13 母の面影を
かつてのペンシュラ男爵邸にはおぞましい記憶しかない為、家の資産が多少潤った時にまずしたことは新たな家を建てる事だった。当主になってからもうすぐ3年目になる。ようやく出来上がった新居へ引っ越すために必要なものを使用人にまとめてもらい、その仕分けなどを行う。もうあらかた片付いたので今日中には新居へ移動できるだろう。……そんな時だった。使用人の一人が、「執務室の本棚の裏に隠し扉がある」と慌てて伝えてきたのだ。
「先代の執務室か」
「その扉は内側から鍵が掛けられているのか、開けられないのです…」
見つけた使用人が扉を開けようとしたが開けられず、男二人でドアを押し破ろうとしても開けることは叶わなかったそうだ。もしその隠し部屋に先代の奴隷売買以外の問題の証拠でもあれば大問題になる。ようやく伯爵になり、公爵家の令嬢であるシトラが嫁いでもいいような環境を整えることが叶いそうなのに。
先代の執務室へ向かい、その隠し扉の存在に驚いた。執務室の壁一面に設置されていた本棚、その一部の下に移動できるように細工がされており、壁だと思っていたその場所には立派な扉がある。確か、執務室の隣はやけに広い空間があるにもかかわらず、窓も何もなかったことを思い出す。隠し部屋の存在を伝えた使用人は後ろで「どうしますか?」と命令を聞いている。
無言でその扉のドアノブに触れると、パチッ!と静電気のようなものが走る。……そのままドアノブを回すと、扉は何の障害もなく開いた。
「えっ!?さっきまでびくともしなかったのに!!」
使用人は後ろで驚いている。僕は使用人へ「開けるよ」と伝えるとそのまま扉を開けて中を見た。
「ここは…」
そこには質素な部屋があった。人一人が不自由なく暮らせそうな空間。椅子もテーブルもあり、やけに大きなベッドもある。奥の方にはシャワーと洗面台も存在する。
ただこの部屋の異常なところは、その大きなベッドのシーツに大量の血液が付着している所だった。かなり古い血なのか黒くなってしまっているが、ここまでの血なら人は死ぬほどの。一緒に部屋に入った使用人もおそらく気付いたのだろう。真っ青になりながら「衛兵を呼んで参ります」と部屋から出ていく。
ここは、おそらく実の母の部屋なのだろう。自分を捨てたと告げられていた、顔も知らない母親。男爵に囚われ最後には自ら命を絶った哀れな女。
シーツにこびりついた血を触ると、長い年月が立っているからか粉になって落ちていく。その光景をただただ見つめる。……僕は、母のようにはならない。どんな事が起きようとも何度でも起き上がることができる。自分を救ってくれた女の子の為に生きると決めたのだ。
床に落ちる血を見つめていると、その血は床に落ちた時には液体となっていた。あり得ないことに動揺すると同時に、シーツに散らばっている血は全て真新しい液体の血となり床で落ちていく。自我を持っているように床で動き何かを描こうとしている。
「っ、誰か!!誰かいないっ、っう!!!」
『誰かいないのか?』と全て言い終わる前に焼けるような目玉の痛さに床に崩れる。あまりの痛さに意識が飛びそうになる。床には自分の周りで血が動いている。途中で魔法陣を描いている事に気付いた。
魔法陣は精霊が大きな術を行う際に描かれるもので、人間が描いても何も起きない。だがこの魔法陣は完成に近づくに連れ赤く光り輝いていき、自分の目玉もさらに痛みが加速する。
《 私の命ごときで貴方を守れるなら、いくらでも差し出しましょう 》
銀色の美しい髪の女性が、愛おしそうに自分を触る光景。あまりの痛みで起きた幻想だろうが、あまりにも胸が締め付けられる。
そのまま僕は、意識を飛ばした。
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どうもこんにちは。私の名前はシトラ・ハリソン、公爵令嬢に見えないことで有名な14歳。今私は、どこか知らない場所に軟禁?をされている。
窓から見える景色からして、おそらく教会の中ということはわかる。…え?窓から脱出すればいいじゃん?いやいや、やったよ?でも開けられないし、そんでもって椅子を思いっきりぶつけたよ?でもなんでかこの窓、っていうかドアもなんだけれど全く壊れないんだよね。このまま軟禁されたまま死ぬんじゃないかと思っていたけれど、お手洗い完備のベッドもついた部屋で、ベッドの横にあるベルを鳴らせばメイドが来て要望通りのものを持ってきてくれるし、なんなら今のところ三食デザート付き、そして三時にはおやつまでついている。
「いや〜こりゃあ、どうしたもんだろうな〜」
ベッドに寝転がり、両手に持つクッキーを食べながら私は一人の空間で盛大に声を出す。かれこれ窓からの景色を見れば三日ほどは立っているが、食事と要件を聞いてくる初老のメイド以外誰も会わない。おばあちゃんメイドとたまに少し話したりするが、今回の軟禁についての理由を聞こうと意気込んでも、最後は結局全く関係ない世間話になる。これがコミュニケーション能力というやつなのか。
まぁでも?今のところ何もされないし?勉強もしないでここでのんびり過ごすのは最高なんじゃないかと思っている自分がいる。いや〜慣れって怖いね〜!
「本当ですよね〜まさか僕もシトラ様がこんな緊張感ない人だとは思いませんでした」
後ろから急に聞こえる声に驚いて振り返ると、そこには微笑む大司教がいた。いつの間に。
「独り言を言ってるところからですよ」
「また心読んできやがった」
大司教は微笑んだままゆっくりとこちらへ近づいてくる。そして手を伸ばし触れようとした。が、それは誰かの手によって阻止された。その手の持ち主を見ると、それは見たこともないような険しい顔をしたアイザックだった。そのまま大司教に顔を向ける。
「そんな事をするためにお前を呼んだんじゃない」
いつも穏やかなアイザックとは全く違う態度と声色に、思わず怖くなり下を向いてしまう。対する大司教は「申し訳ございませんでした〜」と呑気な声を出している。その後に自分の頭に大きな手が触れ、そのまま優しく撫でられる。恐る恐る見上げると、そこにはいつものように穏やかなアイザックがいた。そこにわざとらしく大司教が咳払いをする。
「さて、シトラ様も何日とここに軟禁され疑問に思っているでしょう。僕達の目的をお話しします」
「そうですね、こう何日もこの生活を続けると私は太って豚になります」
流石にその返しには驚いたのか二人とも目を大きく開けて、大司教に至ってはその後声を出して笑った。ひとしきり笑った後に涙を拭きながら大司教は近くの椅子に腰掛ける。
「はーーー!!!本当に君は面白い。……いいでしょう。ただその前に昔話を話します。この国を作った聖女様と精霊たちの話です」
二話連続「くっ、体が疼くぜ…!」という感じになってました。