26 狂犬に首輪をつけました
あの後もアメリアに聖女の魔法について長々と話を受けた。
魔術と魔法。その二つは全く同じものだと思っていたがそうではないらしい。アメリアの話を要約すると、魔術は代償を払い、神もしくはそれに近い者が認めれば使える術。そして魔法は代償なしで神に愛された存在が使えるものらしい。魔法は精霊と神に愛された存在にしか使うことができなく代償もいらないが、魔術は代償の大きさにより効力が変わってくるそうだ。
…未来永劫、魂の縁を結ぶ魔術は、人間がするなら全ての寿命を捧げるほどだった。私を殺した宰相は、どんな気持ちで術を唱えたのだろう。
「アメリア、シトラ様の迎えが来たようだからもう終わりなさい」
大司教が窓を指差す。どうやら外に公爵家の馬車が止まっているようだ。私も窓の外を見ると、そこには丁度馬車から降りてきた兄がいた。アメリアは惜しそうな顔をしているが、今回はこれでお開きとなった。
「シトラ様、今回のアメリアとの話ですが。力の共有の事だけは内密にしましょう」
大司教の言葉に頷いた。父に「ベロチューしたら力が共有できるんだって!」なんて言ったらおそらく発狂する。流石に1週間離れると強制的に転移するのは、言わなければならないかもしれないが……ん?1週間?
「……今が丁度1週間じゃん!!!」
いきなり大声を出したので大司教もアメリアも驚いているが、それどころではない。確か獣人は普通の檻ではすぐに出れてしまうので、あの墓に捕らえられているとアイザックは言っていた。急いでそこに向かわなければ!
私はドレスを持ち上げドアへ向かう。が、足を踏み出した途端自分の周りに突然、あの魔法陣が出た。魔法陣から光が溢れたと思えば、頭上から何かが落ち床に倒れる。重たい、痛い。目を開けると、そこにはやはり獣人がいた。
「……あァ?」
目の前に垂れる白髪と紫色の目。なんか先日と似た境遇になっている。お互いがお互い意味がわかっていないように数秒見つめ合うが、相手が急に瞳孔を開いたと思えば、右手で首を思いっきり掴まれた。あまりの苦しさに声が出なくなる。
「シルトラリア!!!」
いきなりドアが開いたと思えば、目の前の獣人はその声の主に引き剥がされる。男は暴れているがなんとその声の主、アイザックはそのまま羽交締めにしている。
「イザーク!アメリア!従僕の首輪!!」
驚きすぎて固まっていた二人だが、お互い見合わせ「ああ!」と声を出したと思えば執務室の机の引き出しを開け始めた。…ん?イザークって大司教の名前?なんか聞いたことあるような…。
大司教は黒い首輪のようなものを手に取ると、羽交締めされている男の首につける。そしてアメリアは同じデザインのブレスレットを私の手首につける。呼吸を整えながら起き上がり、この勝手に付けられているブレスレットをまじまじと見る。
「それは従僕の首輪の主人用のブレスレットです。これをつけていれば従僕の首輪をつけている者は危害を加えられません」
アメリアが丁寧に教えてくれる。…という事は。目の前の首輪をつけられている獣人を見ると、アイザックの拘束から抜け出した獣人がこちらへ向かってくる。
「っ!?」
首に手をかけようとした所で手が止まる。獣人の方も驚いているので、どうやらこれが従僕の首輪の力なのだろう。何度もこちらへ危害を加えようとしても寸前の所で体がいうことを聞かないのか、だんだん苛立っているのがわかる。アイザックが獣人に向かって声を出す。
「無駄だ。シトラに危害を加えようとするとお前の体は動かなくなる。それが従僕の首輪だ」
「クソ!こんな首輪!!」
「首輪は主が望まない限りは取り外すことはできない」
獣人は「クソ!!!」と叫んで床に座り込んだ。目の前に一族の仇がいるのに殺す事ができず、なんならその仇の下僕になっているのだから。命を狙われている立場だがとても可哀想に見えてきてしまった。殺されたくないけど。
「えぇーっと…あー…」
「あァ!?」
座り込む獣人に声をかけようとするが、名前を知らないので言葉を濁す。声をかけられた獣人は唸り声をあげながら今にも襲い掛かりそうな目で見てくる。…なんだろう。自分に危害が加えられないと分かると、なんか犬に威嚇されているような気がする。狼の獣人って聞いたし、年齢も同じくらいで親近感まで出てきた。殺されそうになったけど。
「名前なんて言うの?」
「は!?」
もうこうなると犬を相手しているようなものだ。私は獣人へ近づき、名前を聞こうと声をかけた。獣人の方は、混乱しているのか驚いた顔をしているが、すぐに鋭い目に変わる。
「誰がテメェに教えるか!」
「じゃあポチって呼ぶね」
「ポチ!?」
男、改名ポチは、再び混乱したような顔になり自分から離れていく。私はお構いなしにぐいぐい近づいていく。よく見たらいい顔してるし!私の態度に怯えているのか耳がペシャリと垂れていて可愛いじゃないか〜!
そんな、つい先ほどまで殺されそうになっていたシトラの態度に、呆然と見ていた三人は引き攣った顔をしていた。
「…王弟殿下、あの…シトラ様って度胸ありすぎじゃないですか?」
「言うなアメリア…」
「あの第二王子達に執着されまくってるシトラ様だからね〜すごいよね〜」
そんな三人の言葉も聞こえないシトラは、ポチの耳を触ろうと躍起になっていた。