主から聞いた。最初こそ信じていなかったが、その声の主はこの国で獣人族の生き残りである俺と、王族の中でもごく一部の人間しか知らない獣人族の歴史を知っていた。そして言われるままに国王の舞踏会を隠れて見ていれば、国王がこの女が建国の聖女だと公言していた。
俺の一族を滅ぼした原因。精霊に召喚された聖女シルトラリア。500年前の生き残りであった俺の先祖達は尻尾を切断し王族と精霊から隠れて生活するしかできなかった。俺は最後の狼の獣人族で、他は病を医者に見せることもできずに死んでいった。最後に母親が死ぬ前に俺に託した言葉は、聖女がいなければという憎しみの言葉だった。俺もそう思っていた。
「……そんな聖女が、まさかこんな奴だったなんてな」
命を狙われているのに毎日食事を持ってきて、笑顔で一方的に話して帰っていく。毎日耳を触らせろと無理矢理触ってくる。そんな事を毎日されれば、楽しいのかなんて聞きたくなる。だがこの女は当たり前のように笑顔で楽しいと伝えてきた。その言葉と笑顔が頭から離れない。
( ……もっと、母親に聞いたような、恐ろしい聖女だったらよかったのに )
女の頬を手で軽く触る。女は気持ちよさそうにすり寄せながら寝ている。その時に唇が指にあたり柔らかい感触が伝わる。…毎日来るもんだから、この場所のおかげで、頭の回転が鈍ってしまったのかもしれない。俺は女に顔を近づけていた。
「んごっ!?」
「っ!?」
急に声を出す女に、鈍っていた意識が戻り、自分が今何をしようとしていたのか理解した。どうやら寝ぼけて声を出したようだが、俺は後ろへ下がる。自分で分かるほどに顔に熱が溜まる。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
食事を食べて休み、どうにか動かせるようになっていた体がまた重たくなっていく。思わずバランスを崩して倒れる音でようやく女は目が覚めたのか大きな欠伸をする。そして自分が寝ていた事に慌てている。拘束具をつけなければ俺が脱走すると思っているらしい。俺がいる事がわかるとホッとしたのか、笑顔を向けた。
「よかったぁ〜!居てくれた〜!!」
あまりにも無邪気な笑顔を向けられ、何故か胸の鼓動が早くなる。俺を見て心配そうにする女がぼやけて見える。俺はこの場所で動かしすぎた体と、色々な心情のせいでその場で倒れた。