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48−2 ライアン


王太子として生まれた僕は、特に秀でた所もない、つまらない男だった。

同じ年のカーター公爵家の次男とは比べられ続けていたから、優しい彼は僕を友と呼んでくれるけど、僕は嫉妬の方が勝ってしまって、友なんて呼べなかった。


僕の父も、僕と同じ様な人生だったんだと思う。だから神に愛され力を持つ精霊を恐れ、そして妬んでいたからこそ、あんな虐殺を起こし続けていたんだろう。


毎日毎日、城下町の中央で精霊の死体が焼かれていくのを、僕は胸が張り裂ける思いで見ていた。


どれだけ周りに馬鹿にされようとも、出来損ないの王太子だと言われようとも。それでも父の、国王のしている事は間違いだと分かる。だけど父に説得できる様な言葉を、僕は考える事ができなかった。……僕は、なんて小さい人間なんだろう。なんの罪もない精霊を、この立場にいながら助ける事が出来ない。あきらめてしまうなんて。





そんな時、たった一人の女性が、この意味のない戦争を変えた。





腕がなくなった兵士は、その女性を恐れ「悪魔」と言った。

閃光で目が見えなくなった兵士は、その女性を忌まわしげに「化け物」と言った。

捕らえられ、殺される前に精霊は笑顔で「救世主様」と言った。




敵に恐れられ、味方に尊敬を唱えられる。……それは、僕がなりたかった王太子の姿だった。その圧倒的な存在に、圧倒的な畏怖の対象の女性に。僕は強烈に憧れを抱いた。


彼女の登場で、人間と精霊の戦争は一気に逆転し、やがて国民や貴族達も、この戦争が無意味だと気づき始めた。僕は彼女の様に味方を、人間を守りたい。この戦争から皆を解放する事が一番必要な事だと思い、国で内乱を起こす準備を始めた。



そして、僕は仲間と共に内乱を起こした。

夜中に父の寝室へ入り、愛人と体を寄せ合う父の心臓へ、僕は震える手で剣を刺した。……その時の感触と、父が僕を見つめる目は一生忘れる事が出来なかった。





王族や精霊との共存を反対する貴族が処刑される中。自らが仲間を集い、内乱を起こし戦争を終結させた事で、僕には恩赦がかけられた。カーター家の次男に、国外追放を勧められたが僕は拒否し、下民として城で働く事を望んだ。次男、ダニエルは驚き理由を聞いてきたが、「憧れの人の近くに少しでも居たい」なんて恥ずかしくて言えなかった。



ダニエルは宰相となり、僕は使用人となった。立場が逆転しても相変わらず友と呼んでくる男に、僕はどうしようもなくお人好しだと笑ってしまう。王太子としてのしがらみも無くなったし、ようやく彼の事を友と呼べる…………と思ったが、あいつは僕の憧れの人と大層仲が良くなっていて、やっぱり友と呼べなかった。




もうすぐ行われる建国祭に向けて、憧れの彼女はダニエルとダンスを練習している。そんな姿を物陰から、僕は仕事の合間に見つめていた。楽しそうにダンスを踊る彼女を見て、ダニエルがその顔をさせている事に最初こそ嫉妬が勝ったが、次第にそれは無くなった。あまりにも何日も見ていたからか、彼女のダンスの足捌きや癖も覚えてしまった。彼女と踊る機会など、一生ないのに。




ある日、僕はいつもと変わらず使用人として仕事をしていると、後ろから誰かに肩を触れられた。振り向くと、そこには憧れの彼女がいた。僕へ可愛らしい笑顔を向けて口を開く。


「ねぇ、よかったら話さない?」


一瞬夢かと思って固まっていると、彼女は心配そうにこちらを伺う。暫くして現実だと理解すれば、自分でも分かるくらいに顔の熱が溜まっていくのを感じる。そんな僕を見て面白そうに笑う彼女は、そのまま地面に座り込む。その隣を叩き、自分に座れと命令するものだから。僕は全身から滝のような汗を流しながら座った。絶対変な男だと思われただろうに、彼女は笑ったままだった。


それからは、彼女とたわいも無い会話を続けた。甘いものが好きだと知っていたので、僕は昨日作ったクッキーをお渡しすると、彼女は喜んで食べてくれた。何でも走り回っている僕を見ていた様で気になっていたらしい。何とも恥ずかしい事だ。


最近の公務の様子や、使者の加護を持つ精霊とダニエルが仲が悪いとか、城下町の子供に花をもらった事だとか。彼女はこんな僕に楽しく話してくれる。僕は、その全ての会話をない頭に記憶するように、相槌を打ちながら話を聞く。……彼女は何を血迷ったのか、僕に付き人になってほしいと伝えられた時は勿論断った。前国王を殺した元王太子が現国王の付き人なんて、もうどう見られるか分かったもんじゃない。


「ならせめて、このクッキーのお礼に何かさせてよ」


彼女は食い気味でそう伝えてくるが、僕は慌てて首を横に振る。


「えっ!?いやいや!!こんなクッキーなんかに」

「こんな美味しいクッキーだからこそ!!お礼させて!!」


更に食い気味で、なんなら顔を近づけてくる彼女に、僕は再び顔に熱が溜まっていく。彼女に何か願うと言っても、こんな夢のような時間をくれただけで十分なのだ。僕はない頭で考えて………そして、一生ないと思っていた事を思い出す。恥ずかしくて伝えるのに吃ってしまったが。最後には目線を合わせた。


「………なら、僕と……踊っていただけませんか?」


僕の願いが意外だったのか、彼女は目を大きくさせて固まる。……何を言っているんだ僕は、こんな下民で服も肌もボロボロで、髪も軋んだ僕なんかと、こんな可愛い女の子が踊ってくれる筈がない。そう思いなかった事にしてもらおうと口を開くが、声を出すのは彼女の方が早かった。


「勿論!!私と一緒に踊ろう!」


僕の汚れた手を取り、陛下は僕に眩しいほどの笑顔を向ける。




その時、僕はこの憧れが、恋なんだとようやく理解した。






けれど数年後、彼女がダニエルの手により殺された。

公には病死となっていたし、あんなにも仲睦まじい二人の間で、そんな事あり得ないと思った。……だが、僕は国王の騎士だった赤髪の精霊が、大臣達に詰め寄る姿を偶然見た。



「彼女の死を病死だと!?あの宰相が殺した事実を隠蔽するだと!?」




その怒声で、本当にダニエルが彼女を殺した事を知った。……僕は、彼女がもういない事と、彼女を殺したダニエルへの怒りや、どうしようもない悲しみが襲っていく。どうしてダニエルが彼女を殺したのか、どうして彼女が殺されなければならなかったのか。


……もう、この国にいる事が出来なかった。どこを見ても、彼女を思い出してしまうこの城を、この国を一刻も離れたかった。






そうして僕は、いく先も決まっていない旅に出た。国の外に出れば、自分を王太子だと知っている人はいなくて、彼女との思い出もなくて気が楽になった。





そうして何年か旅をしている時に、ゲドナ国で男達に言い寄られ困っている女性を見つけ助けた。金髪の美しい女性で、確かにこんな美しい子が一人でいたら言い寄られるのはしょうがないだろう。そのまま家まで送ったら、まさか城に着くと思わなかったが。


そこから国に滞在している間、彼女は僕に会いにきてはゲドナ国を案内してくれた。よく笑い、よく膨れる所が憧れの女性とそっくりで、僕は懐かしい気持ちになった。だから少し優しくし過ぎたのかもしれない。


何週間後、次の国へ行こうと旅支度をしていた僕に、彼女はこの国に留まってほしいと、自分の夫になってほしいと告げた。年齢差もそうだが……彼女に素直に、想っている人がいる事を、自分が旧ハリエドの王太子だった事伝えた。彼女は驚いていたが、少し考えてから笑顔を向けた。


「だから貴方は、物語の王子様みたいに助けてくれたのね」


そして二番目でも良いと、そう告げられてしまった。……弱った、諦めると思ったのに。想い人と似ている彼女を、代わりの様に愛してしまいそうで怖かった。暫く考えさせて欲しいと伝えると、次の日王妃殿下と共に来たのには、もう断る事は無理だと悟った。


その後は子宝にも恵まれ、人生で一番心穏やかな日々を過ごしていたと思う。ハリエド国は公爵貴族の中から、罪を犯したカーター公爵家の次に権力を持っていたフィニアス公爵家が王族となり、彼女がいなくても変わらず国は存在した。……ただ、精霊達は年々国から出ているらしい。「精霊と人間の国」とは呼ばれなくなるのも時間の問題かもしれない。



そんな時、ゲドナ国である病が流行した。患った者は獣の様に凶暴化し、段々と体が腐り最後には灰となる病。爆発的に増えていく患者に、原因も分かない状況に戸惑った。


だが戦いの加護を持つ王妃は、ある日神託を受けた。……ゲドナ国が建国されてからの、殺した魔物の呪い。それがこの病の真実だった。神よりも更に上の存在である、世界の定めた事は変える事が出来ない事も。



……ただ、予言の神から受けた、たった一つの方法を聞いた時。僕は絶望した。

神は、世界はシルトラリアを望んでいた。



王妃は友を将来、犠牲にしなければならない事に嘆いた。だが神はそれ以上の選択がない事を非情にも告げた。それでも今ゲドナ国を無くす訳にはいかない。王妃は自分の命を引き換えに、呪いの延長をする為に準備を進めた。国の外れに患者を集め、もしも魔法が失敗しても患者ごと亡きものにして、国民が災いから逃れる時間を作ろうとした。


僕も妻とできる限りの事をするために、集まった患者達の世話をしながら準備を進めた。……だが、その呪いに次には妻が犠牲になった。聖女の血を引いているからか他の患者よりも進行度は遅いが、それでも足先が腐っていく彼女を助けれない自分に、僕にも力があればと何度思った事か。



……結局、僕は恋をした女性も、愛した女性も救えない。

もしかしたら、僕の所為でゲドナ国がこうなっているのかもしれない。戦争で苦しむ国民と精霊を、すぐに助けれなかった僕への、罰なのかもしれない。








そんな時、僕の所に戦いの神が現れた。

神は僕に、未来で起こるシルトラリアの代償は、全て予言の神が引き受けようとしている事。その為新たな予言の神をすでに精霊の中から選び、予言の神が力を与えている事を伝えた。まさか神が人間一人の為に自分を犠牲にしようとしている事に驚いたが、それよりも続いて告げられた言葉に全てを持って行かれた。



神は、その未来に僕に「戦いの加護を持った存在」になって欲しいと告げた。その為には魔術で、自分の命を代償にしてもらう必要があると。


何故僕なんかが、戦いの神の加護を与えられるのか。そう質問したら、神は僕が行う事を願われている魔術が「運命の糸」と呼ばれるもので、対象者に強い想いがなければ成功しないものと告げた。加護を持った存在と、シルトラリアが出会わなければならない。世界が予言を覆す可能性がある今、予言を確実にする為には必要な事だと。





「このまま生きて死ぬか、死んで未来を変えるか」






僕は、妻にその事を伝えた。凶暴化した妻が、僕の話を聞いてくれるか分からなかったが、それでも伝えた。ベッドに固定され苦しみ悶えていた妻に全てを話し終えると。妻は急に暴れるのを止めて、僕に掠れた声で告げた。




「………行ってらっしゃい」





久しぶりに聞こえた、愛おしい妻の声だった。










僕は確かに、何の才能もない凡人だったかもしれない。

讃えられる王太子ではなかったのかもしれない。



でも、僕は周りにこんなにも愛されていたんだ。……なら、僕はその愛を返さなくてはならない。生まれ変わって記憶をなくしても、妻の顔を忘れてしまっても。シルトラリアを忘れてしまっても。僕は未来を、ゲドナ国と恋した人を救いたい。





戦いの神へそう伝えると、僕の立つ地面に黄色の魔法陣が浮かんだ。

僕は、目を瞑って場違いに笑った。



次回はシトラが暴走します。

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