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22 兄と妹



私は今、教会にいる。詳しく場所を説明すれば、大司教の執務室にいる。

私は冷や汗をかきながら椅子に座っており、目の前には一髪殴りたい男No.1の大司教が、赤い目を細めながら微笑んでいる。


「やらかしちゃいましたね、シトラ様っ!」

「……」


今すぐこのふざけた男を殴りたい。だが今回は明らかにこちらが不利な状況だ。何故なら私がここにいるのは、先日の暗殺者の件についての事だからである。


「シトラ様がこの前突然頭の中に出てきて発した言葉は、神の言葉でしてね。神に近い精霊でも上位の精霊でないと意味がわからず、それ以外にはノイズのように聞こえます」


そしてこの大司教、実は聖女シルトラリアに関する研究の第一人者であるらしい。そういえばこの教会は、聖女、というか私を祀っている所だった。ここへ向かう時も、職員達が拝んだり涙を流したりするので本当に恥ずかしかった。この前の舞踏会でどうやら話が漏れたらしい。大司教は一冊の本を私に見せてくる。そこには文字と挿絵が描かれていた。


「聖女シルトラリアは、神の加護により、神の言葉を使い魔法を使うことのできる人間でした。精霊の使う魔法と全く同じに聖女が唱えても、それは全て神の言葉になる。精霊も意味は分かっても同じようにそれを唱えることはできないし、神の言葉で唱えられた魔法は威力も桁違いになる。まさに神に加護を与えられた存在だからこそできる力です」

「へぇ〜」

「で、この前シトラ様は、神の言葉を使い自分とリアム様の周りに結界を貼り、暗殺者を国の外へ移動させたんですよ〜いや〜〜城から国の外なんて!すごい威力ですね〜〜〜見てみたかった〜〜〜〜」

「今ここで大司教様にやりましょうか?」

「申し訳ございませんでした」


45度に頭を下げる大司教だったが、すぐに頭を上げて明るい笑顔を向ける。絶対反省してない。


「で、その暗殺者の男ですが、紫の目の10代くらいの人物なんでしたっけ?」

「そうです。髪の色は、白髪でしたね」


私を殺そうとした男の顔は覚えている。深くフードを被っていたが正面で見ていた私は顔を確認できたのだ。紫の目に長い白髪の男だった。大司教は見せている本を何ページか進めて、とある項目で止めた。


「紫の目を持つのは、獣人族の中でも特に戦闘能力の高い狼の一族です」

「獣人族って、昔絶滅した?」

「そうです。表向きは近代化した世界に適応できず絶滅したことになっていますが、真実は500年前の人間と精霊の戦争で人間側に協力し精霊を滅ぼそうとした事で、聖女率いる精霊に一掃されたからです」

「私のせいか!?」


思わず叫んでしまった私に、大司教は「そうです!」と元気に言ってくるので、流石に拳がいう事を聞かずに大司教の顔目掛けで飛んだ。が、それを華麗に止められ掴まれてしまう。


「戦争とはそういうものです。君は精霊の為にこの世界へ召喚されたのだから、精霊と敵対した獣人族が滅んだのも致し方ない事です」

「でも」

「それに君がいなければ、王弟殿下も他の精霊もすでに死んでいたのですから」


諭すように告げられる言葉に、私は何もいえなかった。大司教は変わらずの笑顔で掴んでいた手を離した。








「シトラ、大司教殿の話はどうだった?」


教会へ迎えにきた馬車には兄が待っていた。公爵家へ戻る馬車の中で、兄は心配そうにこちらを見る。私は先ほど大司教と話した事を全て兄へ伝えた。話を聞き終わると兄は優しく私の頭を撫でる。


「シトラ、お前は何も悪くないよ」


そう優しく告げてくれる兄のおかげで、私は疲れていた体と心が軽くなった。…私をいつも心配し、そして必ず味方をしてくれる兄。


「私、お兄様の義妹で本当によかったです」


そう笑って告げると、兄は一瞬撫でる手を止めたが、すぐに再び撫で始めた。



「……俺も、お前の義兄でよかったよ」





_______________________




俺は夕食の後、父上に話があると呼ばれて執務室の前にいる。ドアを叩くと中から「入れ」と父が告げた。言われるまま中へ入ると、そこには真剣な表情をした父上が座ってこちらを見ていた。


「来てもらってすまない。だがマリアンヌとシトラの前で話すわけにはいかないからな」

「いえ、それで話とはなんでしょうか?」

「…先日の舞踏会での事だ」


先日の舞踏会終盤に起きた、シトラを襲った暗殺者の存在。あの後状況を王弟であるアイザックとリアムから説明を受けたが、彼らに言われなければ信じなかっただろう。


「あの事で、シトラが建国の聖女としての力を使うことができると教会側より判断された。今は私やカーター侯によって抑えているが、教会側よりシトラの身柄を預けてほしいと要請が来ている」

「なっ!?」

「聖女シルトラリアの力をどこよりも理解している教会に身を置くのがこの国の為、などと言っているそうだが…要はシトラを研究対象と見ているのだろうな。全く、あの大司教は食えん男だ」


俺は怒りが抑えきれなくなり壁に強く拳を打ち付けた。


( シトラを教会へ引き渡すだと!?シトラは公爵家の人間だぞ!? )


「教会とて、公爵家に強く手を出せないだろうが、これから何をしてくるのかも分からない状態だ。ジェフリー、お前はシトラから片時も離れるんじゃない」

「言われなくてもそうします。教会の好きにさせません」





父上との話が終わり、俺は自分の部屋に戻る。そのまま仁王立ちで、先ほどの父上との会話で頭に血が昇っていた。そのお陰で強く拳を握っているからか、手の感覚が鈍っている。


( シトラは絶対に教会に渡さない!シトラは、彼女は俺の )


俺のものだ。そう思っていた事に気づいた。一気に冷や汗が出てくる。…違う、シトラは俺の家族だ。俺の大切な妹なんだ。この前から考えている事がおかし過ぎる。頭を強く掻きながら声にならない声を叫ぶ。


…そうだ、風に当たれば頭も冷えるだろう。そう思い窓を開けてバルコニーへ出る。きっと、今の考えは大切な妹が教会へ連れられてしまう恐怖から出た咄嗟の考えなのだと。


「あ!お兄様!」

「っ、」


まさかバルコニーに妹が同じく出ているとは思わず、明るく声をかけられ何も言えなくなってしまった。そんな事も知らないシトラは笑顔でこちらを見る。


「お父様とのお話は終わったんですか?」

「あ、ああ…今行っている事業についての報告だったよ」

「そうですか〜お疲れ様です!」


変わらない兄へ向ける笑顔、それが今はひどく辛い。この兄としか見ていない妹の笑顔が。


「お兄様、そちらへ行ってもいいですか?」

「いや…今日は疲れたから、すぐに俺は寝るよ」


そう伝えてバルコニーから出ようとする。これ以上、この場にいても可笑しくなるだけだと。部屋に入るために窓を開けようとすると、後ろから「お兄様!」と声をかけられ引き止められた。


「私、本当にお兄様の妹でよかったと思っています!小さい頃からお兄様は私を本当の妹のように思ってくれて…だから、私は本当に幸せなんです!」

「…そうか」

「そうなんです!だから、もし私が記憶を思い出して、聖女シルトラリアの力を使えるようになったとしても……それでも、私はシトラ・ハリソンとして、お兄様の妹でずっとあり続けたいです!」

「………当たり前じゃないか、お前は、永遠に俺の家族で、永遠に俺の妹だ」



自分でもどんな表情をしているか分からなかった。だがそれで満足したのか妹は嬉しそうに「おやすみなさい」と言いながら部屋へ戻っていった。俺も同じく部屋に戻る。そしてふらつきながらベッドへ横たわり、天井を見上げる。何故か視界は滲んでいる。


「……分かりきってた事だろ、俺は、俺はシトラに兄としか思われていないんだから」


自分で自分に言い聞かせるように呟く。頬に伝う水で、ようやく自分が泣いている事に気づいた。俺は滲む天井に向けて、この先一生本人に言えないであろう言葉を口に出した。





「………愛している、シトラ」

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