47 愛を伝えよう
城の奥、先代の温室へ私は早歩きで向かった。険しい表情を浮かべているからか、城の使用人たちに驚かれているが、それを気にする時間はない。
温室へ到着すると強く扉を開く。中に絶対いるであろうと思っていた人物は、やはりいたし、温室に祭壇を作っていた。その人物は私の登場が予想外だったのか、慌てて祭壇を体で隠そうとしているが、普通に丸見えだ。また彼女を盗撮したのか。
「ギ、ギルベルト!?こっ、これはその!この土地の地下に、推しの聖地があるなら!やっぱり祀る場所必要かなぁって!?」
「言い訳は後で聞きます。それよりも母上、今すぐ伯父上に連絡を取ってください」
「えっ、お、お兄様に?」
近代国家であるサヴィリエ国の、現在の国王は母の兄だ。私は驚いた表情を向ける母に、現在ゲドナ国にいる第一王子、兄からの連絡を伝えた。それを聞いた母は、更に驚いた表情をしながら、持っていたシトラの写真を落とした。
ゲドナ国は今、聖人ルーベンが大規模な封印魔法を行おうとしている。その手助けの為に、シトラが条約を無視して、ハリエド国以外で魔法を唱える可能性がある、そう兄から連絡が来た。
ハリエド国含む4カ国の大国が結んだ条約は、例え聖女でも違反をすれば重い罰を受ける事になる。……ただ、条約の中に「過半数の賛同があれば、一時的に条約を放棄する事ができる」と一文があるのだ。
「父上からはもう賛同を取っています。ゲドナ国は賛同するでしょうが、ユヴァ国はまだ返答がありません。シトラを守る為には伯父上の賛同が必要です」
「………」
「母上、昔彼女に救われた恩返しを、今してください」
母は顔を下げ、全身を震えさせた。……だが、すぐにこちらを見ると、赤い目を大きく開いて、鼻息を出しながら自分を鼓舞していた。初めて見る母の気合いの入った姿に、今度は私が驚く。
「即刻今すぐ光の速さで連絡するわ!!!兄の好きなサヴィリエの地下アイドルには支援してるの!!チェキ10枚と引き換えにすれば、兄なんて何でも言うこと聞くわ!!」
「ちょっと何言ってるか分かりませんが、すぐにお願いします」
母の言葉が何も理解できない私は、無表情で急かした。そのまま伯父上に連絡を取るために走る母の背中に、隠されていたシトラの写真が大量に飾られた祭壇を見た。
地面に落とされていた、クッキーを美味しそうに頬張る彼女の写真を拾い眺める。……国の王子が、そう簡単に他国へ駆けつける事は難しい。彼女の兄もケイレブも、昨日の昼に向かったと聞いた。そうやって簡単に、想い人の場所へ向かえる彼らが羨ましい。
「………これが終わったら、見返りに兄上に仕事させよう。それで私も、シトラと旅行しよう」
独り国に残された私は、遠い国にいる彼女に想いを馳せた。
◆◆◆
準備を終えた私達は、そのまま移動魔法で、国の端にある医療施設に向かった。かなり広い施設で、サヴィリエ国の建築技術を用いているからか、ゲドナ国で見たどんな建物よりも近代的だった。まるで前の世界の大きな病院に近いかもしれない。中にいる職員はすでに避難しており、中に入ると施設の機械音しか聞こえなかった。
そのまま進んでいると、廊下に一枚の絵が飾られており、それが気になり立ち止まってしまった。イザークがそれを見て、絵に描かれている男に指をさす。
「聖女キルアの娘の夫、彼は旧ハリエドの王太子だった男です」
「旧ハリエドって……精霊に降伏した?」
その時、後ろから壁を強く叩く音が聞こえた。後ろを振り向くと、ウィリアムが鋭い眼をイザークに向けていた。
「何故旧ハリエドの王族が生きている!?全員処刑された筈だろう!?」
「旧ハリエドの王太子、ライアンは精霊との戦争を止めるために、内乱を起こして自ら父親だった国王を処刑している。それに恩赦が掛けられ、彼は下民となり城の使用人になったんだ」
「……ライアン」
私はある使用人を思い出した。建国したばかりのハリエドで、いつも慌ただしく動いていた使用人の青年。あまりにも毎日懸命に働いているものだから気になり、付き人に彼の名前を聞いたが、戸惑いはぐらかされていた。だから私から彼に話しかけようと思って、こっそり彼の後を追ったのだ。
私が後ろから話しかけて来た時には大層驚いていたが、その聞いた名前がライアンだった。とても礼儀正しく優しくて、私はすっかり気に入り付き人になって貰おうとしたら、彼から断られたのだ。……あれは、旧ハリエドの王太子が、今の王と深く関わると迷惑がかかると思われていたのだと、今ようやく理解した。そう言えば、彼に最後お願いされて、何かをした様な記憶があるが、何だったか?……いやそれよりも、ウィリアムだ。
「ウィリアム。それにディラン。確か当時私に「王族も建国反対派も全て国外追放した」って言ってなかったっけ?」
怒りの表情を向けていたウィリアムは、私の言葉を聞くと肩を震わせ、気まずそうに目線を下げた。ディランも苦笑いを浮かべながら同じ様な事をしている。
私はそんな二人に盛大なため息を吐きながら、目の前に立った。目を細めて睨むと、二人とも居心地が悪そうにしていた。そんな優しい精霊達を見て、睨んでいたのもやめてクシャりと笑った。
「……どうしようもない精霊達だなぁ」
私は、そんな二人に笑いながら両手を広げ、二人の頭を抱き寄せた。抱き寄せているので顔は見えないが、体はされるままで固まり、声も出さない。……私は、両側にいる彼らに、囁くような声を出した。
「有難う、私の事を守ってくれて。……ずっと、愛してくれて有難う」
小さな囁きを聞いた二人は、同時に大きく体を震わせた。
暫くすると、同時に私の背中に手を添えた。
「俺達精霊は500年前も、今も貴女に救われたんだ。そんな貴女を愛さない精霊など、いないだろう」
「その通りだ。精霊は皆、お前を愛している」
そう優しく答えてくれる、彼らが本当に愛おしい。暫く海の匂いと百合の花の匂いを堪能していると、後ろから優しく髪の毛を引っ張られた。思わず二人から少し離れて見ると、そこには不機嫌そうなリアムがいた。
「……僕も、シトラを愛してるんだけど」
随分幼いその姿に、私は思わず吹き出して、そのまま二人から離れてリアムと抱き合おうと……したが、何故か背中に回された手が強くなった。あとなんか背中が暑いし濡れてる。背中が気持ち悪い。
「ふざけるな、お前はいつも触っていただろう」
「そうだ!娘とのスキンシップを邪魔するなノアの子!」
顔は見えないが両側から相当な圧力を感じる。私はそんな二人の脳天に、今出せる最大級のゲンコツを当てた。結構いい音が鳴ったので、アメリアが悲惨そうな表情を向けている。ゲンコツを当てられたウィリアムとディランは痛そうにしながら(ウィリアムは頬を赤くしてるが)手を離した。
「じゃあ次はリアム様で!」
「うん、おいで」
そう色気を出しながら手を広げてくるものだから……無意識で鼻血が出ていないか鼻を確認した。いやいや何しているんだと首を振ってから、そのままリアムの元へ恐る恐る歩き、胸の中にすっぽりと収まる。うへぇ、そんないやらしく背中に触れないでくれ。変な奇声が出そうだ。
だが、強く抱きしめられてふと感じた。あの骨の様に細かった彼はもう見る影もなく、回される腕は逞しくなっている。思わず嬉しくて顔が綻んでしまった。
「大きくなりましたねぇ、リアム様」
「シトラを守る為に大きくなったよ」
何だそれは、と笑っていると体を少し離され、金色と黒色の目を細めて微笑む。その美しい顔に惚れ惚れしていると、その顔面がどんどん近づいている事に気づく。私は慌てて離れようとするが、回される腕が離れない、おいおい待て待て!!まだリアムは口付けが友愛だと思っていたのか!?あっそう言えば伝えてないかも!?どこにも逃げる事ができず、ええい!と観念して強く目を瞑る。
だがその瞬間、恐ろしい強さで後ろに引っ張られた。私はリアムの腕の中から解放され、別の腕の中に閉じ込められる。かすかに匂う獣の匂いと、顔に触れる美しい白髪が見えた。
「ガヴェイン!!」
「…………………」
上を見上げると、やっぱりガヴェインだった。唸り声を上げながら苦しい程に抱きしめてくる。そう言えば、私が抱きつく事はあるが、彼から少ない気がする。結構貴重なので思わず思いっきり匂いを嗅ぐと、「バッ!!!!」と叫ばれた。あっごめん。
引き離されたリアムは引き攣った笑みを向けながらガヴェインを見ている。
「全く。他の聖騎士から「ワンちゃん」って呼ばれる理由が分かるよ」
「ワンちゃん?」
「おい」
更に唸り声を上げるガヴェインを見るに、どうやら本当の事らしいが。ワンちゃん、という事は犬という事か?……まさか、いじめか!?ガヴェインは他の聖騎士にいじめられているのか!?なんてこった私の騎士になんてことを!私がどんどん真っ青になっていると、リアムは笑って首を振る。
「絶対シトラから離れないし、シトラの前でだけ耳が動いで喜んでいるからだって。ね、ワンちゃんでしょ?」
「おい!!!」
リアムに叫ぶガヴェインの顔は、恥ずかしそうに首まで赤くなっていた。……思わず、頭を無理矢理撫でくり回してしまう。顔が赤いまま嫌がる表情をしているが、ちょっと高めの声が聞こえたので、喜んでるなこれ。えぇ犬じゃん、忠犬ガヴェインだろこれは。
「かわいい〜〜〜かわいい〜〜〜」
「〜〜〜〜〜っ!!!!」
どうしても高い声が出てしまうガヴェインは、抱きしめていた腕を離して私と距離を取った。残念、もっと撫でくりまわして声が聞きたかったんだが。嫌われていないと思っていたが、まさかここまで好きで居てくれるなんて!昔、名前を教えて貰えなかった時に「ポチ」と名付けたのは正解だった。
「………シトラ様、遊んでないで行きますよ」
そんな私を見ていたイザークが、呆れた様に声を掛けてきた。そちらを振り向くと、アメリア、ルーベン、グレイソンも苦笑しており、私は慌てて廊下を再び歩き始めた。
あ、そう言えばイザークとアメリアの関係はどうなったんだろう?取り敢えずどこかで玉を潰さなくては。