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王妃、外に出る 【上】


 城の奥に、薔薇が好きな先代国王が建てた温室がある。

 今では現王妃の引きこもり場となっているこの温室で、私は紅茶を飲みながらとある人物達を見ている。




 まず温室の柱にしがみ付き「無理無理無理無理!!!」と叫んでいる阿呆そうな女性。彼女は私の母で、このハリエド国の王妃殿下だ。


 その王妃殿下の腰にしがみ付き、柱から引き剥がそうと「うぉぉぉぉぉ!!!」とか言ってる見るからに馬鹿そうな娘。彼女は私の想い人のシトラ・ハリソン。名門中の名門、ハリソン公爵家の令嬢で、一応この国の聖女だ。



「王妃様!もう観念して!行きましょうよ!!」

「いやいやいや!!流石に推しのお願いでも無理があるよ!無理があるんだよシトラたんんん!!!」

「王妃様が「一緒に新しいドレスを見繕ってほしい」って言ったんじゃないですか!?私の友達の店だから!全然怖くないですって!!」

「だってそこ!あの有名なカーター侯爵の令嬢が作ったブティックでしょ!?あんな陽キャの店に陰キャが行けると思うの!?陰キャが着れる服があるっていうの!?ねぇねぇ城の直属の衣装係じゃだめなの!?」

「今の最先端を知ってるのはリリアーナですって!彼女なら素敵な服見繕ってくれます!!後そろそろ王妃様も引きこもらないで!外に出ましょうよ!?」

「はい異議ありですぅ〜〜〜ここも外ですぅ〜〜〜もう王妃は外出てますぅ〜〜〜!!」

「ムキーーーーー!!!」



 ……まぁ簡単に説明すると、母上の着るドレスが流行遅れになってきたので、母上はシトラにドレスを見定めて欲しかったのだ。「推しが選んだ服に包まれて死にたい」とやや気持ち悪い顔で言っていた。だが、シトラはそんな母上の考えを分からず、それならば自分より友人のリリアーナ嬢に見定めて貰おうと提案した。


 まさか流行の最先端の店に行く事になり、恐怖で怯え行くのを拒否している母上と、無理矢理連れて行こうとしているシトラ。そんな二人の攻防戦が今繰り広げられている。ここが温室でよかった。こんな姿他の者に見られたら、シトラは確実に不敬罪になる。


 余りの罵詈騒音、折角の紅茶が不味く感じる程だ。もうかれこれ30分はこんな調子で、流石に私も顔を作るのが辛くなってきた。帰っていいだろうか?


 私はティーカップをテーブルに置き、騒がしい二人の元へ向かう。必死に柱にへばり付く母上を引き剥がそうとするシトラの肩に触れる。力を使いすぎて耳が赤い。そんな彼女の耳元で囁く。


「シトラ、そんな事しなくても魔法を使えばいいのでは?」

「…………た、確かに!?」

「うわ!!親不孝者!!!」


 毎日魔法を使っている癖に、肝心な時に使うのを忘れてしまう。そんな彼女に呆れながら、たが彼女はこちらに笑顔を向けるものだから、私の心臓の音は煩くなってしまう。本当に、彼女の笑顔は毒だ。


 そのまま彼女はノイズを唱え始めるので、巻き込まれないように少し離れようとするが、彼女はそれを阻止する様に私の手を掴んだ。急に触れられるものだから、少し頬が赤くなってしまう。


「ギルベルト様も行きましょう!」

「え?」





 そのまま心臓に悪い笑顔を向ける彼女の表情は、眩しい金色の輝きで見えなくなった。








《 王妃、外に出る 》








 

 温室で王妃様と出会ってから数ヶ月経つ。あれから王妃様とは交流が続いており、定期的に温室へ招待され彼女とお茶会をしている。最初こそ「あわわわわわ」しか言わなかった王妃様も、最近は饒舌に喋るしヲタクを隠さなくなった。その成長ぶりは、お茶会に遊びにきた(王妃を心配してきた)陛下が自分の頬をつねり、幻かと勘違いする程だった。どんだけ身内以外と喋らなかったんだこの人は。


 そんな王妃様が「ドレスを選んでほしい」と言うもんだから、これはチャンスだと思った。今は引き篭もっていてもさして問題はないかもしれないが、未来はどうなるか分からない。もし陛下が病に伏せた時には王妃が政をする事だってある。そんな時に王妃が「あわわわわわ」しか言えないのはハリエド国が終わる。折角私が建国して、最近は精霊達も戻ってきたのに。


 この国で一番の最先端、そして夫人令嬢の憧れの店。オーナーであるリリアーナと友人なだけあって、私は予約をしなくても店に入る事が出来るし、お友達特典で特別室にも入れるのだ。何度か行ったが、あそこのスタッフは皆素晴らしい接客態度で、これなら王妃様でもまともに会話が出来るかもしれない。王妃様は会話が出来るようになる、私は自分が建国した国を終了してしまうのを阻止できる。完璧すぎる、誰か拍手してほしい。


 城下町の一等地にある店の前まで魔法で移動すると、いきなり現れた魔法陣に、そしてそこからこの国の王妃殿下と第二王子が現れたものだから、周りにいた貴族や平民達は驚愕の表情を向けていた。


 王妃様は急に城下町へ来た事で「あわわわわわ」しか言わなくなった。同行したギルベルトの腰に引っ付き子ウサギの様に震えている。私は目の前の店を見て鼻息を荒くする。


「よし!無事に着いた!!」


 他の店よりも遥かに大きく、そして令嬢夫人方が店の前に列を並べている。煉瓦調で作られた高級感漂うブティック、本日の訪問先であるリリアーナの店『シルリリア』だ。


「相変わらず、嫌な店の名前ですね」


 ギルベルトがやや引き攣った表情で吐き出すように呟いていた。凄く覚えやすい名前だと思うが、何が嫌なのだろうか?


 すると店の中が騒がしくなり、大きな音を立てて扉が開く。中から出てきたのは友人リリアーナだ。彼女らしくない、慌てた表情をこちらへ向けている。


「お、お姉様に……王妃殿下!?ついでにギルベルト様まで!!」

「ついでって何ですか」

「やっほーリリアーナ!今日は王妃様のドレスを選ぼうと思って!」


 流石のリリーナも、滅多に公務に参加しない王妃様を連れてきたのには驚いているのだろう。そのまま数秒停止している。……が、次には首を横に振り意識を戻すと、いつもの淑女の鏡らしい佇まいを見せた。


「王妃殿下。ようこそお越しくださいました。私はこのブティックのオーナーをしております。カーター侯爵家長女の、リリアーナ・カーターと申します」

「あわわわわわ」

「母上は「此方こそ急な訪問で申し訳ない。今日はよろしく」とおっしゃっています」

「絶対言ってない」


 その後私達はリリアーナに案内され、店の特別室へ向かう。王妃様は顔を真っ青にしながら震えている。

 だが、ギルベルトが王妃様の耳元で何かを囁くと、目を大きく開く。そして子鹿の様に震えながらも自力で立ち、ゆっくりと店の中へ歩を進めた。……あまりの変わり様に驚いた私は、ギルベルトの側に行き声をかける。


「ギルベルト様、今王妃様に何て?」

「母上に「今回ドレス選びを完遂させれば、シトラの水着姿の写真を渡す」と伝えました」

「は!?」


 それを着用したのは、夏に精霊達とリリアーナと共に行った海だけだ。その際に記念にと思い何枚か写真を撮って皆に渡したが、何故それをギルベルトが持っている?

 私の考えはお見通しの様で、ギルベルトは美しい微笑みを向けた。


「アイザックが突然一日姿を消したと思ったら、出会った時には上機嫌でしたから。絶対にシトラ関係だと思い脅したら教えてくれました。君が随分と素晴らしい姿でしたので、思わず彼の持っていた写真を何枚が現像してしまいましたよ」

「予言の神を脅すな」


 この国、祀っている神に対して酷すぎないか?呆れた表情を見たギルベルトは、私の耳元で小さく呟いた。


「今度、私の部屋であの格好してくれませんか?」


 やけに色っぽく言ってくれるが、どういう意味だ?水着を着てギルベルトの部屋に?もう秋なのに?


「ギルベルト様のお部屋で、水遊びするって事ですか?」

「違いますよ、私と一緒に」

「ギルベルト様!!!何をしていらっしゃいますの!?お姉様に不必要に近寄らないでください!!」


 ギルベルトが全てを伝える前に、ものすごい形相のリリアーナが私達の間に割り込んだ。ギルベルトは少し口元を歪ませリリアーナを見た。


「王子の言葉を遮るとは……淑女の鏡と呼ばれる君が、随分と失礼な事をしますね」

「お姉様の耳元で囁いている貴方様も、聡明な第二王子と呼ばれているなんて、とても思えませんわ」


 幻聴で、二人の間に雷の音が鳴った気がする。何故こうなっているのか分からず慌てていると、店の中へ入ろうとしていた王妃様が「推しを賭けた戦いが……今始まる!!!」とか言ってる。ちょっと意味が分からない。


 私はどうにかしてギルベルト達を宥め、皆で特別室へ向かった。








次回に続きます。

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