1 王子誘拐に巻き込まれる
今から10年前、国王の座を狙う王弟殿下により禁忌の召喚術が実行された。その召喚術により、別の世界から2歳の少女が召喚されてしまう。王弟殿下は禁忌を犯したとして、王位継承権の放棄と罰を受けた。
しかし召喚された少女は元の世界に帰る術がなく、少女をどうするかが問題となった。
召喚術で呼ばれた少女には力がある。最近生まれた王子の婚約者とし、力を王国で使ってもらうか、最悪の場合は、このまま始末をすることも考えられた。
しかしその数々の提案に激しく怒りを表し「うちの養子にする!!!」と周りをねじ伏せた公爵がいた。
それが私のお父様であるヴィンセント・ハリソン公爵である。
私は元の世界も、本当の両親も、物心つく前にこちらに召喚されたので覚えていないけれど、その寂しさを忘れるくらいにハリソン家の家族に可愛がられた。
-----------------
そんなこんなでもうすぐ12歳となる私、シトラ・ハリソンは今、両手を縄できつく縛られ、知らない馬車に乗せられて何処かへ向かっている。この国の生まれに見えない顔立ちに、珍しくない焦げ茶色のセミロングの髪と目。そんな私の隣には金髪碧眼の美少年が同じく縛られて静かに座っている。
彼の名前はギルベルト・フィニアス。このハリエド国の第二王子だ。
私と同じ12歳ながら、病弱な第一王子である兄の代わりに幼き頃より公務に出ており
非常に優秀だとお父様は褒めていた。我が国では第一王子が次期国王になるという規則もないので、次期王太子は兄ではなく彼だろうと噂されている。
一応、公爵令嬢である私は1年前くらいにお茶会で挨拶をした記憶もあるが、物腰柔らかく美しい笑みを浮かべて、まさに物語の王子様のような人だった。まじで心臓バクバクだった。変な声出た。
「まさかシトラ嬢まで捕まるとは……何故中庭に?」
「ええと、ぶ、舞踏会が嫌すぎて、こっそり中庭で夜空を見ていたと言いますか」
「……」
やめてくださいそんな冷たい目で見ないでください。前に会ったギルベルト様はもっと優しかったじゃん!変な声出しても微笑んでくれたじゃん!あれは社交辞令かよちくしょー!
彼の言っている通り今日は国王主催の舞踏会であり、もちろん公爵令嬢であった私も招待されたのだが、如何せん私は貴族社会というものが苦手であり、こっそり抜け出して中庭で天体観察をしていた(サボっていた)のだ。
まさかそこに令嬢たちに囲まれ逃げてきたギルベルト様がいたことも、それを見越して賊が彼を襲い、捕らえている所を目撃し、助けを呼ぼうとした私までバレて捕まるとは思ってもいなかった。
一応、助けようとしたのにギルベルトは物凄い迷惑そうな顔で私を見るし。誘拐され挙動不審の私を見てため息も吐いている。
…なんか私悪いことしたのか?え?存在?生理的に無理とか!?
「シトラ嬢がいることが想定外なんです。本来なら私のみが捕まる予定でしたので。なので悪いとか生理的に無理とかは何も思ってませんよ」
「はーんなるほど、本来はギルベルト様のみ……なんで私が考えていたことを知ってるんですか!?」
「声に出ていました」
知らない間に声に出ていた!?まさかギルベルト様を冷たいとか悪口言っていたのも口に出していたかも!?
公爵令嬢ではあるが王族の悪口言ってたなんて何かしらの罰があってもおかしくない!
そんなことを考えていたのが顔に出ていたのだろう。ギルベルトは肩を震わせながら笑っている。
「っふ……君は本当に貴族令嬢っぽくないですね」
「……それは貶しているんですか……?」
「いや、褒めているんですよ」
いや絶対貶しているだろう。
しかしそれよりもその前に彼が言っていた言葉について聞きたい。
「ギルベルト様は今回の誘拐事件をご存知だったのですか!?先ほど、自分だけが捕まる予定だったとおっしゃっていましたよね!?」
そのまま穏やかな笑みを浮かべてギルベルトは「そうです」と話をしてくれた
「第一王子派の貴族、ペンシュラ男爵による私の誘拐事件。その実行が今日行われることは情報を得ていました。……男爵はその他にも禁止されている奴隷販売を裏家業として行っている情報もありましたが、確証のある証拠が見つからない。……そのために、今回は私を誘拐するという罪で捕まえ、その後に奴隷販売の証拠を屋敷で見つけようとしています」
ペンシュラ男爵。あそこの家の子息とは面識がある。義兄を紹介してほしいとお茶会でしつこく言い寄ってきた。困り果てていると、どこからともなくやってきた義兄が物凄い笑顔で子息を対応すると真っ青になってお茶会を出て行った記憶がある。
なんにせよあまりいい印象がないが、まさかその父親が奴隷商をしているとは……。が、つまりは元からこの事態を知っているとなれば、王子がここまで冷静なのもわかる。いつでも助けを呼べるようにしているのだろう。早く教えてほしいそう言うのは。
そう考えていると馬車が止まり、外が慌ただしくなっていた。しばらくすると何やら大声で怒鳴っている声が聞こえる。
「どうしてハリソン家の娘まで連れてきたんだ!!!」
「申し訳ございません……まさか中庭で令嬢がいるとは思わず……」
「全く何をしているんだ!?よりにもよってハリソン公爵の娘を!!行方不明だとわかればあの公爵は何をするかわからんぞ!?」
それを聞いていたギルベルトも頷いた。
「ハリソン公爵は君の為なら王族にも楯突こうとしますからね」
私の父であるヴィンセント・ハリソン公爵は自分の子供をとても愛している。元々娘が欲しかった父だが、体の弱い母は義兄を産むことすら大変だったのでこれ以上は望めなかったそうだ。
しかしそんな時に私が召喚され、公爵家の夢にまで見た娘が養子となりとても喜んだ。物凄い可愛がられようで『ハリソン公爵の娘に手を出すと家が取り潰される』とまで言われている。冗談だと思うがハリソン家は歴史も古く資産もあり、過去に何度も王族に嫁いだ娘もいるので、小さな貴族の家なら簡単に潰せてしまうだろう。…本当に嫁ぎ先がなくなるからやめてほしい。
私がいなくなったと知ったお父様は今どうしているだろう?お母様と義兄が宥めてくれていると信じておこう。
そんなことを考えていると馬車の扉が勢いよく開いた。扉の向こうには、黒髪で、青白い肌のやせ細った少年がいた。その後ろには小太りの男爵もいる。
「リアム!王子達を地下牢へ連れて行け!」
「はい」
その少年はギルバートと私の縄を持ち、そのまま引っ張っていく。この少年だけならなんとかならんでもないが、後ろには剣を持った男達がいる。
そのまま薄暗い屋敷へと入り、地下牢へ連れてこられた。地下牢はさらに薄暗い場所だったが、何個もある牢屋にはやせ細った男性や女性、さらに子供までいた。
「ここに入ってください」
牢屋の一室を指さされ、私とギルベルトはそのままそこへ入った。その際にリアムと呼ばれた少年の、少し見えた手首に無数の痣があるのが見えた。…この少年も牢屋に入っている人たちと同じく奴隷として売られるのだろうか。しかし、他の牢屋にいる子供たちよりも身なりは良く、顔立ちもやせ細ってはいるがどこか気品がある。
そのまま牢屋の扉が閉まり、リアムは私たちの方を向きながら「後で食事をお持ちします」とだけ言って地下牢を後にした。
「……彼は、まさか」
「ギルベルト様、あの子を知っているのですか?」
ギルベルトは目線を下げながら小さな声で教えてくれた。
「おそらく、彼はペンシュラ家の次男です。男爵と愛人との間に生まれた子で、体が弱く社交界へは出られないということでしたが……」
「体が弱く、ではありますけど」
弱いと言うより、虐待をされているんじゃないかと思うくらいにやせ細っている。それに痣のこともある。私の表情を見たギルベルトは少し険しい顔をしながら、やがて一回ため息を吐いて私の頭へ手を置いた。
「とにかく、これで男爵が奴隷商をしていたことも証拠として見つかりました。今はここを脱出することを考えましょう。……彼の処遇は分かりませんけれど、男爵と同じく罪には問われますがそこまで厳しいものにはならないと思いますよ」
「……そうですね。とりあえずは逃げないと…ってそういえばどうやって逃げるんです?」
「それは俺の力を使ってですよ。シトラ様」
いきなり後ろから知らない声が聞こえ吃驚して後ろを見ると、そこには銀髪の青年が立っていた。思わず叫びそうになったのをその青年に口を塞がれ、「むぐふぐぉ」と変な声だけでた。
それを見ていたギルベルトは肩を震わせ後ろを向いている。私が大声を出しそうになったから怒っているのだろう。申し訳ない。
しばらくすると王子様のような笑顔でこちらを向いた。いや、本当に王子様なんだけども。