18 国王と王弟
シトラ嬢が強制的に去ったあと、アイザックは父上を今にも殴りかかりそうな表情をした。対する父上は困ったように彼を見る。
「本当のことなのだから致し方ないだろう」
「それでも言い方があるだろう、ジョージ」
そんな軽口を国王陛下に叩けるのは、きっとアイザックくらいだろう。先代の国王が不慮の事故により早く亡くなり、10歳で国を統べる事になった父上は、王弟だったアイザックに支えられて現在の強固な国を作り上げた。目の前の二人には、家族の自分ですら入れない絆がある。
父上はわざとらしくため息を吐いて、ソファにもたれ掛かる。
「その呪いというのは、本来ならば引き寄せ出会うものらしいが。シトラ嬢は蘇生された状態で顔も体も500年前の記憶の姿と変わっていない。…向こうが今どんな顔で生まれ変わっているのかも分からない今、狙ってくれと言っているものだろう?」
「それは…」
「それならば、シトラ嬢が「聖女シルトラリア」本人と先に公表した方が、聖女を今でも崇拝する教会と精霊が彼女の力になってくれる。そうだろう?」
「……それでも、力を使ったても、死刑にはならないだろう」
この勝負は父上の勝ちなようだ。アイザックは下を向いてしまっている。
「私としては、王弟でもギルベルトでもいいから、彼女が王族に嫁いでくれたほうがいい勢力となって嬉しいのだが」
「父上…」
手を顎に添えてこちらを笑顔で見てくる。…こういう所といい、本当に性格が兄上に似ている。動揺を顔に出さないように顔を固くすると、父上は軽く声を出して笑った。
「ギルベルト、お前もうかれこれ彼女に好意を寄せて何年だ?」
「全く同じ事をこの前兄上に言われました」
「あー、待てよ、…そうか!お前が六歳の時だったか!」
「…」
知っているならわざわざ聞かないでほしい。
楽しそうな父上の後ろで、なんともいえない表情でこちらを見るアイザックを見る。
( 本当に、彼女を狙う人たちが多いものだ )
一瞬、黒髪の腹黒伯爵を思い出してしまった、最悪だ。
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聖女シルトラリアは、15歳で病によりこの世を去ったと言われている。
彼女の存在は現在でも精霊達には王とされ、人間側では「建国の聖女」と呼ばれている。彼女はこのハリエド国に今なお続く結界が国を覆い隠すように存在し、その結界のおかげで元は乾いた大地だったこの土地は作物が育つ。歴史の授業で習い、信仰が厚い聖女シルトラリア。
そんな聖女らしい私は俵担ぎされ、そのままメイド達にあれやこれや、あらぬところまで身ががれ。そしてあの墓に置かれていたものと同じ作りの祭服を今着ている。純白の祭服は、まるで自分のために用意されているかのように、この顔にも似合う服だった。…いや、自分のために作られているんだろうけど。
「シトラ様、入ってよろしいですか?」
アイザックがドアをノックしながら声をかける。私は「どうぞ」と伝えた。アイザックは部屋に入ると、私を見て目を開いて固まった。
アイザックも舞踏会の為に服を着替えたのだろう、同じく純白の正装を着ている。…アイザックを崇拝する人たちが言っているように、なるほど、これは確かに歩く彫刻だ。そのまま固まっているととてもこの世のものとは思えない。
「その服、昔も今もすごく似合ってる」
「あ、ありがとうございます?」
含みのある言い方が気になっていたが、それよりもアイザックの頬を伝う涙に、今度は私が固まる。どうしたらいいのかわからず周りに助けを呼ぼうとしたがメイドはもういない。彼は「ごめん」と言って涙を自分で拭いた。
「だっ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと感極まっただけ」
「感極まる服…?」
ちょっとアイザックの言っている意味はわからなかったが、彼は微笑みながら手をこちらへ向けてきた。どうやら会場までのエスコートはアイザックらしい。
「そういえば、この前懐かしいと感じる夢を見たんです」
アイザックの腕につかまりながら、会場へ歩く道の廊下でこの前の女性の夢を話す。会場ではすでに舞踏会が始まっているのだろう。遠く離れたこの場所からでも音楽が聞こえる。夢、と聞いたからか、アイザックは真剣な表情でこちらを見つめた。
「どんな夢だった?」
「ええと、私は森の中で、女性に力の使い方について教わっていました。弓を使う銀髪のすごく綺麗な女性です。そう、まるで」
まるでアイザックの髪のように。と伝えようとしたが、アイザックが急に止まったため伝えることができなかった。どうかしたのかと彼の方を見ると、眉間に皺を寄せて、苦しそうな顔をしていた。…アイザックはあの女性を知っているのだ。そう確信した。となればやはり、あの夢は現実に起きた聖女シルトラリアだった頃の記憶なのだと。
「アイザック様、あの女性を知っているのですか?」
そう伝えてみるが、苦しそうな顔のまま無言でいる。…あの女性の話はしないほうが良かったのかもしれない。私はなかった事にして違う話をしようとした。
「…ノアだ」
絞り出すような小さな声でアイザックがその名前を出す。ノア、その名前を聞くと心臓の鼓動が大きく鳴る。…そうだ。あの女性はノアだ。なんで忘れていたんだろう!ノアは私に力の使い方を教えてくれた人で、私の親友だったのに!
「そうです!思い出しました、ノア!私の親友のノアです!彼女は今どこにいるんですか!?」
ノアも精霊だったから、今でも生きているはずだ。アイザックへ彼女の居場所を問いかけると、こちらの態度とは真逆に苦しい顔を続けている。そしてゆっくりと口を再び開いた。
「…俺の妹は…ノアは……15年前に、消息が分からなくなった」