52 翌日の一面が怖い
イザークに胸を抉られる様な説教をされた私は、げっそりとした表情で舞踏会場に戻ってきた。なんか昨日から説教続きな気がする。私一応、ゲドナ国を救った英雄だぞ?もっと褒めてくれないのか?しかも、何故同じく説教を受けているアイザックはずっと笑顔だったんだろう?マゾっけがあるのか?
「シトラ」
会場に戻ると、今日の主役であるルーベンに声をかけられた。ハリエド国の代表としての挨拶は先程終えたし、今一番忙しい彼が何の用だろうか?こちらへ向かってくるルーベンへ、私は首を傾げながら問いかける。
「ルーベン陛下、どうされましたか?」
私の問いに、ルーベンは優しく微笑んだ。その顔があまりにもダニエルとそっくりなので、思わず頬が赤くなってしまう。やっぱり、顔がいいなルーベンは。私は面食いだったのか。まじまじと見ていると、彼は苦笑しながら声を出す。
「陛下はいらない。……約束、忘れてないか?」
「約束?…………あ!」
そうだった!建国祭の最終日、私はルーベンと踊る約束をしていたのだ!だが逃げるイザークを追いかけてしまい、実現する事が出来なかった。思い出した私の表情を見て笑う彼に、私は手を差して笑顔を向ける。
「ルーベン様、私と踊ってください!」
「……………あ、ああ」
ルーベンは何故か恥ずかしそうに頬を赤くして、差し出した私の手に、恐る恐る触れた。
そのまま会場の中央で私は皆に注目されながら、新たなゲドナ王とダンスを踊る。自分の成人式でのギルベルトとのダンスよりも何故か緊張する。それはおそらく、周りの視線の所為だろう。琥珀色のドレスを着ているからか、なんか周りの視線が生暖かいというか……これ、ルーベンの婚約者とか思われてないか?私は自分に柔らかく微笑んでいるルーベンに目線を向けた。だが私よりも早く彼が口を開く。
「僕達の事、噂になっているの知っているか?」
「え?……あー、あの新聞の記事ですか?すごい捏造でしたよねぇ」
兄とケイレブが見た新聞を発行する会社は、ゲドナでも子会社を持ち広く知れ渡っている。私とルーベンが再開した時の姿を隠し撮りしていて、婚姻間近だとか城で何度も密会してるとか、もう散々な事を書かれていた。家に帰ったら父に質問攻めになりそうだ。新聞の事で当たっていた様で、ルーベンは頷く。
「捏造じゃないだろ?何度も城に来ているし、親密じゃないか」
「でもあの記事だと、私とルーベン様が恋人同士みたいに書かれているじゃないですか。私達は友人なのに」
「……こんな色のドレス着ておいて、よくそれが言えるな」
いや用意したのはルーベンだろう?何を言っているのだと文句でも言ってやろうとするが、ルーベンはわざとらしいため息を吐いて、一度私をくるりと回転させた。そんな急な踊りの変化でさえ私が対応できてしまうほど、ルーベンとのダンスは踊りやすいし楽しい。
「………僕は同意がないのは、好きじゃないんだけどな」
「同意?何を言っふぎゃ!!」
回転したすぐに、腰に添えられた手がルーベンの元へ引き寄せられる。流石にそれには対応できず、私は奇声をあげながら彼の胸の中に頭をぶつける。なんて事だ、こんな公式の、こんな注目された人前で踊りを失敗してしまった!明日には新聞に「ハリエドの聖女、ダンス下手」って一面に載ってしまう!
私はまだ見ぬその一面に恐怖で震えていると、腰に添えられていた手が頬に添えられた。思わず顔を上げると、そこには面白そうに笑うルーベンがいた。
「何を考えているんだ?」
「……明日の新聞記事の一面を想像していました」
その返答に、ルーベンは軽く声を出して笑う。
「そうだな、さぞ素晴らしい一面になるだろうな」
そんな彼に、私はどういう意味だと問いかけようとした。だがそれを放つ為の唇は、彼の唇をもって塞がれてしまい、言葉を発する事が出来なかった。
あまりの突然の事に硬直しているが、そんな事もお構いなしにルーベンは、一度唇を離したとえ思えば、再び合わせる。何度も何度もしてくる。もう何だったら体も更に密着してくるし……何だこの状況は?恥ずかしさよりも疑問が勝ってしまう。あれゲドナ国ってこんな感じなの?そう言えば前回は襲われそうになったもんなぁ、私の知らない間にすごい事になってたんだなぁ。
何度目かの口付けの後に、唇に当てるように色気のあるため息を漏らすルーベンは、さっきのアイザックの様に熱っぽい目線を向ける。だが違うのは、まるで獣の様な鋭さを秘めている所だろうか。本能的に離れようとしたが、それを阻止する様に腰に再び手を添えられる。まるで今から狩られるウサギになった気分で、今までこんな目線を向けられた事もないので慌ててしまう。
そんな私の唇に、ルーベンは再びため息を漏らした。
「鈍感で、無防備な聖女様だな」
「………ル、ルーベン様……」
「ベッドにいた時は、呼び捨てにしてくれたのにな」
お前今それを言うか!?この公の場でそれを言うか!?流石にその発言はあらぬ誤解を生み出しそうだし、近くで踊っていたペアが顔真っ赤だぞ!?………ん?…………いや!?そもそも口付けされている時点じゃないかこれは!?やっぱり口付け普通じゃないよねゲドナ国!?よく周り見たら、マチルダなんて顔隠してるもんね!?マチルダ〜?あとで記憶消してあげるからね〜??
「口付け普通じゃないじゃん!!!」
「散々僕にされておいて、今更か」
離してもらう為にルーベンの腕の中で暴れるが、全くびくともしない。くそう13歳め、私のいた世界では中学生じゃないか!!中学生があんな色っぽいため息をしちゃ駄目だろう!?
暴れる私を止めながら、ルーベンは再び口付けをしようと顔を近づける。何度する気だこの男は、どう足掻いても止める事が出来ないので、私は羞恥心で顔が赤くなりながら目を固く瞑った。……が、何故か唇は当たらないし、何なら彼は離れた。
「何をしているんだ!?」
目を開けると、青筋を立てたイザークが、ルーベンの肩を掴み止めている。見た事もないほどに怒り狂っているイザークに、私は目を大きく開けた。ルーベンは不機嫌そうに、自分の肩を掴むイザークを見た。
「何って、想い人に口付けをしていたんだが?」
「婚約もしていない関係で!していいわけ無いだろう!?」
「じゃあ婚約すればいいのか?」
ルーベンはイザークの怒声を軽く交わしながら、再び私を見て美しく微笑んだ。
「シトラ。僕と添い遂げてくれ」
「…………えっ?」
「婚約期間なんて必要ない。早く君を僕の女にしたい」
「………………うん?」
後ろの方で、カメラのシャッター音が聞こえた。