25 間違えました
「すっごぉ〜〜〜〜い!!!こんなの見たことな〜〜い!!」
「いひゃいひゃい!!(痛い痛い!!)」
私は今、教会の大司教の執務室にいる。目の前には鼻息を荒くした美女が興奮気味で私の舌を見る。黒髪の長髪で、美しい金色の目を持っているのでおそらく精霊なのだろうが、何故か教会の職員の服装の上から白衣を着ている。ここの職員にも精霊がいたんだな〜と感心しつつ、その美女が豊満な胸を目の前で振りながら私の舌を抜く勢いで引っ張っている。
「アメリア、シトラ様痛そうですよ〜」
大司教にアメリアと呼ばれた美女は、我にかえり慌てて舌を持つ手を離す。
「あら!私ったらご無礼を!」
「お気になさらず」
めっちゃ痛かったけどね!と心の中で叫ぶ。アメリアは鼻息を抑えつつ、私の口元を指差す。
「シトラ様は襲撃時、移動魔法を使おうとして呪文を唱えたようですが、おそらく呪文を間違えた様ですね。その舌についているのは模様は違いますがおそらく、契約の紋章です」
獣人の男に襲われた際、混乱しながら呪文を放ったのでどうやら間違えていたらしい。呪文を唱えた後も男は転移せずその場におり、私たちのいた地面には魔法陣が描かれ、お互い猛烈に舌に痛みを感じ倒れたのだ。兄たちは慌てて医者を呼んだが、大司教が消えかけの魔法陣を見ていた。そして意識が戻った今、変人だが魔術魔法に詳しい専門家がいると教会へ来ているのである。まさかの久しぶりに出る外が教会なのはものすごく不服だが致し方ない。
「契約?あの獣人とですか?」
「そうです。通常は下級精霊などと結ぶものですが、お互い能力を一時的に分け与え力を増幅させることができます」
「へ〜」
「能力の増幅にはお互いの紋章を合わせる必要があるので、普通手とかに付けますが。シトラ様達の場合、契約魔法の発動時に一番濃く合わさっていたのが舌だったので、そこに紋章が出てしまったんでしょう」
そうですね、物凄い濃厚に合わさっていましたね。
アメリアは再び鼻息を荒くしながら私の肩を掴む。顔面破壊力のある美女に近づかれるのは嬉しいが、こうも興奮されていると恐怖を感じてしまう。
「しかし!神の言葉で発動した契約魔法はそれはもう!そぉ〜れはもう強固な魔法でして!一時的にですが相手もシトラ様と同じく神の言葉を理解し発することができるようになるのです!!これはもう聖女だからこそできる最高傑作の魔法なのです!!」
「そっ、そうなんですか…そ、それで魔法を解く方法は…?」
掴まれ揺らされながら私は肝心の方法を聞く。それにはアメリアはピタッと止まり、何言ってるんだこいつは?と言いたそうな顔で見つめる。私一応公爵令嬢なんだが。
「解けませんよ?契約魔法は相手が死ぬまで続きます。獣人を始末して解くこともできますが、そうするとシトラ様ももれなく死にます」
「え!?」
「力を共有する魔法はリスクが付き物ですし、あと契約者同士は長時間離れることもできません。1週間ほど離れると強制的に契約者の側に転移します」
後ろで聞いていた大司教は珍しく顔を手で隠してため息を吐く。アメリアは「これぞ神に愛されし者の力!はぁあん!」と天へ向けて叫んでいる。……ということは?私は自分を殺しにきた相手と、この先死ぬまで一緒ということ?
「嘘でしょ…」
思わず心の声が漏れてしまった。
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公爵家に先日の暗殺者が乗り込んできた事を聞いた時、俺はすぐに移動魔法で公爵家へ向かった。
すでに暗殺者とシトラは倒れており、その場にいたイザークからは、シトラが魔法を使ってから突然二人とも倒れたことを聞いた。その際に出てきた魔法陣を詳しく教えられると、自分でも聞いたことのない魔法陣だったので驚愕した。500年以上生きてきて、自分が知らない魔法も魔術も聞いたことがない。……おそらくそれは、シトラがその場で作り上げた魔法だ。
「かつてのシトラはそんなことはできなかった。…500年この世界で眠りについている間に、力が増幅したのか…?」
地下の階段を進みながら独り言を呟く。階段を下り終わり、前にシトラと来た時と変わらない聖女の棺が見えた。美しい花々に囲まれているが、そこに白髪の男が倒れている。俺はその場所へ足を進め、両手両足を縛られている獣人の男を見下ろす。
「ここは獣人族のお前でさえ堪える場所だろう?」
獣人は口で息をしながら答えない。通常の人間用の牢屋では狼の獣人は簡単に抜け出してしまう。聖女の墓地であれば加護を受けていない者は皆、聖女の力に当てられ身動きができなくなる。彼女の眠っていた場所でこの男を捕らえておくのは虫唾が走るが、それでもこの場所しかない。
「500年前に滅んだと思っていたが…まさか生き残りがいたとは思わなかった」
男は声が出せない代わりに唸り声をあげている。倒れている男は獣人の特徴的な耳は生えているが、尻尾がない。おそらく身を隠し生き残る為に隠すことのできない尻尾を切断しているのだろう。だが哀れと思わない。こうなったのも全て500年前の彼ら獣人族が原因なのだから。
「お前たち獣人族は、500年前に突然人間側に味方し、精霊達を虐殺していた。俺達は何度もお前達に警告をした。それでも止まらなかったからお前達は滅んだんだ」
体も自由に動かすことのできない男のそばでしゃがみ、長い髪を引っ張る。見えた顔は今にも噛み殺しそうなほどの殺意のこもった目だった。男は息を荒げながら口を動かす。
「お前らが……聖女、なんかを…召喚、するから…」
「聖女召喚も全て人間に対抗する為だと獣人族へ事前に話していた。お前達はその聖女の力を過小評価しすぎていたから、後から恐れ牙を向けたんだ」
「うっ、せぇ……聖女が…精霊の、道具が…あんな、バケモンだと…誰が、思うか…」
俺は男の腹を蹴り飛ばしていた。男は血を吐きながら棺に当たる。もう一度髪を今度は高く持ち上げ顔を近づける。
「……次、またシルトラリアを侮辱してみろ。その舌を取るぞ」
「……聖女、の…狂信者がっ…」
男は苦しそうだが、顔を歪め嘲笑いながらこちらを見る。自分の血管が切れる大きな音が聞こえ、俺は足をもう一度蹴り飛ばそうと足を後ろへ上げる。
だが、次の瞬間男の下に魔法陣が現れる。思わず後ろに下がるが、男も何がなんだかわからないのか混乱している。そのまま光に包まれ男は姿を消した。
「まさか!!ここで魔法陣が使えるなんて……まさかシトラ!?」
この墓地では聖女の力でどんな魔法も魔術も使うことができない。ならばここで使うことのできるのは同じ力を持つ聖女本人だけだ。俺は急いでシトラの場所へ向かった。