王妃、外に出たら好意に気づく。【下】
ハリエド王に謎に見染められ、謎に王妃となった私は、しっかり役目を果たして子供を二人産んだ。もしかしたらハリエド王……いや夫は私が安産型だと見抜いていたのかもしれない。いやーじゃなきゃあり得ないでござるよ、あんなキラキラエフェクト王が、こんな癖毛な赤目の女を王妃にするとか。
子供を二人産んだ私は役目は終わりと思い、先代王の温室に引きこもる事にした。夫は何も言ってこないので、やはり世継ぎの為だけの存在だったのだろう。あっぶない、あんまりにも優しい美形だから、思わず惚れまう所だったわ、てへ!
美しい容姿でもないし、何度も言うが癖毛だし……赤目だし。息子のイザークは私の赤目を引き継いでしまった。思春期ごろになったら私は息子に責められるだろう。
……そんなの耐えられない。例えいい母じゃなくても、可愛い息子二人は私の宝物だ。それなら彼らが存在を忘れる位になればいい。疫病神は引きこもればいい。
そんな事を決心して何年か経った後、薔薇園に女の子が迷い込んだ。珍しい容姿の女の子だが、ここまで来れる位だ、おそらく高位の貴族令嬢だろう。全力で逃げたかったが、私も王妃の端くれ、必死に貴人としての態度で接した。「お嬢ちゃん迷子かしら〜?」なんて気持ち悪い声で女の子に問いかける。
流石に化けの皮が剥がれそうになってきたので、私は近くの使用人でも呼んでバトンタッチをしようとした。……だが、女の子は私をじっと見つめた後、まるで綺麗なものを見るような輝かしい表情を向けた。
「あなたの目!宝石みたいで、すごくきれい!」
「…………………えっ?」
目?この赤目がか?かつての化け物と同じ目をか?
だが女の子は嘘をついている様に思えない。だって眩しいほどの笑顔を向けてくるのだ。……こんなの、サヴィリエでは考えられなかった。
「あなたは神様に愛されてるから、そんなにきれいな目をもって生まれたんだね!」
「……愛され、てる?」
「うん!愛されてる!」
無邪気に私に笑いかける顔が、空っぽだった私の心臓に、綺麗なものを注いでくれている様だった。女の子の名前を聞こうとした時、どこからか声が聞こえた。
「シトラ〜〜〜!!パパの元を離れないでマイエンジェ〜〜〜ル!!」
「ちちうえ!そんなきもち悪いよび方では、いもうとは逃げます!!」
聞いた事のある男性の声と、幼い男の子の声が聞こえる。女の子はその声に慌てた様子だ。
「お父さまとおにーさまだ!」
そのまま声の元へ駆けようとする女の子に、私は咄嗟に腕を掴んでしまった。驚く女の子に私は顔に熱が溜まる感覚を感じながら、必死に声を出した。
「あ、あの!お嬢ちゃんはあの……!」
名前なんて言うんですか?家どこですか?また会えますか?……駄目だ。何を言おうとしても事案だ。言葉に詰まり唇を噛み締めると、女の子は何かに気づいた様にぱあっと明るい表情を向ける。えっかわい。
「わたしはシトラ・ハリソン!ハリソンこうしゃく家のしがない令嬢よ!!」
「シトラ・ハリソン………」
「じゃあお父さま達がさがしてるから!バイバイ!」
今度こそ掴んだ手を離され、女の子は温室から出て行った。
……ハリソン公爵家、確か二代目前の王妃が、ハリソン公爵家の令嬢だった。ハリエド国でも片手で数える程度にしか居ない公爵家、その中で一番権力を持つ名門公爵家。まさかそこの令嬢だったとは。
「……シトラ……ハリソン……」
既に姿が見えない女の子の名前。もう一度声を出して呼べば、やけに心臓の音がうるさい。
私の目を、私を認めてくれた子。神に愛されていると言ってくれた女の子。
うるさい心臓を抑える為に胸に手を置き、私はしばらくその場で呆然となった。
そしてこの胸の高鳴りが、実の兄であるサヴィリエ王の言っていた「推しに出会った時のトキメキ」だと言う事に気づくまで、そう時間は掛からなかった。
「もう嫌だ、もう一生服買わん、もう流行遅れでいい」
「すごく楽しかったですね王妃様!また行きましょうね!」
「推しが話聞いてくれん……」
カーター令嬢のブティックで、煌びやかな店員達にあれよあれよと何着も着せられた。リリアーナという名だったかあの令嬢?カーター夫人とはお茶会でよく会うが、顔がそっくりで物凄い美女だった。彼女が「王妃様に着て貰えば、うちの店は御用達と言っても過言ではない!」とか野心を剥き出しにしながら接客をしてくるので、気づいたら来年の夏のドレスも買っていた。おかしいなぁ今秋なんだけどなぁ?
今は買い物終わり、城に戻り落ち着く温室薔薇園でお茶をしている。次もまた行こうと誘う無邪気で可愛いシトラたん。今まで私はシトラたんを天使としか思っていなかったけど、今は堕天使に見えるよ?でも推せる。
隣で優雅に紅茶を飲むギルベルトは困った様に笑いかけてくる。
「よかったじゃないですか母上。これで人前に慣れて、公務ができるようになれば良いのですが」
「王妃居なくても世界は回るのよ、息子よ」
「それ、カッコつけて言うものじゃないです」
ギルベルトは本当に夫に似ている。喋り方もそうだが容姿なんて瓜二つだ。そんな息子に軽蔑した様な目線を向けられるので、思わず肩がすくんでしまう。だがシトラたんは何故かにやけた表情をギルベルトに向けた。
「カッコつけてるのはギルベルト様もですよね?王妃様と一緒にお出かけ出来て、嬉しそうでしたもんね!」
「なっ、」
「えっ?」
思わず顔を上げてシトラたんを凝視する。シトラたんは昔と同じ、無邪気な笑顔を私へ向けた。
「だってギルベルト様、お店に入ってからも今も、ずっと表情が柔らかいじゃないですか」
「えっ、あ、いやいや!シトラたんそんな事はないよ!こんな母親の面倒を見てギルベルトだって………ギルベルト?」
慌てて訂正しようとするが、反応がないギルベルトの方を見れば、頬を赤くして恥ずかしそうに目線を下げていた。……こんな表情は知らない。いつもギルベルトは、私に作った様な笑顔か、呆れた表情しか向けないのだから。
けれど息子は、わざとらしくため息を吐いて、ティーカップをテーブルへ置く。
「……シトラ、言って良い事と悪い事があります」
「えー?だってギルベルト様、素直じゃないんですもん」
「………それは」
…………うん?つまりは、本当にギルベルトは私と出掛けたのが嬉しかったのか?………えっ、そんな事あるか?私だぞ?ド陰キャ王妃だぞ?褒められる所といえば、王位継承権を持つ子供を二人産んだ位の、その位の女だぞ?
だがギルベルトは、恥ずかしそうに顔を赤くしたままで否定しない。まさか、否定したら叱られるとでも思っているのだろうか?
「あの、えっと、ギルベルト……私別に怒らないから、否定してくれても」
恐る恐るそう伝えれば、息子は頬は赤くしたままで険しい表情を向ける。
「………母上は、こう少し自分がどれだけ大切にされているか、父上に聞いたほうがいいです」
「えっ、え?」
「貴女は、貴女が思う以上に愛されているんです」
それだけ伝えれば、ギルベルトは表情そのままで温室から出ていった。気に触る事を言ってしまったかと慌てたが、シトラたんは笑いながら「ギルベルト様の言う通りにしてみては?」とだけ言い残し、息子を追いかけて行った。えっあの二人出来てるの?
一人残った温室で、私は呆然と二人の姿が消えるのを見ているだけだった。
……陛下に、夫に自分の事をどう思っているのか聞く。
推しの言う事は絶対、しかも今回は可愛い息子からの願いでもある。私は寝室で息子からもらったシトラたんの水着写真を持ちながら、震える体を鼓舞した。
「よぉーし言うぞ言うぞ!力を貸してシトラたん!……えっ?「王妃様なら出来るよ!頑張って!」だって?いやーもう!シトラたんにそんな事言われたら?やるっきゃありませぬなぁ!ハリエド国王妃、カミラいっきまーーーす!!!」
「…………カミラ、何してるんだい?」
「ピギャーーーー!!!!」
あまりにも妄想に熱が篭り、夫が寝室に来た事に気づかなかった。後ろを勢いよく振り向けば、呆れた表情をした夫、ジョージがいる。相変わらず美形だ。出会った頃も美形だったが、年を取って色気が出ている。
ジョージは私が手に持っている写真を見て、顔を引き攣らせた。
「また寝室にシトラ嬢の写真を持ってきたのかい?」
「あっ、あ、あっ、あの」
「……全く、息子達といい君も、あの令嬢に誑かされすぎだろう?」
「待て推しの悪口言うな」
「何でそういう時だけ吃らないんだ」
違う違う違う!!そう言う事を言いたいんじゃない!!夫に私の事をどう思っているのか聞くんだ!私は全身が震えながらも、真っ直ぐジョージを見る。夫も私の異常具合に気付いたのか、少し目を開いて黙り込んだ。
「………あ、あああ、あの……」
「………どうしたんだ?」
真っ直ぐこちらを見る碧眼が、ここまで心臓に悪いと思ったのはいつからだろう?出会ってすぐに婚約して、すぐに婚姻をしたからか、私はジョージが今だに自分の夫だと思えない。子供二人作っておいてなんだ?と言われそうだが本当にそうなのだ。
だって、こんなにも綺麗な人で、優しくて、私が変な事言っても笑ってくれて……。
……………ああ、そうか。
「私、ジョージが好きなんだ」
「えっ」
そうか、今すっきりした。
もう私はずっと昔から、この政略結婚を喜んでいたんだ。
無謀にも、ジョージを愛していたんだ。
………あれ、今私とんでもない事ポロリしなかった?まぁいいか。言ってしまったし、取り敢えず今にも叫んで寝室から出て行きたい。城の屋上で叫びたい。私は最新の推しの写真を握りしめて、無言で寝室から出て行こうと足を進めた。
が、そんな私を後ろから、ジョージが抱き締めてきた。
まさか、政略結婚で自分の事を好きじゃない彼に、今この場で「いや私好きじゃないんで」みたいな事言われるのだろうか?えっそれ辛い辛すぎる。ええええでも腕強い離れないいいい!!!
「カミラ」
「はいいいいいいい!!!」
「……私も、君を愛してるよ」
「は………え?」
衝撃の言葉に、思わず無理矢理後ろを向けば、そこには今まで見た事がない、顔が茹でた蛸の様なジョージがいた。
その後の事は、あまり覚えていない。
何せ、彼にとんでもなく愛されてしまったものでして。意識飛んだ、ヒュウ。
◆◆◆
ここ最近、王と王妃が付き合いたての様にイチャついているらしい。あまりにもイチャイチャしすぎて、500年独身のアイザックが嫌気が差して職務放棄するほどだそうだ。……確実に私とギルベルトの所為だろう。だが謝らないぞアイザック、だってあんなにも愛されているのに気づかない、鈍感な王妃様が悪いのだ。
「いやぁ、私と王妃様のお茶会に嫉妬して、時間を見つけては割り込んでくるんですもん。あんなに愛されてるのに気づかないなんて、鈍感ですよねー」
「………それ、君だけは言うの駄目です」
公爵家に遊びにきているギルベルトは、やや顔を引き攣らせながらこちらを見ている。私は頬を膨らませながら睨むと、ギルベルトはティーカップを持ち上げながら大きくため息を吐いた。
「まぁ、これで父上も母上に遠慮しないでしょうし、自分の公務に無理矢理連れて行くと思いますよ?よかったじゃないですか、母上外に沢山出て行けそうで。君それを望んでいたんでしょう?」
「その通りです!これでハリエド国はわわわ問題は解決しました!」
「……はわわ?」
「なっ、何でもないですよ!?」
慌ててはぐらかすと、ギルベルトは怪訝そうに頬杖をついてこちらを見る。最近髪の毛を伸ばし始めている彼は、やけに色気が出ている気がする。碧眼を細め、首を傾げる姿はもう神々しい。惚れ惚れしてしまう。思わず顔をオカズにしてテーブルのクッキーを2枚同時に食べた。美味しい。
「あの時、母上に私の気持ちを暴露されて、恥ずかしかったのですが?」
「あっ、あー……」
「ああ、今思い出しただけでも恥ずかしい、私泣きそうです」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください!?」
ギルベルトは肩を震わせ、両手で顔を隠す。絶対に嘘だと思うが、万が一本当に泣いていたら大変だ。王子を泣かせたとなれば、今回の事も含めて色々罪を暴かれ、牢屋に入れられてしまうかもしれない。というか冗談だったとしてもこの場面を見られたら、あらぬ誤解が生まれてしまう。
私は立ち上がり、ギルベルトの前へ向かった。も、物凄い震えている!?まさか本当に泣いているのか!?
どうすればいいのか分からず、私は彼の周りで慌ててしまう。
だが、段々体を震わせるギルベルトが、小さな子供のように思えてきた。そう思ってしまえば最後、気づいたら私は彼を抱きしめていた。
「す、すいませんでした。泣かせてしまって」
「…………」
「ど、どうしたら泣き止んでくれますか?なんでもします私!」
「…………」
………全く返事がない。ただ震えるのは治ったので、泣き止んでくれているだろうか?私はゆっくりとギルベルトから離れようとしたが、腕を回され阻止される。
急に強い力に驚いていると、その腕は背中についているドレスの紐を、何やら弄っている様だ。座っているギルベルトを抱きしめたからか、吐息が胸に当たっているのだが、何やらそれも荒くなっている気がする。どうした、苦しくなったのか?
しかし、背中を弄るギルベルトの手により、ドレスの紐が全部解かれてしまう。そのまま引っ張られ、ドレスは段々と解けていく。
「ギギギルベルト様!?これではドレスが脱げてしまいます!!」
「脱がしているんです」
「何故!?」
今度は私が泣きそうになりながら、胸に顔を埋めるギルベルトを見た。
……少し離れた彼の顔は、獣の様な目線を見せつけてくる。
「何でもするんですよね?じゃあ大人しくしてください。既成事実を作りますので」
「きっ………え!?」
「顔を胸に押しつける様な事、平気でするのが悪いんですよ」
「え!?」
獣の様な目線の癖に、頬を膨らませて子供っぽい表情を向けてくる。何故こうなった、最悪だ、寄りにもよって人が全く来ない温室だし、侍女のクロエも今は出払っている。
絶体絶命の窮地と、ギルベルトに食われてしまう寸前の恥ずかしさで首まで赤い私を、彼は膨れるのを辞めて、意地悪そうな表情を向けた。
「……魔法、使えばいいんじゃないですか?」
「はっ!?そうか!!●□◆むぐっ!?」
呪文を全て言う前に、唇を塞がれて唱えれなかった。
いや、使えって言ったのそっちじゃん。
ギルベルトと結婚したシトラは、義理の母となったカミラと毎日仲良くお茶をします。サヴィリエは若干日本と似ているので、会話もめちゃくちゃ弾みます。そしてジョージとギルベルトが嫉妬して、時間を作っては二人の邪魔をしてきます。
けれど元々性格がやや似ている二人だからか、逆に燃えて仲が深まっていき、その内二人で旅行に行くといいだし、夫二人を唖然とさせるのでした。 って妄想しました()