15 彼と私は
さて、今までのおさらいをしよう。
目の前にいるこの顔面で人を倒せそうな青年、アイザックは実は王弟であり、12年前に私をこの世界へ召喚した…じゃなくて、聖女シルトラリアを時間?蘇生術で蘇らせた。そして私は実は500年前にこの国を建国した聖女シルトラリア本人。しかしなんやかんや人間に裏切られ殺されていたと。しかも蘇生はされたが聖女だった時の記憶は戻せずごっそり消えていると…そしてなんやかんやで今は軟禁されていると。うーん、難しいがとりあえずわかることといえば。
「……つまり私は、元死体…???」
「そうなりますね〜」
あははーと笑顔で返してくるこの大司教をどうにかして殴り飛ばしたい。飄々とした私の態度にアイザックは大きく目を開ける。
「…信じるのか?」
「全部信じたわけじゃないですけど、公爵令嬢を誘拐するまでの事をしてるんですから、嘘でこんなこと二人ともしないでしょう」
「ベッドでお菓子ボリボリ食べてたくせに、ちゃんと考えれるんですね〜」
本当に大司教でよかったな、命拾いしてるぞ。
一瞬殺意が湧いたがそれを抑え、私はアイザックから離れてベッドから降り、テーブルに置かれていたクッキーを手に取る。
「それで?お二人の目的はなんですか?」
目的のための昔話は聞き終わった。その次は今回の軟禁の理由だ。するとアイザックは目線を下に向ける。
「君を殺した後、宰相は自らの命を代償に呪いをかけたんだ」
「呪い?人間がですか?」
「君は特例だが、人間も神に代償を払えば精霊と同じように力を使える」
人間でも精霊のように代償を払えばできる力。しかし命をかけてまでの呪いとは一体なのだろう?アイザックは険しい顔をしてこちらを見る。
「魂の融合。未来でも来世でも、再び出会う呪い。…そのせいで、君を蘇らせた時に、同じく宰相が転生した」
「は!?」
「最初伝えたとおり、俺は蘇生術を失敗した。君には聖女シルトラリアだった記憶はない。それは宰相の方も同じだ」
宰相と再び出会える呪い、…私が蘇生され生き返ったから、その呪いが発動したのか。どれだけ私を何回も殺したいんだ宰相よ、本当に恨まれすぎてないか?
大司教は残っているクッキーを「もらいますね〜」とつまむ。空気読まないなこの人。
「まさかシトラ様の魂にそんな呪いが掛けられているとは、本当、陛下がアイザックを止めていなかったら完全に蘇生術が成功して、再びシトラ様刺されてましたよ〜」
「大司教、一度部屋から出るか私にぶん殴られるかどちらが良いですかね?」
大司教はそそくさと部屋から出ていった。
ふたりきりになり、目の前の精霊を見る。今更二人きりになるのが気恥ずかしいのか頬をかいている。ギルベルトの護衛だった時も、やめた時もあれほど私と会っているのに今更すぎる気がするが。美しい精霊で、騎士団長で、そして元王弟。…うん?王弟?
「アイザック様は王弟って、ギルベルト様の叔父だったんですか!?」
「いや、俺はこの国が建国してから500年王弟の立場で国を支えていたんだ。もちろん顔は術で変えていたが」
…精霊は途方もない長寿だと聞いていたが、まさか建国からいたとは。…いやいや、今はここじゃない。落ち着け落ち着け。そう思っていると今後はアイザックが口を開いた。
「…シルトラ…いや、シトラ。君は最近懐かしい記憶や、夢などをみていないか?」
「ああ…確かに、なんだか懐かしいような気持ちがする夢は見ます」
「それがシルトラリアだった頃の記憶だ。…おそらく魂の記憶だろうが、君は500年前の記憶を少しずつ思い出している。俺にとっては喜ばしいが、それが厄介なんだ」
「あ…」
そうか、いわば私と宰相は連動しているようなもので、私が少しずつ思い出すように、宰相だった転生者はかつての記憶を思い出していくのだろう。
「だから、この数日君が寝ている時に、記憶を封じ込める術を行っていたんだが」
「それが軟禁の理由か!?」
「す、すまない……1日で終わると思っていた。けれど、今の俺には君を蘇生した影響で力が半分もない。無理だった」
申し訳なさそうにこちらを見るアイザックに、色々言いたいことだらけだけれど。それでも彼は私をそこまでして蘇らせたかったのだ。彼と私、聖女シルトラリアはそれほど仲の良い関係だったのだろう。窓から見る景色は夕焼けになっており、窓に入り込んでくる光で何かチカチカ光る。その光の先を見ると、左薬指にあの金色の指輪がはめられていた。
「……アイザック様、聖女シルトラリアは、アイザック様のなんだったんですか?」
「それは……」
明らかに動揺するアイザックはその後美しい顔を少し赤く染めていく。夕日に照らされる銀髪はとても幻想的だ。精霊の証でもある金色の瞳は意を決して、頬の赤いままこちらを見つめる。
「シトラ、俺は」「シトラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
アイザックの言葉を遮るように、ドアが思いっきり開いたと思えば、そこには鼻水まで流した父、ハリソン公爵がいた。お父様、その頭に大きなタンコブつけてる大司教引きずってるのは良いのか?大丈夫なのか?
そのまま父は適当な場所へ大司教を捨てて(大司教は「きゃ〜!」と可愛くない悲鳴をあげていた)私を思いっきり抱きしめる。物凄い力のため私の体はボキボキ音を鳴らす。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
「シトラ!お前が聖女シルトラリアだっただろうと、私の娘に変わりはない!!」
その言葉には抜け出そうとしていた行動を思わず止めてしまった。
「誰がなんと言おうと、お前はハリソン公爵家の娘だ。どんな危険だって、私は必ずお前を守ってみせる」
強く抱いているだけかと思えば、小刻みに震えて、頭の上にポツポツと落ちる水はおそらく、涙なのだろう。後ろから現れる母と兄も目が赤く腫れていた。
「そうよシトラ。たとえ元死体だったとしても、貴女は私たちの娘なの」
「母上、一言多いです」
父の叫びと抱擁で気づかなかったが家族だけでなく、ギルベルト、リアム、リリアーナ、ケイレブも居る。私が聞いた12年前の真実を知ったのだろう。ギルベルト以外少し腫れた目でこちらを優しく見つめている。ギルベルトも優しく見てくれているが、少し苦笑いしている。
「皆へ真実を伝えました。いつ危険が襲ってくるかわからないですから」
ギルベルトは優しい声で伝えてくれる。確かに、もし記憶が全て戻った時、危険に遭うのは自分だけでなく周りも同じだ。…なので、軟禁生活から脱出したらそのままどこかへ隠れていようかと少し考えていたのだが、それは周りを見るとする必要がないのだと思い知らされる。
本当に、素晴らしい家族と親友たちを持ったものだ。
「お姉様、私は何処までもお供します。お姉様のおそばにいさせて下さい!」
「リリアーナと同じく、許されるまでお前の側にいる」
「…ありがとう、リリアーナ、ケイレブ」
ようやく父の熱い抱擁から離れながら二人へお礼を伝える。そして一番後ろにいたリアムを方を見ると、……うん!?片方金色の目!?
私が驚いたことに気付いたのだろう。目を細めて笑いながら目の前まで進む。そしてそのまま頬を優しく撫でられる。
「ちょっと色々あったんだ。…シトラ、僕は君に救われたあの日から、君しか見ていないし、君を愛している」
「おっふぉ」
「愛おしい君を僕は、永遠に守るよ」
リアムは本当に言葉を端折ったり言葉の使い方が間違っていると思う。私だから気持ち悪い声が出ただけでよかったものの、官能的な微笑みと色気のある声でこんなこと言われたら普通ならあらぬ勘違いをする。あまりにも恥ずかしくて顔が赤くなるが、それを見てさらに周りに花畑、いやもう薔薇まみれの微笑みを向けてくる。やめて。
「リアム、だからなんで君はいつも軽々しくシトラに触るんですか」
ギルベルトが先ほどと変わって背筋がヒヤリとするようなドス黒いオーラを出しながら、笑顔でリアムの手を掴む。掴まれたリアムの方も舌打ちをしながらギルベルトを見る。え、舌打ちした?
「そんないちいち細かいこと気にしていると、頭の血管何本あっても足りませんよギルベルト様」
「なら僕の血管のために抑えてくれませんかね?今すぐ伯爵から降爵しても良いんですよ」
「何度されてもまたすぐに上り詰めますので大丈夫ですよ。僕のシトラへの愛舐めないでくれます?」
あまりのドス黒い二人に後ろに何歩か下がる。するとアイザックにぶつかり、二人で見つめ合う。
「……アイザック様、私も簡単にもう一度死ぬわけにはいかないので、宰相を見つけましょう」
「……そうですね」
困ったように微笑むアイザックに私は盛大にため息を吐いた。先ほどまでと違う喋り方。おそらく皆がいるから言葉を改めたのだろう。
「…私と二人の時には、さっきみたいな言葉遣いでお願いしますね」
「…え」
「覚えていませんが、昔はそうだったのでしょう?」
アイザックは暫く固まったが、その後はいつも通りの、いや、どこか愛おしそうにこちらに微笑む。
「ええ、シトラ様」