19 舞踏会が始まる
「今まで王弟としてハリエド国を支えてきた精霊アイザックにより、聖女シルトラリアが生き返り、そしてシトラ・ハリソンこそ建国の聖女シルトラリアであることを。今ここに公表する」
豪華絢爛な舞踏会の会場で、陛下は私とアイザックを隣に立たせながら、招待された貴族達へ12年前の真実を公表している。
ノアが行方不明になっている話は、これ以上話すのは舞踏会が終わった後にすることした。つい最近居なくなったのではなく15年前、私が蘇生する前の事だ。その時に何があったのだろう。…ともかく今はこの状況を乗り越えなくてはならない。
陛下に真実を伝えられた貴族達は、当然動揺し周りの貴族同士で話し合っている。…私への目線も、小娘に向けるような目つきではなかった。…あの中年の伯爵、なんかいやらしい目で見てるな。後で脅しておこう。
「それはそれは、驚きですな。シトラ嬢は「本物」の聖女だったとは」
ざわつく貴族達の声も、カーター侯の言葉によりおさまる。その側には夫人に、ケイレブとリリアーナもいた。ケイレブは先ほどの中年お伯爵へ眼光を鋭く、まるで食い殺すような目を向けている。伯爵はひっ!と小さく叫んで後ろの方へ下がっていった。カーター侯はそんな息子を見て面白そうに笑い。そして壇上にいる私の方を見る。その表情はとても穏やかだ。
「まさか貴族の中で、上位精霊でありながら長年この国を支えたアイザック王弟殿下と、建国の聖女シルトラリア様をとやかく言う者など、いるわけないでしょう。ねぇ?」
この国でも有数の広大な領地を持つカーター家に何も言えないのか、先ほどまでと変わり静かになった。
「ハリソン公が聖女だからという理由で、彼女を養子に迎えたわけではない事は皆知っているでしょう」
カーター侯がハリソン公である父へ目線を向けると、父は何度も頷く。
「全くその通りだ。私はシトラを聖女として国を支えてほしいとも思わないし、ずっと公爵家にいさせるつもりだ」
「それは困ります。うちの息子が非常にシトラ嬢を気に入っておりまして」
「父上!?」
ケイレブが顔を真っ赤にしてカーター侯と私を交互に見る。…大丈夫だよ、政略結婚のきっかけを作ろうとしてるんだよねケイレブのお父さん。でも安心して、そんなケイレブの気持ちを無視するような事、私させないから!とガッツポーズをケイレブへ送る。
「それは困りますねカーター侯。シトラは僕が貰い受ける予定ですので」
周りの令嬢夫人達が顔を赤くして「はぁぁん!」と言われながらリアムが声を出して前へやってくる。こちらの目線に気づくと、背景に一面の薔薇を出しながら美しく微笑んで手を振ってくる。その効果で遠くの方からも女性の「あぁん!」という声が聞こえた。…リアムの周り、年齢制限かけた方がいいんじゃないかな?
そう思っていると後ろから禍々しいオーラを感じ後ろを向くと、さすがに国王陛下の前ではリアムへちょっかいをかけられないからか、ギルベルトが物凄い形相でリアムを見ていた。もう、仲良いんだか悪いんだかどっちなんだよ!
「よし、公爵家の力を持ってこの二つの家を潰そう」
「ふざけないでください」
真顔で恐ろしいことを言った父を兄が後ろから軽く叩く。
大貴族と有能貴族の掛け合いで、周りの貴族達もだんだん穏やかになっていく。アイザックが横で「皆さんのおかげですね」と言っているので、どうやら他の貴族を落ち着かせるための余興のような掛け合いだったのだろう。…後でみんなにお礼を伝えなくては。
「聖女様、ご挨拶をさせてください」
「聖女様、覚えておりますでしょうか?」
「聖女様、うちの息子がもうすぐ成人するのですが…」
公表したのはしょうがないとしよう。しかし、しかしまさかここまで人に囲まれるとは。私の周りには知っている貴族や知らない貴族や、もう貴族が群がっている。
おい!お前ら私が小さい頃化け物って言ってなかったか!?何で建国の聖女だとこんな風にコネ作ろうとしてくるんだ!?今にも叫んで走り出しそうな気持ちを抑えつつ、引き攣った笑みで「おほほ」と適当に話を合わせている。
「シトラ嬢!」
「うぉ!?」
大きな声が聞こえたと思えば、群がる人の隙間から手が現れ私の腕を掴んでそのまま引っ張る。あっという間に中心から脱出し、私はそのまま手の持ち主の胸の中に体を預ける。見上げるとそこにはケイレブが心配そうに見つめていた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございますケイレブ様」
ケイレブの存在に気づくと貴族達は慌てて散っていった。おそらく先ほどの中年伯爵への睨みを知っているのだろう。確かに私もあれは背筋が凍った。
「息子の誕生日以来ですかな?シトラ嬢」
ケイレブの後ろに先ほどのカーター侯と夫人、そしてリリアーナがいた。
「カーター侯、お久しぶりです。先ほどはありがとうございました」
「いいや、それは構わないが……なんだ、ケイレブの一方通行だと思っていたが」
カーター侯がニヤニヤと笑っている。隣の夫人も嬉しそうに微笑んでこちらを見ている。…何を笑っているんだ?するとリリアーナが頬を膨らませて、「そろそろ離れてください!」と怒り出した。そういえば助けられた時に、抱かれているような格好になったままだった。支えるように繋いだ反対側の手は私の腰に添えている。なるほど、これはもう完全に恋人同士の抱擁だ。こりゃいかんと離してもらう為に顔を見上げると、同じく下を向いてこちらを向いていたケイレブの顔がすぐ近くにあった。
「っ…」
もうすぐで唇が触れそうなくらいだ。…そう思ったのは私だけではなかったようで、ケイレブはピシッ!と音が鳴るように固まり、顔をどんどん赤くさせていく。友人にさえこんな顔をするんだから、本当にケイレブは恥ずかしがり屋さんなんだなぁ。
「ケイレブ様、そろそろ離して……ん?ケイレブ様〜?聞いてます〜?お〜〜い!」
恥ずかしさを超えて思考がショートしたのか、全く動かなくなったケイレブから離れようともがいていると、後ろから先ほどのケイレブの比ではない位に眼光を鋭くさせているギルベルトとリアム、そして兄が、ケイレブの肩を乱暴に掴み引き剥がしてくれた。そして遠くの方から「何しとるんじゃぁぁぁぁぁぁ!!!」と怒鳴りながらこちらへ父が走ってくる。危ない危ない、このままくっついていたらケイレブとあらぬ誤解をされる所だった。
そんな風景を、声を出して笑う陛下と、苦笑いをしたアイザックが壇上から眺めていた。