53 とある夫婦
舞踏会で無断で記者が撮っていた写真は、その後イザークとウィリアムがその記者を捕らえ、カメラごと没収した。その為翌日の新聞の一面は新国王ルーベンのみの写真となっており、あの舞踏会での出来事は噂程度のものになっていた。カメラを没収されたとはいえ不安だったので、実際に新聞を見て安堵した。「ハリエドの聖女、ダンス下手」か「ハリエドの聖女、痴女」と書かれていなくてよかった。
ゲドナ国での魔法使用は条約違反だが、ハリエド国にいるギルベルトが、他国と交渉し過半数の賛同を得る事が出来たので罰を受ける事はなかった。
だがどうやら私がゼウスと契約した事や、ハリエド国に帰らずそのまま失踪しようとしていた事を風の噂で聞いたらしい。速達で送られたギルベルトからの手紙には「戻ってこなければハリソン家を潰す」とだけ書かれていた。怖すぎる。
そんな事もあり旅に出るのは辞めて、今日の昼すぎにはゲドナ国から出る予定だ。不審者とされていた猫の獣人も、施設での出来事の後姿を見なくなった。だが私の部屋に侵入していたのは別の男だし、ガヴェインの耳を好きなだけモフれる環境が最高すぎて、最終日まで結局ガヴェインの部屋で過ごしていた。夜に突撃する度に「バカなのか?」と呆れて言われ続けたが、何やかんや部屋に招き入れて、耳を触らせてくれる所が優しい。
ただ彼は相当な寝相の悪さで、朝起きたら隣の私のベッドで寝ていた事が多々あった。最初こそ驚いたし、未婚の女のベッドにいるのは何事かと思ったが、朝モフモフの耳が目の前にあるのは最高だったので許した。まぁ、ディランの全裸よりはいい。何ともチョロい主人だ。毎朝ガヴェインが起きるまで耳を堪能していると、起きたガヴェインに顔を引き攣られながら「危機感がない」と言われたのは何だったのだろう?ガヴェインが側にいるのだから、別に危機も何もないだろうに。
そして、ゲドナ国での急な国王の交代や、470年前に起きた呪い、医療施設の地下の魔法陣の存在など。今のゲドナ国政は大荒れだ。それもあって留学に来ていたイザークも私達とハリエド国へ急遽戻る事になった。それが決定した時のアメリアの喜ぶ姿は可愛かった。そんなにもあの二股野郎が好きだったなんて……やっぱり結婚式のスピーチはしたい。あっ、そう言えば玉蹴らなきゃ。帰りの船は一緒だから、その時にしよう。アメリアとのイチャコラの為にも、玉蹴ったら回復魔法もしてやろう。なんて優しいんだ。
ハリエド国に戻る前に、私は前ゲドナ国王と話をした。呪いで苦しんでいる姿しか見ていなかったが、とても穏やかな優しい男性だった。……笑った所が、どことなくキルアに似ていて、懐かしい気持ちになった。
先王には昨日の舞踏会での、ルーベンの事について謝罪を受けた。やっぱりゲドナ国でも口付けは恋人同士でするものらしい。先王は私のファーストキスをルーベンが取ったと思っている様だが、いえ私!もう色々な人達に口付けされてますんで!てへ!と言いたい気持ちを抑えて、謝罪を受け入れた。だが前王の隣にいたマチルダが、私の事を「姉様」と呼んでいるのは頭を抱えた。リリアーナとは違うであろうその意味に、記憶を消そうとしたがどうやら強烈に残っている様なのか、元々魔法にかかりにくいのか。全く効かなかった。12歳の少女よ、どうか健やかに生きてくれ。
「いやー!イザーク様の玉蹴り上げる旅行のつもりが、まさかこんな事になるとは」
今は先王との話をした帰りで、誰もいない事をいい事に廊下を歩きながら独り言を溢す。
廊下をそのまま歩いていると、丁度あの薔薇園を通った。最後に友が好きだった薔薇園でも覗いて帰ろうと足を進めると、どうやら先客がいたらしい。一人はあの行方が分からなくなっていた猫のおっさんだが、もう一人は誰だろう?城の使用人とは違う服装で深緑の長いローブを羽織り、頭もすっぽりフードで隠している。声をかける前におっさんの猫耳が動き、それに反応してローブを来た人物も此方を見た。
短い黒髪の、私と同じ歳位の女性。顔立ちも私とよく似ているのにも驚いたが……それよりも、瞳の色が血濡れた様な赤い瞳だった。その女性は私の登場が予想外だったのか、すぐにおっさんの後ろに隠れた。……シャイなのかな?
「えぇっと……すいません、お邪魔してしまいまして」
「………大丈夫」
おっさんの後ろから、その女性のか細い声が聞こえる。……おかしい。初対面の筈なのにやけに懐かしい気がする。私達のぎこちなさに、猫のおっさんはため息を吐いて頭を掻く。
「後ろに隠れてるのは、俺の主人で死の神……アドニレス。人見知りなんだ、悪い」
「死の神………おっさんがゾッコンラブの神様か!!」
「本人の前で言うなよ……」
おっさんは恥ずかしそうに頬を赤くして、尻尾も激しく動き回っている。悪い事をしてしまった。気まずそうに頬を掻いていると、アドニレスはおっさんの腕を掴みながら、後ろから少し顔を出す。何とも可愛らしいその態度に、おっさんが好きになったのも分かる気がする。
「……ありがとう。キルアが命をかけて守った国を、救ってくれて」
「え?……いや、そんな………」
アドニレス様は、キルアと知り合いだったのだろうか?当時キルアは友人は少ないと言っていたが、まさか神様とも友人だったのか?そんな事を考えている最中も、ずっとこちらを見つめる彼女の目線に、私は冷や汗が出てきた。か、神様にそんなに見つめられるの緊張するんだが。
「自分以外の神の加護を持った人間に、他の神は手を差し伸べる事が出来ない。……だから、助けれなかった」
「へぇー。神様もそんな決まり事があるんですね。皆協力すればいいのに」
「………シルトラリアは、前もそう言ってたね」
……なんだか、さっきから変だ。この神に懐かしい気持ちを抱くのもそうだが、この神も神で、まるで500年前の私を知っている様な口ぶりだ。永遠を生きる神だからもしかしたら、かつての私の行動も見ていたのかもしれないが。この気持ちは、何日か前に私の部屋に来た、未だに誰か分からない男と話した時と同じだ。
「……あの、もしかして私達って」
「シルラリア」
私の言葉を遮るように、アドニレスは少し張り上げた声を出した。それ当時に彼女と獣人の立つ地面には、青い魔法陣が浮かび上がる。……その魔法陣の色ですら、既視感がある。
私の記憶は、イザークにより魔術で封じられたものも含めて、全て思い出している筈だ。変に途切れた記憶もないし、かつて私と共にいた精霊達との記憶とも同じだった。
なのに、何でこんなにも見覚えがあるんだろうか?
魔法陣の青い光に包まれる中で、アドニレスは獣人の前に進み、フードを取った。
「ずっと大好きだよ、シルトラリア」
笑顔でそう伝えるアドニレスと猫の獣人は、そのまま魔法陣の光に包まれて姿を消した。
……姿が消えても、私はその場所を見つめていた。
視界がぼやける事で、ようやく自分が泣いていると気づいた。
◆◆◆
薔薇園で、自分のと違う青い魔法陣に包まれた。そのまま光の眩しさで目を閉じると、次には誰かの腕の中にいた。軽々と横抱きをするその人物が誰かなんて、もう分かっている。
目を開けばやはり、碧眼を鋭くさせた美しい青年がいた。家のベッドの上で胡座をかく青年の上に、私は横抱きをされているように抱かれている。青年はゆっくりと口を開いた。
「家に閉じ込めたアンタが、何で出ていて、しかも猫野郎と一緒にいるんだ」
「ちょちょいと開けたの」
「………次からは、もっと強度持たせるからな」
「嘘です!三日かかりました!!!」
まだ神としては新参者の私と違い、この前の前にいる青年は数年、数万年も時の神として生きているのだ。今回の家に監禁されたのだって、三日寝ないで死ぬ気で解いたのだ。また起きるであろう監禁の際に強度を上げられたらたまったもんじゃない。慌てて答えた言葉に青年……というか私の夫は、呆れた様な表情を向けた。
「あの阿呆聖女が、予言の通りに生贄になるなんざあり得ぇだろ。あんまりにもアンタが心配してるから俺が見ていたが……日記の場所位だぞ、阿呆を助けたの」
「だ、だって友達が危ないのに監禁するから!!」
「それはアンタが無防備なのが悪い。よくもまぁ、猫野郎に触れさせやがって」
呆れた表情で私を見る夫に、そういえば同じく移動魔法で飛んできている筈の彼は、何処へ行ったのかと周りを見た。見れる範囲で探しても居ない。……私はゆっくりともう一度、夫の顔を見た。それはもう意地悪そうな表情をしていた。
「安心しろ、死にはしない場所に居る」
「…………」
なんて事だ、このクソ男から離れたら直ぐに探さなくては。私はそのまま下ろして貰うために少し体を動かすが、逆に体を引き寄せられた。腹が立ち今度は強く暴れた所で、そのまま顔を近づけた夫に口付けをされる。そんな事をしている時間はないのに、手で頭を後ろから掴み強くされるものだから、力が段々抜けていってしまう。これはまずい、このエロ神、猫を探しに行こうとする私に腹を立てたのか、変なスイッチ入ってるぞ。
長い事私の唇を堪能した夫は、ようやく唇を離す。そのまま食われる事を覚悟していたが、夫は顔を近づけたまま声を出した。
「アンタ、どうしてゲドナの新王にあの体を与えたんだ?」
「あの体」とは、かつてシルトラリアが愛した男の体だろう。目の前の夫は私が故意にしたと思っている様だ。私は首を横に振りながら笑った。
「ルーベン・フォン・ゲドナの魂も体も、加護を与えられる運命だったとしても生まれたのは異世界だよ?私もそこまでの死の輪廻を変えるほどの権限はない」
私の回答に不服そうに眉を寄せる夫を見て。確かにこれでは彼の質問の答えになっていないかもしれないと。そのまま唸るように少し考えた。
……そしてある「可能性」を思い浮かんだ。
「好きな人が愛した男の顔になれば、自分に振り向いてくれると思って……彼自身が生まれ変わる前に、異世界の神に望んだのかもね」
かつて、ゲドナ国とシルトラリアの為に自ら命を捧げた男だ。そんな男が次に生まれ変わる時、もしも姿を選べたとしたら。かつて彼女が愛した男の姿になりたいと望んだかもしれない。少しでも自分を見てほしいと、そう願ったのかもしれない。それは私の勝手な可能性の話だが。
少し目を開いた夫は、そのまま少し考え込んだ。……今なら、この状況から逃げ出して助けに行けるかもしれない。魔法を唱えているのをバレない為にも体を横に向けようとしたが、横に向いた所で耳を齧られた。痛すぎて叫びそうになるのを堪えていると、そのまま齧った耳に口元を当てる。
「じゃあ俺も、逃げようとするアンタを振り向かせるとするか」
「えっ、あのっ」
耳に当たる熱に、思わず頬を赤くしながら顔を引き攣らせる。そのまま恐ろしい強さで私の服を掴む夫に、この数百年夫婦として過ごした自分には次の展開が読める。
思わず正面を向くと、自分の目の前にいる美しい青年が、澄んだ碧眼で愛おしく私を見つめていた。……逃げなくてはいけないのに、昔からこの男の瞳を前に、逸らす事が出来ない。
「阿呆聖女のお守りでアンタと三日も離れて、そりゃあ寂しかったからな。ちょいと手荒にするが、意識飛ばすなよ」
「…………む、無理で」
それ以上を言う前に、先程よりも獣じみた口付けをされる。
………私は心の中で、直ぐに助けに行けなくなった可哀想な猫へ、心から謝った。
ちなみにこちらの夫婦は、別作品の「私を愛した神様探し」の登場人物です。また番外編に二人と主人公の話を載せる予定ですー。