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兄よ、幸せであれ

「望まれなかった聖女ですが、何か?〜その後の話〜」のジェフリー編、それが始まる前の話と。ジェフリー編後の未来の話です。



「君の妹、うちの息子二人のどちらかの嫁にする気はないかい?」


 俺の目の前で、王座に座るハリエド王が微笑みながらそう告げた。

 今は頼まれていた国の仕事を終わらせ、その報告をしている最中だ。俺は咄嗟に声が出ずに資料を握りしめてしまった。それを見て王は目を細めて、再び口を動かす。


「シトラ嬢、もう18歳だろう?今は生涯独身の貴人も多いが、あの子が独身のままで生涯を終わらせるのは惜しい。出来れば誰かと添い遂げて、優秀な子供を産んでほしい」

「……それは、妹が決める事ですので」

「あの子は、兄である君の言う事なら聞くと思うが?うちの息子達も婚約者が居ないし、ハリソン家の地位を更に盤石にするには、いい案じゃないか?」


 この目の前の男が、国王で無ければ俺は殴っていたかもしれない。妹を家の為に嫁がせろと、そんなふざけた事を言っているのだ。更に資料を握りしめながら、俺は必死に怒りを抑える為に深呼吸をした。その間も面白そうに王は俺を見ていた。


「妹が生涯独身だろうが、嫁ごうがハリソン家は既に盤石ですので」




 それだけ言えば、俺は再び報告する為に資料に目を通した。

 資料は皺まみれで、読めるものじゃなったが。









《 兄よ、幸せであれ 》








 兄が変だ。こんな事は何度かあるが、今回が一番変だ。


 それは先日、国王陛下に仕事の報告をした時からだ。いつも完璧に仕事をする兄が、普段なら絶対しないミスをしていると使用人が話していたのが始まりだ。

 毎朝使用人に起こされる前に起きて準備をしている兄が、家族で揃う朝食に間に合わない程に寝坊したり、シャツのボタンをかけ間違えていたり、しまいには廊下で転んだりしている。……私に対する態度は変わらないが、普段の完璧な兄じゃない。どうしたんだ?国王に何か言われたのだろうか?ぶん殴ってきてやろうか?


「ねぇクロエ。お兄様何かあったの?」


 丁度私の部屋を掃除しているクロエに声をかけると、彼女は床を拭くのを止めて少し考え始める。暫くすると此方に笑顔を向けた。


「理由は分かりませんけど、確実にお嬢様関係ですね」

「私ぃ?」

「はい。坊っちゃまもお年頃ですから」


 年頃の兄が、私が理由で変になっている?どういう事だ?

 それ以上クロエに聞いても、彼女は何も教えてくれなかった。確実にクロエは理由が分かっているのに、何故教えてくれないのだ?まさか妹のクレーム対応に追われているのか?金脈とか鉱山とか掘り当ててしまった事で、対応に追われていると聞いたが、それも関係あるのか?


ええい!もうこうなったらクロエの言う通り、直接兄に聞くしかない!大好きな兄が私?の事で悩んでいるのだ!私に出来る事があるなら全力で答えようじゃないか!

 私はソファに寝転がり、晴れ晴れとした空を見た。




「………私に、頼ってくれても良いのに」




 思わず独り言が出てしまったが、クロエはそれを聞いて微笑んでいた。


 









◆◆◆








「お兄様!この後お時間よろしいですか?」


 夕食後、妹は笑顔を向けながら俺を呼び止めた。絶対に何かを企んでいる顔だが、妹がそうなっている理由は分かる。最近の俺の失態の所為だろう。

 王との謁見の後、自分でも分かる位に気が滅入っていた。あまりにも問い詰めすぎて仕事も何もかも身が入らない程だ。父もそんな俺を見かねて話をしようとしてくれたが、とてもじゃないが言えない。妹が他の男の妻になる事を想像して、落ち込んでいるなんて。


 妹の事を異性として想っているのは使用人にも気づかれる程だ。だが肝心の本人が全く気づかない。過去に瞼に口付けを落としたり、服を裂いて襲おうとした事だってある。……だがそれでも気づかない。もうどうすればいいのか?そう悩んでいる時に王の言葉だ。


 俺が妹に「王子のどちらかと婚姻をしてほしい」と言えば、この妹は従うだろう。俺や父、母に使用人達。この公爵家の人間にあれほど愛情を注がれているのに。妹は「義理の娘」という立場をよく理解している。自分は家の為に使われる人間なのだと、勝手に思い込んでいるのだ。


「お兄様、聞いてますか?」


 どうやら考え込んでしまったらしい。妹は首を傾げていた。俺は慌てながら謝罪し、可愛い妹に向かって微笑む。頭に触れてやると、気持ち良さそうにするものだから、思わず喉が鳴る。


「ああ、どうしたんだい?」

「はい!……でもその前に、ちょっと外に行きましょう!」

「外?」


 そのまま妹は俺の腕を掴み、聞き取れない声を出した。それと同時に床に金色の魔法陣が浮かび輝く。俺はあまりの眩しさに目を瞑った。









「お兄様!もう目を開けても大丈夫ですよ!」


 そばから明るい声が聞こえて、俺はゆっくりと目を開いた。


 そこには、美しい硝子で出来た花が一面に咲いていた。過去に建国祭の開会式で、妹が会場中に咲かせた花が、ここには奥が見えない程の広さに一面に咲いている。中央には石で出来た棺の様なものが置かれており、それ以外は何もない。………美しい硝子で出来た花畑、それに中央にある棺。ハリエドの歴史書に書かれていた、聖女シルトラリアの墓と同じだった。

 驚く俺を見て、妹は意地悪そうに笑う。


「ここなら誰も来ないでしょう!……あ!ちゃんとお兄様に聖女の加護を付けていますから、ここに居ても具合悪くなりませんからね!」

「お、お前……」


 そんな、誰も来ない場所なんて他にいくらでもあるのに。精霊か、直系の王族位しか持っていない加護を簡単に与えるなんて。自分の価値を本当に分かっていない。思わず説教をしそうになるが、今は妹の話を聞くのだと抑え込んだ。そんな事も知らない妹は、俺を花畑の上に座らせて、自分も前に座り込む。


「お兄様、私の事で悩んでいるんですか?」

「なっ、」

「私はどうしたらいいですか?」


 妹は、少し困った顔でそう問いかける。まさかそんな言葉を掛けられると思わず、俺は準備していた言い訳を出せずに吃ってしまう。



 ………どうしたらいい?そんなの、俺の気持ちに気づいて、お前も俺を受け入れてくれればいい。そうしたら王に、あんな馬鹿げた事を言われても軽くあしらえるし、俺の側からお前は離れていかなくなる。俺だけの存在になってくれれば、もう何も悩まなくていい。


 だが、そんな事を言ってもいいのか?それで手に入れた彼女は、幸せなのか?


「………どうしたんだ、お前はお前のままでいいよ」


 苦し紛れに伝えた言葉だが、それは本心だ。このまま、妹は自分の幸せを掴み取ってくれればいい。俺がそばに居ない未来でも、それでも妹が幸せならなんとか耐え切れる。……でも、どうしてもその想像をすれば、強く拳を作ってしまう。


 暫く妹は下を向いて黙り込んでしまった。だがどう言い訳しても、妹への気持ちが気づかれてしまいそうで怖い。気づいてほしいのに、気づかれるのが怖いなんて、なんて俺は弱いんだろう。






「………そうですか………って納得するかーーーい!!!」

「うわっ!?」


 下を向いていた妹がいきなり叫んだと思えば、それと同時に胸を強く押され、俺は地面へ倒れてしまう。流石に叱ってやろうと目を開けば、目の前に頬を膨らませた妹がいた。どうやら妹に覆い被されている様だ。あまりにも近いので妹の匂いが漂い、自分の顔に熱が集まるのがわかる。そのまま妹は怒声に近い声を出した。


「絶対何か隠してる!言え!今すぐ吐け!!」

「お、お前兄に対して何だその言い方は!?」

「うるさいうるさい!!私に隠し事するお兄様が悪い!バーカバーカ!!」

「おいシトラ!!!」


 覆いかぶさる妹の腕を掴み押し返そうとした時、妹の目からこぼれ落ちる程に涙が溢れていた。まさか泣いてると思わず、俺は腕を掴んだまま呆然とした。妹は唇を噛んで、嗚咽を出すまいと眉間に皺を寄せている。


「何で私に隠し事するのっ、何で私を頼ってくれないの!」

「…………シトラ」

「お兄様にいっぱいっ、幸せにしてもらってるんだから!わ、私だって、お兄様に幸せになってほしいのに!!」




 目の前で泣いている彼女を見て、すぐに言葉を掛けれなかった。


 だがどうしようもなく彼女が愛おしい。俺と同じ気持ちで、俺に幸せになってほしいと伝える彼女が愛おしい。


 嗚咽を我慢しすぎて、鼻水まで出し始める彼女を引っ張り自分の胸に押し付ける。服に涙や鼻水が付くのを嫌がっているのか離れようとするが、それでも力強く抱きしめた。


 次第に抵抗をやめたシトラは、そのまま胸に顔を押し付けている。俺はそんな彼女の頭を撫でて、呟くように声を出した。


「俺は、お前を泣かせてばっかりだ」

「泣いっ、て、ないもん」


 そう言いながら更に顔を押し付ける彼女に。俺は頭を撫でるのを辞めて、彼女の頬に触れて自分の胸から離す。抱きしめる前よりも荒れている泣き顔に、思わず笑ってしまった。


「嘘つけ、じゃあこの顔はなんだい?」

「………花粉症、です」

「うちの温室で毎日お茶してるお前が、花粉症な訳ないだろう」


 ジャケットに入れていたハンカチを取り、彼女の顔を出来る限り拭う。それをされるままに受け止めている彼女は、もう嗚咽を出すのをやめていた。


「なぁ、俺に幸せになって欲しいんだったか?」


 そう声を掛けると、シトラは小さく頷く。涙と鼻水で使えなくなったハンカチを仕舞い、空いた両手で彼女の脇に手を入れて下から持ち上げた。流石にそれには驚いて目を開いているが、抵抗する前にそのまま彼女を地面に倒し、俺は覆いかぶさった。


 まさかの逆転した体勢に、シトラは驚いて声が出せない様だ。そんな可愛い想い人の唇に、俺は自分の唇を押し付ける。涙か、もしくは鼻水が垂れていた彼女の唇は濡れていたが、そんなのお構いなしに深く深く触れた。


 暫く驚きすぎて固まっていたが、それが口付けと分かって、そして深くなるにつれて彼女の顔は赤くなっていく。息継ぎの仕方が分からないのか苦しそうになったので、一度唇を離し今度は首筋に唇を這わせてやると、全身を子ウサギの様に震え上がらせた。


「えっ、えええっ、えっ、ええっ………え!!??」


 同じ言葉しか発さない彼女へ、俺は唇を這わせながら笑った。それに一度大きく震える事で返事をする彼女の、耳元へ吐息をかけた。


「これが俺の幸せだ。……嫌なら、魔法で逃げるんだな。俺は止まらないぞ」


 まるで脅迫だ。妹に、好きな女性にするものではない。シトラが案の定、動かす事ができる足を忙しなく動かし始めた。このまま次は、魔法を唱えられて逃げられるのだろう。あまりにも愛おしすぎて暴走してしまったが、まぁこれでもう俺を兄と思わないだろうし、良いとしよう。拒絶されたら更に落ち込むだろうが、これ以上想いを隠すのは疲れた。



 だが、彼女は予想に反して足を止めた。そのまま魔法も唱えないし、俺から離れようともしない。恥ずかしさが限度を超えたのか、顔を赤くしながら新しい涙を出す。


 暫くすると、恥ずかしそうに手で顔を隠しながら、熱いため息を溢した。



「………お、お兄様が、幸せなら……………」

「……………………」

「が…………頑張り………ます………」

「……………………」



 とんでもない爆弾発言に、俺は再び、今度は獣のように唇を合わせた。





 










 言っておくが、流石に最後まではしなかった。












◆◆◆









 風を入れるために開けている窓から、朝を知らせる小鳥の囀りが聞こえる。


 もう朝か、昨夜も全然寝れなかった。それもこれも全て、私を後ろから抱きしめながら寝ている夫の所為だ。起こさないように体をずらして、今は兄ではなく夫となった彼を見る。


 今日で30歳となる夫は、父から爵位を譲り受けハリソン公となる。相変わらず美しい男で、取引先の令嬢に言い寄られているとお付きの使用人から聞く。どれだけ嫉妬して夫へ小言を言ったのか覚えていないが、その度に蕩ける様に喜ぶので腹が立つ。

 

 最初に好意を持ったのはそっちからなのに、今はもう逆転してるんだもんなぁ、あ〜〜あの抱きしめただけで照れていた夫が懐かしいな〜〜〜〜。



 そんな事を考えていたから、夫が目を覚ましているのに気づかなかった。いきなり腕を引っ張られれば、そのまま私の唇に夫の唇が合わさる。暫くすると唇は離れて、代わりに蕩ける様な微笑みを向けられた。


「おはよう、シトラ」

「……お、おはよう、ございます」


 チキショーーー!!!かっこいいなぁ!?かっこいいしエッチだねお兄様!?思わず視界がぐらついちゃったよ!惚れ直しちゃうねぇ!?


 ……と1秒で頭の中で考えて、私はそんな思いをださない様に微笑んでみせた。流石にね、私も28歳よ?公爵夫人だぜ?子供だっているんだぜ?もう10代の時みたいに奇声あげたりなんて、たまにしかしないって!


「ジェフリー、誕生日おめでとうございます!」

「有難う。今日の予定は何時からだった?」

「12時にお父様お母様と食事、その後にハリソン公爵のお披露目パーティー、それが終わりましたら舞踏会ですね」

「そうか、今は何時だ?」

「今?今は7時ですね?」

「という事は、準備を一時間で終わらせるとして、あと4時間あるね?」


 何言ってんだこの夫。と思ったが自分を見る目線が、やや獣じみているのを見て理解した。顔を引き攣らせる私を見て、夫は笑いながら私の寝巻きのボタンを外していく。……どんだけ体力あるんだとか、もう子供もいる30歳がどんだけ盛ってるんだとか、もう色々言いたい。


 だけど、そんな夫に惚れているのだ。好きな男に求められて、嬉しいに決まっている。


 私は諦めた様にベッドに寝転がり、呆れた表情で愛する男を見た。


「はいどうぞ〜誕生日プレゼントです〜」


 ボタンを全て外して、壊れ物を触るように触れる夫は、私に意地悪そうに笑った。


「有り難く頂くよ」







 だが、物凄い盛り上がった所で、父親の誕生日を祝うために部屋に突撃してきた幼い息子により、大惨事の誕生日の幕開けになった。








墓から帰ってきたシトラは「あっ夢か」とキャパオーバーで忘れてしまいますが、そこから兄に話しかけられる度に動悸息切れをしてしまいます。そんな娘と、なんか異常に手を出すようになった息子を見て、ハリソン公は二人の結婚を薦めるのでした。シトラは公爵家でこのままのんびり過ごせるならいっか!とか思っているのですが、その時にはもう、無意識にジェフリーに好意を寄せていました。……って感じで番外編に続きます!


この世界線では、28歳になったシトラと、30歳のジェフリーには息子が一人います。鳥の獣人の血を濃く受け継いだのか、虹色の瞳を持っている子です。外見はジェフリー、性格はシトラそっくりです。つまりハリエドの美女達からモテまくります。特にギルベルトの娘からはストーカー紛いな事をされますが、鈍感な息子は全く気づいていません。



………って妄想してます()





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