12 懐かしい場所へ
あの後、あれよあれよと日取りは決められ、私は今、教会の応接室にいる。
王宮と同じ年代に建てられただけあって、作りはよく似ている。少し違うのはこちらの方が窓から見える景色がほぼ草木、というか森というところか。教会にある聖女の遺物の影響で、教会の周りには見たこともない植物などが生息してしまっているらしい。大体が全て薬に使える植物ばかりというのだから、流石聖女様というべきか。
しばらく窓から見える景色を見ているとドアのノックが鳴る。確か今まで聖女の遺物管理をしている人一緒にするんだっけ?「どうぞ」と声をかけるとドアが開き、そこにはアイザックがいた。……確かに、人間よりも強いし、聖女は精霊の王だったなぁ。
「シトラ様、今日はよろしくお願いしますね」
アイザックは嬉しそうに笑う。流石に何年も関わりを持ったので、昔のように微笑みだけで視界が歪むこともないが、相変わらず美しい。
私たちはそのまま、遺物のある場所へと向かうために廊下を歩く。教会の職員達は純白の騎士団服を着たアイザックを見て見惚れて身動きできないでいる。男女問わずなのだから恐ろしい。
「アイザック様、今まで一人で管理の手伝いを?」
「いいえ、いつも友人の精霊に手伝ってもらっていたのですが、今年は旅に出るとかなんとか言って出て行ったんですよねぇ。だからシトラ様が来てくれて本当に助かりました」
そういえば、精霊は一つの場所に長期間で留まる方が珍しいと家庭教師から習ったな。だからアイザックのように役職を授かっている精霊が滅多にいないと。アイザックはこの国が気に入っているのだろうか?と考えていると、突然周りの空気が変わっている。空気が冷たい。
だがそれよりも、この場所、この廊下を私は知っている。教会のこんな奥まった場所など行ったことが無いはずだが、懐かしさが込み上げてくる。なんだろう、何かを忘れている気がする。
「着きましたよ、ここが聖女シルトラリアの墓です」
そこには美しい庭園があった。まるで硝子でできているような見たこともない花々、そし庭園の真ん中には休憩所のようなベンチが置かれている。そのベンチの奥に入口なのか、石で作られた地下への入り口が見える。花はその入り口の石にも絡んで咲いている。
来たことのない場所のはずだ。なのに、なんでこんなにも懐かしいんだ。
アイザックはそのまま庭園の奥にある地下の入り口へ進む、私もその後ろをついていく。途中でベンチを見るが、白いベンチはだいぶ古かった。そのベンチを通り過ぎる時に何故か心臓の音がうるさく聞こえてくる。
「シトラ様?」
思わず止まってしまった私に、少し心配そうにこちらを見るアイザックに、私は「なんでもないです」と告げた。
「聖女の遺物はかなり多くて、その中でもその近くに寄るだけでも危険なものだけをこの場所に置いているんです。比較的安全なものは他の職員達が行います。…まぁ、それでも毎年体調不良者が大量に出るんですけど。普通の人間はこの庭園に来るだけでも体を酷使するので、毎年国にいる精霊が管理をしているんです。聖女は精霊の王だったからか俺たちには聖女加護があって、よほどのことじゃない限り大丈夫なので」
地下の階段を降りながらアイザックが説明してくれる。……私は今この場所にいても全く何も問題ないので、やはり大司教の言っていた通り耐性があるのだろう。聖女の能力全く使えないが。
階段を降り終えると、地下とは思えないほど明るく広い空間にきた。しかも地面には全て庭園で見たような花が咲いている。花畑の先に、墓の入り口と同じ素材でできた棺が見える。おそらくあれが聖女の墓なのだろうか。そのまま棺の元へ向かうと、棺の前に無造作に花の上に置かれた小物が見える。
少し使い古したような白い祭服。そしてその上には金色の指輪。隣には何冊か本と、そしてネックレスなどのアクセサリーがある。どれも古そうだが、まだ使えそうなもの達ばかりだ。……まさか、とアイザックの方を見る。彼は軽く頷いて。
「それが聖女の遺物です」
「保存方法適当すぎません!?」
「いやーでもこの場所に入れるための箱とか置いても、すぐに朽ちてしまうんですよ。俺たちもあんまりいると流石に加護がついてても体調悪くなるんで、二人がかりでぱぱっと中身の壊れていないものを見て記録して帰ってるんです」
「そんなに危険なところなのここ!?」
いくら聖女(体だけ)の私でも流石に身の危険を感じるので、急いで保存状態を確認しようとまずは指輪に触れる。
触れた途端、強い耳鳴りが聞こえた。
《 俺は、君を絶対に見つける 》
「シトラ様」
《 君が俺の元から離れるなんて許さない 》
「大丈夫ですか?」
アイザックが話しかけているが、耳鳴りと他に聞こえる誰かの声によって小さく聞こえる。あまりの痛さに指輪を地面に落としてしまう。……痛い、痛くてうるさい。視界も段々と暗闇に飲まれていく、まさか聖女の遺物の所為なのだろうか?けれどだとしたら、このどこからか聞こえる懐かしい声はなんなんだ?足に力が入らなくなり地面へ倒れる、がそれは暖かい腕によりどうやら免れた。アイザックがいてくれて本当によかった。
けれどその腕はそのまま私を引き寄せ抱きしめる。うわぁ、これはアイザックのファンが見たら呪われるな。そう思っていると、左手をそのまま自分の左手に絡ませる。そしてそのまま、だんだん暗くなる視界でも見えるほど眩い金色の指輪を左指にはめている。……それさっき落とした指輪…というか、それは流石に駄目では…?そう語りかけようとアイザックを見つめると、吸い込まれるような金色の瞳が目の前にあった。
「今度こそ、絶対に俺から逃れられると思うなよ」
どういう意味が聞く前に、私の意識はどうやらそこで途絶えた。
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長い廊下を早足で歩く。いつもなら通る職員へ王子として挨拶をするが、今回はそんな事をする時間はない。今日はシトラに会うために公爵家へ向かったが、彼女が国王陛下の命令で教会へ向かったとジェフリーから伝えられた。
国王陛下が直々にシトラ嬢へ命令を出した聖女の遺物管理、そんなものこの国に滞在する精霊に手伝わせればいい。精霊達はとっくに死んだ聖女シルトラリアを、いまだに王として信仰しているのだから。なのに何故公爵家の令嬢でもあるシトラをわざわざ向かわせる教会の意図かわからない。……何かがおかしい。
幸運な事に私達王族は、聖女シルトラリアの加護を初代王が受けてから今までずっと精霊と同じく加護を受けている。シトラほどではないが墓まで入ることは短時間なら可能だ。
聖女の墓まで向かっていると、そこには茶髪の青年が立っていた。こちらに気づくと微笑み手を振る。
「大司教……いや、兄上」
「やあ、ギルベルト。そんなに急いでどうしたんだい?」
イザーク・フィニアス。この国の第一王子である兄。世間では体を弱くして公に出ないと言われているが、幼少期の一瞬で、今は体は健康だ。聖女の遺物の研究のために教会で大司教として過ごしている。自分と全く似ていない母に似た髪色と目のおかげか、他の貴族や教会の職員にも、王族と一部貴族を除いて王子と気づかれていない。私はこの兄がいつも何も考えているかわからなかった。自分の派閥もろくに管理しない、王子として何もしていない兄を。
「シトラ・ハリソンが聖女の遺物管理をしていると聞きましたので、様子を見に行こうと思っています」
そう伝えると目を大きく開いて驚く。だがすぐに赤い目を細くして肩を揺らして笑う。
「聞いてはいたが、まだあの令嬢が好きなんだな。もう何年だ?」
「私が誰をどのくらい思おうと関係ないでしょう」
少し気恥ずかしさも出て目線をそらす。……私がどれだけ思っても、当の本人はそれに気づかずにホイホイと人を誑かしているのだ。そう思えば拳に力が入ってしまう。兄はそれを見て今度は声を上げて笑うが、すぐにそれを止める。
「だがあの令嬢は駄目だ。あれは彼のものだ」
「は…?」
そう伝える兄の方を見ると、今まで見たこともないような真剣な顔をしていた。思わず固まってしまう。兄はそのまま私の方へ近づき、そしてもう一度口を開く。
「いや、彼というのは些か他人すぎたかな?正しくは、王弟殿下かな」
次回はリアムの視点の予定です