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第08話【近距離】

 文化祭は2日かけて行われる。


 1日目はクラスの出し物、2日目は部活動・その他の出し物と決められている。この学校は部活動入部率が高いらしく、それぞれで何かしらやっているようだ。

 全部活でやっているというわけではなく、希望した部活およびグループのみが出している。もっともお祭りごとが好きな人が多いのか、参加する部活は多い。


 しかしながら俺と優希は数少ない帰宅部員なわけだが。

 じゃあ、帰宅部員はどうするか。

 完全出し物をやらずに2日目は文化祭を回るだけ、もしくは生徒同士で募ってバンドや展示物、同人本を出している人もいるらしい。


 騒動の後、気持ちを落ち着かせる意味でも俺は優希と一緒に文化祭を回ることにした。特に楽しみたい気分でもないが、お祭りの雰囲気を浴びたい。

 クラスの出し物は様々、俺のクラスと同じように喫茶をやるところ、お化け屋敷、占いの館、中には春ごろから準備していたであろう展示物を並べているクラスもあった。


 だが、俺は廊下を歩くだけで中には入らない。ただ眺めているだけ。

 そんな俺にしがみつくようにして着いて回る優希。そのちょっと離れたところに志希姉が探偵のように見張っていた。


「見たいところあったら俺に遠慮しなくていいんだからな」

「別にない」

「そう」


 優希は昔から祭りで楽しそうにしているところはあまり見たことがない。本人曰く苦手でもないし、嫌いでもない。自分なりに楽しんでいる。とのことだった。

 そうであるのなら俺には何も言うことはない。

 何やら自分に周囲の視線が向いていることに気づいた。

 視線を降ろすとそこでようやく思い出した。


「あ」


 俺は今女装をしていた。

 優希はちゃっかり制服に着替えていたからまったく気づいていなかった。


「優希」

「なに」

「なんで教えてくれなかったんだ」

「なにを」


 こちらを見ない。分かっていて黙っていたなこいつ。


「これ。服」

「ああ、別に良いじゃん」

「……」

「今日はそのままでいてほしいなー、とか」

「……」


 今から着替えに戻ったらクラスの雰囲気は最悪だろう。もう少し心を落ち着かせたい。もう少し……。


「わかったよ」


 俺は現状を受け入れるしかなかった。

 その後、校庭のスペースに設営されていたスペースに腰かけて休憩することにした。

 校庭ではクラスの担当を持たない先生やOBOGの人たちが集まって何かしら食べ物を出していた。

 俺たちは焼きそばを買って、食べることにした。


「……そう言えばジジと何話したの? 俺んち来た時」

「ん~? まあ、お前のことを色々とな」

「へえ」


 気になってはいたらしい。別に隠すようなやましい話はしていない……はず。俺は思い切って、大爺さんに投げかけられた話を振ってみた。


「優希に女でいてほしいか、男に戻ってほしいかって聞かれたよ」

「えっ」


 優希はバッとこちらに振り向いた。


「それで……朝陽は」

「優希の意思を尊重するって言ったら、お前自身はどっちがいいのかって」

「それで……!」


 やけに食いついてくるな。


「答えられなかった」

「はあ?」

「別に男だ女だ意識してお前に付き合っているわけじゃねーし」

「……やっぱりヘタレてんな」

「悪かったな」


 優希は大きく口を開けて焼きそばを待つ体勢を取った。

 俺は多すぎない程度の量を取り、食べさせた。


「言われてみると、確かにどっちでいてほしいんだろうなってさ」

「朝陽は俺の意見を聞きたいわけだ」

「いや、俺の答えって逃げかなって」

「逃げだろ」

「やっぱり?」


 食べ物を飲み込んで優希は答えた。


「マルかバツかで答えなさいって言われてサンカクですって言ったら間違いだろ」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、お前はどうなんだよ」

「……俺は」


 悩むように空を見上げて、俺の方に向きなおった。


「今は女の方に傾いている」

「ほう」

「悪いことばかりじゃないなって。朝陽がかっこよく見えたし」

「それは良いことなのか……?」


 優希はふふっと笑った。


「朝陽に守ってもらえるなら女でも良いかなって思える」

「……」


 俺は男でも守るぞ、と言いかけてやめた。それこそ逃げの返しな気がする。


「……まあ、女で嫌なことも結構あるけど」


 そして、苦そうな表情をしてそう言った。


「まあ、そうだろうな」

「男の時の方が楽だったとは思わないけど、身体の変化を味わうたびにもう男に戻れませんって言われているようで不安になる」

「……そうか」


 優希は身を寄せてきた。


「仮に女性として生きていくのなら、俺は朝陽とがいい」


 俺は何を言われたのか、理解するのに数秒かかった。これはあれだ。

 告白というやつだ。

 大爺さんの言っていたことはもしかしたらこういう話だったのかもしれない。


「何も言わないで。朝陽」

「……」

「俺もどっちになりたいか決まっていないから」

「……」


 優希にとっての逃げなのかもしれない。


「似た者同士だな」

「……そうだな」


 後ろに座る小さな影。振り向くとそこに志希姉はいた。


「志希姉、聞いていた?」

「何も」


 不機嫌そうに買ってきた食べ物を口に運んでいる。


「あんたらはズルズル答えを引き延ばしているつもりでしょうけど、人間なんてゼロヒャクで決められるものじゃないでしょ」

「……というと?」

「自分が納得すればどっちだっていいのよ」


 そういう考えもあるか。思わぬところからフォローが入った。


「志希姉は」

「私は女でいてもらった方が良いわね」

「なんで」

「朝陽のところに嫁がせられるから」

「結局それですか」


 この姉も優希の味方ということらしい。いや、別に敵対しているわけではないが、この状況で断ろうものなら罪悪感で潰れてしまいそうだ。


「そうよ、ただでさえ男出が足りないのに減ったんだから、使える男は引っ張ってこないと」

「志希姉が俺とってのは?」


 すごい形相で睨まれた。冗談です冗談。本気なんてこれっぽっちもないです。



「私は良いのよ、出会いなんて。……」


 黙り込んでしまった。希乃果姉さんから聞いたことがある。その年相応に見えない容姿の影響で恋愛関係は苦労したのだとか。


「とにかく。大爺様がああ言っていたからと言ってどっちかで答えを出さなくてもいいのよ」

「……はい」


 俺は頷いた。


「さて、そろそろ私は帰るけど、もう大丈夫よね」

「ええ、ありがとうございます」

「ん、じゃ気をつけなさい」


 そう言って大人数で食べたかのような量のからの容器を手にして去って行った。


「俺たちも行くか。……クラスの状況怖いけど」


 優希は寄りかかったまま動かなかった。


「もう少し」

「?」

「もう少しだけ待って」

「……わかった」


 俺たちはその後少しの時間その場にとどまった。

 ゆったりとした時間が祭りの空気と自分たちとを切り離しているようで、不思議な感覚だった。

 いつしか、優希は眠っていて俺は()()を抱いてクラスまで戻ることになった。


次回最終章は12月ちょっと前にやります。

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