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第06話【自分の意思】

 文化祭で喫茶をやるにあたって担任から出された条件はいくつかあった。


 まずはじめに食べ物について。基本的に調理が必要なものはダメ。理由としては食品衛生法だとか衛生上の問題もあるものの一番は先生が管理しきれないという点。

 なので、おそらくは小分けにされたものを出す形になるだろうという話だった。


 そして、二つ目に予算の都合。喫茶やるにせよ出し物は予算の範囲内で収めるようにということ。食べ物はもちろん、服も用意するならその範囲で。予算内で服を用意できるはずもない。担任はクラスにそう告げた。


 学校側で用意できるものについては予算から除外される。

 ただ――とつけて担任はこう言った。


「自前で用意する分には問題さえ起こさなければ大丈夫だろう」


 念を押す様に「問題を起こさなければと」もう一度言った。いるのだろう、自前で用意したと言いつつも学校に迷惑をかけた例が。

 クラス内で話し合うこととなったが、そこで決まったのは、食べ物は小分けの菓子を中心に飲み物を提供すること。

 そして、服は思わぬところから提案があった。


「俺がジジに頼む」


 優希だった。驚きのあまり俺はあっけにとられたが、周りはそうではなかった。優希を称賛した。

 確かに優希のところの大爺さんならひとクラス分の衣装を用意することも可能であろう。どれだけのお金がかかることやら……。


「そうなるとお金かなり負担させちゃいますけど、学校的にはありなんですか?」

「……俺は何も聞かなかった」


 それは好きにしろということであった。


「だけど、そうするなら先生から話をする。学校側の問題だからな」

「マジでいいの?」


 クラスがざわめき立った。


「もう出来る気でいるけど、ちゃんと許可取れんのか?」

「……わからん」

「わからんって。出来なかったら失望されるぞ」

「んー、大丈夫でしょ」


 何が大丈夫なのだろうか。

 優希の目には決意に満ちた意志を感じる。そこまでして服に拘りたいのだろうか。それとも、俺に女装をさせたいのだろうか。

 

「どんな服がいいかみんなで考えて」


 優希は周りにそう投げかけて自分が他人事のように机に伏せた。

 やる気があるのかないのか。


 そうして、小一時間ほど話し合って決まったのはメイド服&執事服に決まった。つまり、俺はメイド服を着せられる。

 

 その後、優希は休憩時間を利用してこそこそと電話をしていた。おそらく相手は大爺さんだろう。

 周りは普段通りにしているように見えるが、優希が電話していることが気になっているのがわかる。


 電話が終わると視線が優希に向く。多くの視線が集められ優希は驚いていた。そりゃあ、振り向いたらみんな見ていたら誰だって驚くだろう。

 優希は歩き出し、俺の傍までやってきた。


「条件を出された」

「なぜ俺に言う」

「……」


 少し黙った後、小声で「後で」とつぶやいた。これは俺が関わることなのか?


 そして放課後となり、下校途中で二人きりになると優希は口を開いた。


「ジジが朝陽と話したいって」

「?」


 唐突に会話が始まったから最初何を言われているのかわからなかった。しかし、すぐに今朝の話であることを理解した。


「なんで」

「……わからない」

「本当に?」

「……」


 問い詰めようと思ったが、優希はむくれるような表情をしていた。

 わからないのではなく、言いたくないのか。

 クラスの雰囲気を思うと「行かない」と言って協力を得られなければ非難の的になりそうだ。

 腹をくくって行くしかあるまい。


「先生は一緒に行くのか?」


 優希は首を横に振った。


「先生は後で、らしい」

「俺一人で何を話すんだよ」

「……」


 また黙り込んだ。どうしても俺に伝えたくない話があるらしい。隠し事は別に気にすることはないが、こうも会話が続かなくなるほど隠されてしまうと困ってしまう。


「あ、でもジジはこっちに来るらしいから」

「え」

「たぶんもうスケジュール組んでいる」

「いつ来るの」


 優希の表情が消え、視線は真っすぐ俺を突き刺した。なんだその怖い間は。


「早ければ今日」

「えっ」


 思考が一瞬飛んだ。頭が真っ白になるという感覚が近いかもしれない。次の瞬間には色んな思考がドバっと流れた。


「なんか緊張してきたんだけど」

「大丈夫だよ、ジジは別に怖い人じゃないから」

「……いやそれはなんとなくわかるけど」


 初めて会った時には豪快なほどに笑っていて、怖いというイメージはなかった。しかし、俺と話したいという意図が読めない。何をしてくるかわからない相手というのは怖い。

 いや、嘘だな。あの体格を目の前にしてビビらない方がおかしい。何かあっても勝てる要素が一切ないのだ。

 そんな人の相手をするのだ。心の準備ぐらいさせてほしい。


「朝陽、別に面接ってわけじゃないから」

「それはわかっている」

「緊張しているくせに」

「ほぼ初対面の人に緊張しない奴はいない」

「まあ、そうだな」


 ふと、思った。


「優希は一緒にいてくれるんだよな?」

「……無理かも」

「なんで」

「ジジには逆らえないから!」


 家に辿り着くと、そこには見知らぬ車が止まっていた。

 こちらに気づくと中から大男が出てきた。優希の大爺さんだ。

 まさか本当に今日来るとは思わなかった。


「ジジ、ただいま」

「うむ、おかえり。朝陽君も」

「どうも」


 一礼。前のように豪快な笑い方はせず、優しく微笑むだけだった。


「優希、あの話は?」

「した。どこでやるの」

「客人の家に突然押し掛けるわけにもいくまい。お前さんの家でやる」

「わかった」


 荷物置いて着替えたら、優希の家に来てと伝えられ、一度別れた。

 相手のスケジュールを考えずに押し掛けるのは失礼じゃないのだろうか。


 家へと入り、いつもよりちょっとこぎれいな服を選んで優希の家に移動した。

 嶋柳家の姉妹が俺の家に来るのはよくあることだが、逆に俺がこちらの家にお邪魔する機会というのはそう多くはない。

 大体優希が寝ぼけて遅刻しそうなときぐらいだ。


 中へと入り、出迎えたのは志希姉だった。その表情は不機嫌ともいえるもので、悪いことしてないのに睨まれた。


「どういうことよ。いきなり大爺様が来るなんて」

「苦情はあなたの弟に」


 ため息をつかれ、そのままリビングに通された。

 そこには大爺さんが我が家のように座って待っていた。


「突然呼び出して申し訳ない。鹿戸朝陽君」

「いえ、大丈夫です」


 大爺さんに進められて目の前の椅子に座った。

 後ろを振り向くと、優希も志希姉もいなくなっていた。


「その話というのは」


 大爺さんは考えるように腕を組み、目を閉じていた。俺はこれ以上声をかけていい者なのかと戸惑ったが、すぐに目が開かれた。


「うむ。君から見た優希について聞きたくてな」


 素行調査というやつだろうか。それが服のことと何か関係あるとは思えない。


「……ああ。文化祭の衣装については手配してある。今回は別件でな」

「そうなんですか」

「優希が話していなかったのだろう、勘違いさせてすまない。ジジイの世間話につきあってくれ」


 単純に話すタイミングを見計らっていたところ優希から電話がかかってきたということらしい。

 よかった、誰かに恨まれることはないのだな。


「優希のことはどう思っている?」

「どう……というのは」

「別に大したことではない。一緒にいるのが嫌というのなら正直に言ってもらって構わない」

「別に嫌ではないですね」

「……そうか」


 俺の言葉に微笑んだ。


「一緒にいるのは嫌じゃないですし、一緒にいすぎて生活の一部というか」

「生活の一部とな」

「……」


 これは言わない方が良い情報だっただろうか。この先を言えば優希のだらしない私生活が露になる。あとで優希が怒られるとかはないだろうか。


「ええ、私の家と嶋柳さんのところで一緒に朝食を取ったりしているって話は聞いていますか?」

「うむ」

「家族に近い感じというか、お世話している感覚に近いところは少しありますね……」

「お世話だと?」


 大爺さんは訝しんだ。やはり怒られ案件だろうか。まあいいだろう。今回の件で起こられて自立してくれるならそれは良いことだ。


「なるほど、朝陽君にそんなことをさせていたのか……」


 普段の生活をありのまま伝えた。朝食の手伝いや着替えなど普段からお世話係のように面倒を見ているという話をあまりネガティブになりすぎないように話した。でもこの人には愚痴のように聞こえてしまったかもしれない。


「優希が迷惑をかけているようだ。私の方からも言っておこう」

「でも、それも含めて優希と一緒にいるって感じはありますね」

「……!」


 大爺さんは少し驚いた表情をした。


「なるほど……優希が女になってしまったことで変わったことも多かろう」

「まあ、そうですね。少々無防備すぎて意識してしまうこともあります」

「なるほど」


 さっきから何かを納得している様子。俺の会話の何を確かめているんだ。

 それから優希に関することを中心に世間話が広げられた。

 話すにつれて、俺は聞き手役に回り大爺さんから色んな話を聞いていた。


「最後に一番聞きたかったことがある。答えてもらえるかな?」


 その言葉に俺は息をのんだ。

 聞かれたことは優希に「女でいてもらいたいと思うか」「男に戻ってほしいと願うか」というものだった。

 確かにこの話題は優希の目の前ではできないだろう。


「俺はどちらでも変わりません。優希を尊重します。」

「……いやいや、そういうことを聞きたいのではない。君自身はどちらでいてほしいかということだ」

「俺自身が」

「うむ」


 大爺さんは大きくうなずいた。俺は考えた。どちらでいてほしいのだろうか。わからない。悩んでいると大爺さんは諦めて「難しいことを聞いてしまったな」と言って帰って行った。


「だが、優希と共にい続けるつもりなら考えてみてくれ」


 と去り際に俺だけに伝えていった。

 それは漫画によくある「友達でいるか」「恋人になりたいか」を問われるシーンのようだった。

 距離が近すぎて恋人通り越して家族のような気持ちでいたが、はたから見ると煮え切らない状態なのかもしれない。

 

 後日学校にやってきたのは大爺さんではなく、大爺さんが呼んだ被服関係会社の人であった。外部の人間が学校にやってくるのはそれだけでも注目の的になりやすい。

 学校で試着することはなく、クラス全員で相手側が用意した場所に行くこととなった。教員同士でこの件について少し揉めたと愚痴っていたが、なんとか許可してもらえたようだ。

 この短期間で服を作るということはさすがに無理で、元々あったデザインから担任とまとめ役の数名が選んだものを制作してくれたようだった。


 会場に着くとそこには何着もの服と試着ルームが用意されており、クラス一同それだけで盛り上がっていた。

 いくつか候補を出して、実際に試着してみんなの意見を集めるらしい。

 みんな各々服を手に取って試着していた。

 

「お前は試着しないのか?」

「……めんどくさい」


 会場の隅っこに用意された休憩スペースの椅子に座った優希に聞いた。ここまで仕掛けて置いて自分は部外者ですみたいな顔をしている。


「そう言えば、結局お前はどっち着ることにしたんだ?」

「そういう朝陽は女装するの?」


 質問を質問で返された。

 周囲を眺めるとメイド服を着ている男子が視界に写る。わざとらしく恥ずかしがるもの真面目に感想を告げているもの、嫌々着ているもの。

 その光景を見ていると案外嫌という感情は起きていない。


「俺は女装するよ」

「!」


 優希は驚きの表情を向けた。前話した時も着るような流れだったし、今更驚くほどのことだろうか。


「こういう機会でもない限りああいう服は着ないだろうしな」

「そうだろうね。……朝陽はどっちが見たい?」


 そう言われ、俺は大爺さんに言われたことを思い出す。俺の気持ちはどちらなのか。女でいてほしいのか、男に戻ってほしいのか。

 俺にとって優希が男だろうと女だろうと特に大差ないように感じている。

 でもそれは大爺さんにとって「逃げ」にも取れる選択なのかもしれない。そして、優希に対しても。


「メイド服」

「……」

「優希のメイド服姿が見たい」

「!」


 優希は俺の言葉を最後まで聞き取るように言葉を挟まなかった。恥ずかしいような嬉しいようなそんな表情をしていた。


「お前が男に戻ったらもう見られないだろうしな」

「……言われてみれば」


 またいつもの怠そうな無表情に戻った。

 

「じゃあほら、行くぞ」

「行くって?」

「試着」

「やだめんどくさい」

「ダメです」


 俺は駄々こねる優希の腕を引っ張って立ち上がらせた。その勢いのまま優希は俺の胸に飛び込んできた。ふわりといい香りがする。手入れは姉さんたちだろう。

 同い年とは思えない軽い身体だこと。

 俺は優希を担ぎ上げて、お姫様抱っこをする。


「ほら、行くぞ」

「……」


 優希は抵抗することはなく、俺の腕の中で静かにしていた。



第7話は9月19日(火)予定です。

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