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第07話【文化祭】

 あれから服を多数決と話し合いで決めて、その後の準備も滞りなく進み文化祭当日となった。

 学校は文化祭ムードで浮かれていた。

 この学校の文化祭では生徒の父母と地域住民にチケットを配り、そのチケットを所持している人たちのみ部外者の参加が認められている。

 もちろん開場は生徒の準備が終わった後昼前あたりからとなっている。

 そんななか俺たちは教室をカフェ風にすべく机やいすの移動をし、会場設営をしていた。


「女子着替えるから男子離れてー」


 さすがにお金がかかっているのが一目でわかるような特注の衣装を学校の更衣室使って着てしまえば学校の中の噂となってしまう。

 噂自体は文化祭の後にも立つだろうが、始まってしまえば後の祭りということなのだろうか。先でも後でも噂経ってしまったら嫉妬されてしまうんじゃないか。

 とまあ、そう言った理由から教室の片隅に更衣スペースを設けて男女交互に使用して着替えるということになった。


「ほら、行ってこい」


 優希の背中を押すとその腕を掴んできた。


「……朝陽が着替えさせて」

「無理です」

「……」


 女子の着替えの中に混ざるわけにはいかない。仮に女子が許そうとも俺が嫌だ。心臓が破裂しちゃう。


「ほら、かわいくしてもらってこい」

「……むぅ」


 優希の背中を軽く押すと、しぶしぶ歩き出し、女子たちに掴まって引き寄せられていった。元男として女子の着替えに混ざるのはすごい居心地悪いことだろう。


 むしろ、女子たちは嫌ではないのだろうか。

 そんなことを思っていると、先に数名着替えが終わり更衣スペースから出てきた。中を確認して何やら話している様子も見られる。


 少し見すぎていたようで種村と視線が合い、こっちを見るなとジェスチャーされた。

 中を覗きたいと思っていたんじゃないやい。


 視線を逸らすと、スマホに通知が届いていた。父からの連絡だった。

 どうやら店を臨時休業にして善十郎さんと共に来るらしい。

 俺はやめてくれと返した。女装した姿なんて見られたくない。

 

 それから女子の着替えが終わり、優希も出てきた。

 執事服をかっこよく着こなしている女子に囲まれて、お嬢様のようであった。


 メイド服はクラシカルなメイド服ではなかったが、学校側の意向もあったのだろうが極力露出は控えられたものとなった。女子も男子も着ることも想定しているもんね。

 しかしながら、優希の服だけはなぜか特注のデザインになっていた。大爺さんか被服関係会社の方が何かしたんだろう。


 だからと言って、クラスからは不満は出なかった。


「朝陽くん、どう?」


 クラスメイトのひとりが優希を俺の前に連れてきた。


「……かわいいと思うよ」

「……」


 優希が恥ずかしがっているのがわかった。俺の一言に湧き上がると俺も恥ずかしい。やめてほしいものだ。

 女子の準備が終わると次は男子が着替える。


 着替え終わって、外に出てくると周りの視線がこちらに向いた。

 別に嘲笑うようなものではなく「似合ってんじゃん」「いいじゃんいいじゃん」と受け入れられている。


 その空気感に俺は安堵の息をついた。

 優希が女子に色々化粧とかされたようでいつもとは違う様子で椅子に座り込んでいた。

 あの状態でだらしなく座ることは許されなかったのだろう。姿勢正しく座る姿は珍しく気品を感じられる。


「着替えたぞ」

「……朝陽」


 表情を変えないまま顔だけをこちらに向けた。俺の名前を呼んだ後はなぜか沈黙した。

 いや、俺も何か言ってもらいたいとかそういうわけではないんだが。


「タイツ履いているんだな」

「ん? ああ衣装にセットになっていた」

「へえ~」


 優希の視線は俺の脚に向けられた。


「それで? 誰かに言われたのか? 姿勢崩すなとか」

「いや」


 首を横に振ってから窓の方を見た。俺も窓を覗き込む。

 外には既に父母や地域住民とみられる大人たちが集まっていた。入場出来る時間になっているのを待っている。

 その中にひと際目立つ人物がいた。優希の大爺さんだ。


「今から気を張っていると」

「ジジに怒られる」

「だらしないのはNGか」

「……そんなとこ」


 そのまま外を眺めていると、大爺さんのすぐ近くに見知った人物もいた。志希姉だ。ひとりなら母校だしもっとラフな格好で来ていただろう。大爺さんと一緒ともなればさすがに気を抜けないらしい。


「お前の母さんも来てるみたいな」

「朝陽のお父さんは?」

「来てるよ。善十郎さんと一緒だ」


 どの家庭も気合入れて早めに来てるなぁ。俺は見られたくないし、クラスの数名もこの姿を見られたくないやつはいるだろう。


 そんなこんなで開場の時間となった。

 まあ、女装男装した同級生もしくは後輩を見に来るやつらは多かった。いつから噂になっていたか服装についてももう広まった後だったし、一部は残念なことに小ばかにしてくるような人もいた。


 そうしているうちに知り合い総出でやってきた。


「いらっしゃいませ~」


 クラスメイトの多くはその姿を見て固まった。その身体の大きさは威圧しなくても威圧感がある。

 大爺さんだ。その横にいる志希姉は歳のわりにすごく身長が低いので巨人と小人……と言ったら失礼であるが、まさしくそれぐらいの差があった。

 大爺さんたち嶋柳家は優希と種村の方で対応し始めた。


 残る父と善十郎さんはこちらで対応する


「似合ってんぜ坊主」

「……」

「照れんなって、ほら席案内しな」


 いたずらに笑みを浮かべる善十郎さん。


「大したものはないですけど、ゆっくりしていってください」

「まさか朝陽も女装してるなんてね」

「まあ……色々あって」

「うん、何事も経験経験」


 父はいつものようにニコニコとしている。


「夏休みの間にうちで手伝いしてたのはこのためかぁ? 坊主」

「いえ、夏休み終わってから喫茶に決まったので」

「そうかい。じゃ、俺はコーヒーで」

「僕も同じので」

「畏まりました」


 注文を受けて飲み物とちょっとした菓子を取りに行く。菓子は小分けされているのですぐ出せる状態にある。ただそれだけの簡単な仕事。

 ふと優希の方を見ると楽しげに話しているのが見えた。

 今日は豪快な笑い方をしていた。ちょっとうるさい。


 コーヒーを出すと「俺の店のが上手い」とか言われた。当たり前だろう。市販のものの方が美味しいなら市販のものそのまま出しているだろうこの人は。

 店で出せるものも多くはないので客は少し飲み食いしたら帰る。例にもれず父と善十郎さんも嶋柳家の面々もそこまで長居せずに退席した。


「なんで私にこのこと伝えないのよ」


 帰り際に志希姉に捕まった。


「優希から聞いてないんですか?」

「……聞いてない」

「女装男装喫茶は話し合いで決めましたけど、服のことは優希からの提案です」

「…………それ本当?」


 俺は頷いた。


「だから大爺様は……納得したわ」

「それだけですか?」

「それだけよ。私たちは希乃果のところ行くけど、あんたらずっとここにいるの?」

「……時間が空けば出回りますよ」

「そ」


 そう返事して志希姉は大爺さんたちに合流していった。

 それから間もなく、事件は起きた。

 迷惑客の来訪である。


 ちょっと態度がチャラつくだけなら、周りも黙認していた。しかし、セクハラや女装する男子を嘲笑う発言。ゴミはそこらに捨てる。誰も立ち向かう勇気はなかった。

 不幸にも先生は席を外しており、嫌な空気だけがこの場を支配していた。


 俺はクラスメイトの肩を叩いて声に出さずに手振りだけで先生を連れてくるようにクラスメイトに指示した。


「ねえ、そこの小っちゃい子こっち来てよ」


 呼ばれたのは優希だった。普段無表情のあいつも今回ばかりは恐怖が顔に出ていた。


「ねえ、君メイドさんでしょ。ほらご奉仕してよその……」


 俺は優希とその客の間に割って入った。殴られるのは覚悟しておこう。


「何お前、この子と話してんだけど」

「お客様、迷惑行為は止めてください」


 見るからに若い見た目をしているが、うちの高校の生徒ではない。近隣住民かもしくはその知り合いか。


「迷惑ぅ? いやいや、だって君らメイドと執事でしょ。ご奉仕するのは当たり前じゃん。ご主人様ってやつなんでしょ俺ら」

「違います」

「お前、舐めてんの」


 男は立ち上がって、睨みを利かせてくる。ここで引いてはいけない。暴力振るわれるのであれば、逃げれば他の人に被害が行く。


「実はこの学校警察が見回っているんですよ。ご存じですか?」


 嘘である。後で冷静になってみると見回っていたとしても警察ではなく警備員だろう。


「あ? 脅してんのかお前」

「今この状況を見られたら捕まりますよ」

「……」


 言葉が止まった。少し考えているようだった。そうだそれでいい。

 そうしている間に先生複数名が乱入。男は取り押さえられ、連れていかれた。

 連れていかれる最中、俺に対しすごい暴言が飛んでいた。


 教室の緊張が解かれた。

 誰かが泣き出したことで張りつめていた空間が動き出した。俺も泣きそうだ。実際自分が涙目になっているのがわかる。

 ちょっと立ち眩みして、机に手をついた。誰かの誘導によって俺は近くの椅子に座らされた。


「大丈夫か朝陽」


 その声の先にいたのは優希だった。

 俺は緊張が解けたことで少し涙がこぼれた。思わず顔を伏せる。


「は~~~~怖かった!」


 自分でも思ってもみない大きな声が出た。それをきっかけにしてか教室の空気が緩んだのを感じる。

 色々な賞賛が心配の声をかけられたが、どれも頭に残らなかった。先生にも声をかけられていたが、自分でもどんな対応をしていたのかは覚えていない。


 ただ、なんとかなってよかった。それだけだった。




 気づけば俺は保健室のベッドに座っていた。

 別に気を失っていたわけじゃない。

 だけど、教室から保健室までの移動したことは頭からすっぽり抜けていた。

 俺の右隣には優希が座っていて、心配そうな表情をしていた。


「……」

「大丈夫か? 朝陽」

「……うん。落ち着いてきた」

「守ってくれてありがとう」

「……」


 上手く言葉が出てこない。頭が回らない感じがする。


「すごい怖かったからさ。動けなくて……」

「うん」


 俺は相槌を打つことしか出来なかった。

 でも、優希は泣き出していた。思い出してしまったのだろう。

 俺は優希の頭を撫でた。


「前はああいうやつ見てもここまで怖いとは思わなかったんだけどな……」

「……」

「……あれの前もちょっと手を掴まれてさ。全然抵抗できなかったんだ」

「大丈夫か?」

「うん、その時はすぐ周りが引き離してくれたから」


 相手の態度が激化したのはその後からだったという。迷惑客のように扱われたのが腹立ったのだろうか。

 俺が見たのは態度が酷くなった後からだ。他の対応していたからそこまでは見ていなかった。


「朝陽こそあんな危険な真似して……」

「殴られるとは思っていた。結果的に未然に防げたからよかったけど」

「……」


 優希は身を寄せてきた。

 女子になってから優希は前より感情を見せるようになった気がする。感情を、というと少し違う。涙を見せるようになった。

 昔はボケーっとしてて感情が読み取りにくかった。


「クラスの方はどうなった?」

「一時休止だって。あの後みんなもパニックになっていて続けられそうにないって」

「……そうだよな。みんなは教室に?」

「うん。精神的に大丈夫な人は文化祭回ってきても良いって先生言っていたけど、そんな気分になれないって」


 実際にあの場に立ち会っていない人たちもクラスの雰囲気を見れば自分だけ楽しむ気にもなれないだろう。


「朝陽!」


 すると、保健室の扉が開かれて、小走りにやってきた人物に抱き着かれた。

 それは父の姿だった。父はすごく取り乱して「よかった」とばかり繰り返している。


「父さん」

「朝陽、大丈夫かい? 怪我は?」

「怪我無いよ。大丈夫」


 父はほっとして俺から離れた。


「先生から連絡あってね。すっとんできたよ。無茶はしないでおくれよ朝陽……」

「……ごめんなさい」

「おじさん、あの朝陽は俺を守ろうとして」


 優希は父に事のあらましを伝えた。それを聞いた父は俺と優希の頭をなでて慰めてくれた。安心した。

 

「善十郎さんは? 帰ったの?」

「……いや、話聞いたら『とっちめてやる』って怒って行っちゃった」

「あはは……」


 その後、続く様に嶋柳ファミリーの面々がやってきて、説明すると謝られてしまった。別に悪くないのに。

 そして同時に感謝もされた。


「朝陽君、本当にありがとう」


 大爺さんがその大きな体躯を縮こまらせるようにして頭を下げた。


「あの、ちょっとそんな頭を下げないでください」

「うちのひ孫を守ってくださったんだ。感謝してもしきれない」

「結果的に何もなかったんですから」

「この礼はいずれ……」


 話しているうちに大爺さんは涙ぐんでいき、最後には男泣きをし始めた。そして静かにしてくださいと先生に注意を受けた。


「とんだ無茶するわね朝陽」

「本当だよ~……」

「志希姉、希乃果姉」


 無茶しなければ先生が来るまでの間にどうなっていたことか。だからと言って無茶をしていいわけではない。それはわかっている。

 志希姉たちから無茶をしたことへの説教と優希を守ったことの感謝を伝えられた。


 そして、先生からいったん帰るか聞かれたが、まだ残ることにした。

 周りから見えているほど俺は重症じゃないし、せっかくの文化祭だ。楽しめるかはさておき、他のクラスの出し物も見ておきたい。


 父には特に心配された。もう大丈夫とは断言できないのが弱いところだが、残り半日程度なら何とかなるだろう。

 さすがに父、嶋柳母、大爺さんは一度帰るみたいだが、志希姉は残ると決めたらしい。最後まで俺の監視をすると脅された。志希姉の視線が痛いし、怖い。


 もうさすがに無茶はしないよ。


 帰る人たちがみんな帰った後、知らない人が謝りに来た。

 見た目は若干チャラいが、物腰は柔らかく、悪い人には見えない。

 問題を起こした人の連れらしい。

 何でも行きたがっていたから連れてきたところ目を盗んで別行動し、好き勝手やっていたとか。


 本人には会わない方が良いというのは先生もその人も共通の認識だった。

 ただしっかりとした謝罪をしたいからと父の連絡先を聞かれたが、そこは先生の判断に任せることになった。

 

「さて、なんかみんなに謝られていたら逆にこっちが悪い気がしてきたよ」

「……そうだな」


 珍しく優希が微笑んだ。


「最近、感情が表に出るようになったな」

「……そう?」

「うん。自覚ない?」

「ない」


 性別で感情をつかさどる部分が違うとか。いや、そういうわけでもないか。


「でも」


 優希は俺の手を掴んだ。


「悪いことじゃないよな」

「そうだな、悪いことじゃない」


 俺は優希の笑顔をかわいいと思った。これは女になったからなのかはまだわからない。でもこれだけは事実だ。

 優希と一緒にいると安心する。

 握り返した優希の手は小さくて柔らかった。



第08話[第2部最終]は9月26日(火)予定です。

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