24 絶体絶命
ちょっと背後注意かもしれないです。
獣人族。500年前にはさほど珍しい存在ではなかったという。だが、500年後の今では、既に絶滅した種族として歴史書にしか出てこない存在となっている。
そんな絶滅したと言われている獣人が今目の前にいる。威嚇をしているのか低い唸り声を出している。まさか、大胆に公爵家に突撃してくるとは。突然の登場だが護衛はすぐに目の前に現れ、剣を持って獣人の前で構えている。
「屋敷へ行くぞ!」
兄はそれを見計らって温室から脱出しようと声を掛ける。大司教とケイレブも無言で頷き、真っ青になっているリリアーナをケイレブは抱き上げる。それを見て獣人はつまらなさそうな表情を浮かべる。
「なんだ、護衛はたったの5人かよ」
護衛達は苛立ちを隠せず顔に出ている。お構いなしに獣人の男は気だるそうにテーブルから降りると、降りた場所でトントンと数回軽くジャンプをする。そして剣を持たずにそのまま戦闘態勢に入る。
「貴様、ふざけているのか。素手で相手するなど」
「あぁ?ちげーよ。俺はこっちのが得意なんだよ」
兄達と走り温室の出口へと向かう最中、後ろから護衛達の叫び声と剣の割れる音が聞こえた。思わず後ろを振り向くと、そこには護衛の首を掴みそのまま地面へ投げ飛ばしている獣人が見える。地面には既に他の護衛達が倒れている。……あの護衛達は皆、国でも精鋭部隊である騎士団の団員なのに。
思わず顔が歪んでしまうのを、獣人は興奮気味な顔でこちらを見ていた。次の瞬間私の手を引っ張っていた兄の手が離れたと思ったら、獣人が兄を蹴り飛ばしていた。そのまま壁にぶつかる兄を助けようと駆けつけようとする間に、大司教とケイレブも蹴り飛ばされ地面や壁に倒れ込む。リリアーナは恐怖で地面に座り込み震えている。
恐ろしく強い。あの男に狙われて一度命が無事だったのは、奇跡なのではと感じてしまうほどに。私は前回の移動魔法を唱えようと口を開こうとするが、その前に頭を地面に打ち付けられる。脳が揺れるほどの衝撃だが意識がなくなるほどではなかった。衝撃で瞑った目を開けると、鋭い紫の目の男が見える。どうやら私の上に馬乗りになっているらしい。腰に体重が掛けられ起き上がれない。
「……やっと、やっとお前を殺せる。500年間獣人族が夢に見た復讐を果たすことができる」
顔を近づけ耳元で囁かれる呪いの言葉に思わず引き攣る。男の片手で両手を掴まれ身動きができない。反対の手では男が腰についている剣を抜こうとしている。早く呪文を唱えなければ。意識が遠のいていると思われている今がチャンスなのだ。
「●◆▷んんっ!?」
呪文を唱える口に柔らかい感触が触れる。声を出そうにも、その肝心の呪文を唱える舌が翻弄され声が上手く出せない。これがキスであることに気づくのに結構時間がかかった。
( 大人のやつだ〜〜〜〜〜〜!!! )
自分を殺すためにお前ここまでやるか!?と目の前の男に苛立ちを向け、呪文も唱えられず暴れるがびくともしない。色々と飲まれそうになるが、早く呪文を唱え終わらなければもうすぐ剣が鞘から完全に抜かれ自分は殺されてしまう。流石にファーストキスが、呪文を唱える自分の口を塞ぐためで最後になるのは本当に悲しすぎる。生き残る為に口を離そうと躍起になる。
「シトラ!!!」
「!?」
兄の声が聞こえたと思えば、周りに煙幕が立ち籠める。獣人の男も驚いて思わず口を離し周りを見る。その一瞬、高い金属音が聞こえたと思えば、男が剣を鞘から取り出しケイレブの剣を受け止めていた。
「シトラから離れろ!!」
「っ、クソが!!!」
今なら呪文を唱えることができる!私は酸欠で意識が朦朧としながらも早口で言葉を告げた。
「●◆▷●□▲○!!」
次の瞬間眩い閃光が現れるが、前と違い自分の倒れる地面に金色の魔法陣が描かれていく。そしてそれと同時に舌に激しい痛みを感じ、思わず叫びそうになるのを堪えた。それは獣人の男も同じようで、口で息をしながら地面に倒れ込む。ぼやける目線には、私の名前を何度も叫ぶケイレブと、後ろから兄と大司教、リリアーナが駆けつけていた。