第90話 艦隊決戦! イケナイコト大好き貞操逆転帝国と、イケナイコト推奨なヤマトミコナデシコな国
ヤマトミコ海軍の艦隊が大海原を進む。群青色に染まる海は砕ける波濤が次々と押し寄せ、まるでこれから始まる激しい戦を連想させるようである。
超大型鉄甲船日輪丸の甲板で、揚羽は遥か海の彼方の大陸を夢見ていた。
世界の果てに存在するヤマトミコは外国を知らない。大陸に思いを馳せ、夢とロマンを追い求める者は多いのだ。この織田揚羽もその一人だった。
「天気晴朗なれども波高しであるな! くくっ、大陸には何があるのか楽しみだ!」
そんな好奇心でいっぱいの揚羽とは真逆に、一緒に乗船しているゲルハースラントの異文化交流大使兼スパイであるフロレンティーナ・フリーデルは憂鬱な顔をしていた。
「はぁ……ワタシは、ずっとヤマトミコで美味しい料理を食べたり遊んでいたかったデース……」
気落ちしたフロレンティーナが気になるのか、揚羽が声をかけた。
「おい、おぬしのことだから何か本国から情報を得ておるのだろ。何があった? 話してみよ」
「スパイのワタシが本当のことを話すと思いマスデスカ?」
「それも良し! 誰の話が真実か嘘か、そんなものは我が決める。是非に及ばず」
そう言って笑う揚羽に、フロレンティーナは少し微笑んだ。
彼女はこの豪快で愉快で子供っぽくて怒りっぽい揚羽のことが好きだった。人は彼女をうつけ者と呼ぶ。しかし、一緒に過ごしていて、これほど刺激的で好奇心を満たしてくれる人間はいなかったのだ。
「こ、これは、ワタシの独り言デース」
そう前置きしてからフロレンティーナは話し始めた。
「今のゲルハースラントは危険な状況デース。ある男の野望により急速に軍国化が進みマシタ。新型魔導兵器を開発し、ルーテシア帝国に侵攻する予定デスネ。ヤマトミコが攻め込むタイミングに合わせて行われるはずデース」
海を見つめながら話すフロレンティーナに、揚羽は横に並んで黙って聞いている。
「ワタシは帰りたくないデスネ。本国にいた時は、あの男の為にスパイとして働くのが喜びだと思ってイマシタ。デスガー、今のワタシは面倒くさくなってシマイマシタ。あの時のワタシは何だったのかワカリマセーン」
「それは心を操る術かもしれぬな」
揚羽の言葉でフロレンティーナはハッとする。
「術……精神系スキルのことデスネ」
「うむ、世の中には心を操る特殊能力の者が存在する。我のような強き者には効かぬだろうが、一般の民は簡単に洗脳されてしまうのだ。おぬしは、ある程度の能力があり、離れていて術が解けたのかもしれぬな」
揚羽の話で心当たりがあることに気付く。
「やっぱり……ワタシは……」
「しかし我らを利用するとは面白い。むしろゲルハースラントと戦ってみたくなったぞ」
フロレンティーナの話を聞いて、余計に揚羽の闘志に火をつけてしまったようだ。子供のように楽しそうな顔をしている。
「わ、ワタシの話は全部ウソでアナタを騙しているかもしれないデスヨ」
「それも面白い。我を欺けるのならばやってみるも良し! 例え謀反であってもな! がはははっ!」
謀反とかフラグっぽいことを言ってしまう揚羽だ。何となく彼女といえば謀反に遭いそうなイメージがする。
「それより、おぬしの髪は綺麗だな。それに絶妙な腰つき。どれ、たまには西洋の女も良いかもしれぬ。どうじゃ? 我と夜伽は」
ゾクゾクゾクッ!
揚羽の手がフロレンティーナの腰に伸び、その絶妙なタッチで体の奥に震えが走る。
「あ、あの、ワタシはそっちはナイと言いマスカ……」
サッと揚羽から離れて距離を取るフロレンティーナ。油断すると目眩く百合の世界に足を踏み入れそうになってしまうからだ。
「そうか、残念であるな。ヤマトミコ乙女たるもの、戦には女小姓を連れて行くものだからの。女の甲斐性である」
そう、ヤマトミコに於いて戦の最中には異性とイケナイコトをするのは控えられていた。そもそも未婚のヤマトミコナデシコたるもの、男と簡単にイケナイコトするの不作法ではしたないのだ。
しかし、百合は許されている為に、名だたる女武者はお気に入りの女小姓を連れて行くのが習わしである。
貞操逆転世界であるルーテシア帝国は初心な男を攻めまくる女の国であるが、ヤマトミコは初心な女を攻めまくる百合の国でもあるのだ。
「くくっ、断わられると更に燃えるというものだ」
「ひぃいいいいっ!」
「どれ?」
「ああぁ、新たな官能の世界デース!」
フロレンティーナが百合堕ちの危機が迫ったところで、部下から敵発見の情報が入った。あと一歩遅かったら彼女の人生観が変わっていたかもしれない。
「敵艦隊発見! 敵の大艦隊が二列になった複縦陣で向かってきます」
敵発見の報で艦上が慌ただしくなる。ヤマトミコ海軍の提督である九鬼巴が、意気揚々と揚羽の前に出た。
「揚羽様、いよいよですな!」
「おう、巴、任せたぞ!」
「お任せください!」
揚羽の期待を受けた巴が指揮所に上る。
いよいよ二大国の全面的な海戦が始まろうとしていた。
一方、ルーテシア海軍ミーアオストク艦隊では、司令長官ヤーナ・アリョーシナが高笑いをしていた。
「はーっはっはっはっは! 来たな、島国の田舎者め! 偉大なるルーテシア帝国に喧嘩を売ったのを後悔するがよい! 海の藻屑にしてやるわ! はーっはっはっはっは!」
「司令長官、陣形と戦法はどういたしましょうか?」
部下が陣形を聞くがヤーナは気にもしていない。勝利を確信しているのだろう。
「陣形などどうでもよい。撃て! 撃ち続けよ!」
「はっ!」
旗艦からの発砲を合図に、ルーテシア艦隊は魔導砲の一斉射撃に入った。
「撃てぇええええっ!」
ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ!
再びヤマトミコ艦隊の日輪丸――――
ルーテシア艦隊の発砲を受け、指揮所の巴と部下たちには緊張感が漂っていた。
「巴様、撃ち返しますか?」
部下の声にも巴は落ち着いている。
「まだ待て。もっと引き付けてからだ。長距離射撃など、そう当たるものではない。例え当たったとしても、この鉄甲船ならばびくともしないはずだ!」
甲板から敵艦隊を眺めている揚羽も、船が沈むのは全く考えていないようである。
「ふははっ! 鉄甲船の防御力を見せてもらおうか!」
いつの間にか近くに来ていた側近の羽柴桐も、調子よく続いた。
「ひゃぁ~っ、爽快でありますなぁ、揚羽様。この鉄甲船は不沈艦。大船に乗ったつもりでおりまする」
ズドドドドドドォーン!
「うわああああっ!」
ちょうどその時、一発の魔法弾が船に命中し、桐が甲板を転げて消えて行ってしまう。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――
「うひゃぁああああぁぁぁぁ」
一大事であるのだが、小柄でモフっとしたサルっぽい桐が転げる姿で、揚羽の顔に笑みが浮かんでしまった。
「ぷっ、その大袈裟な転げ方。愉快なヤツよ」
「きゃぁああっ! あ、揚羽サーン! ダイジョウブじゃないデスヨー!」
フロレンティーナは必死の形相で近くの手すりにしがみ付いていた。
「おえっ! げぼっ! げぇええええっ! な、何で拙者がこんな目に……」
見切れた端で明智桔梗がゲロインになっているのは誰も気付いていない。帝国攻めに参加させてもらい喜んだのも束の間、出航してからというもの船酔いが激しくなり最悪の状況である。
指揮所の巴は、まだ砲撃の合図を出さない。それどころか、まさかの敵前大回頭の命令を出してしまう。
「よし、艦隊一斉大回頭、取舵いっぱい!」
この海軍の常識を打ち破る命令に、部下たちがどよめいた。
「あ、あの、敵前で大回頭ですか? 狙い撃ちにされます」
部下が巴に進言する。
「いや、ここは大回頭だ。こういう危機的状況で艦隊一斉大回頭、丁字戦法をするのは海戦のロマンだろ」
「は、はあ……」
開戦のロマンで渋々納得した部下が艦隊大回頭の指示を出す。
「取ぉぉり舵いっぱぁぁぁぁーい!」
「ヨーソロー」
号令でヤマトミコ艦隊が一斉回頭する。ネルネルがこの場にいたら、きっとヨーソローで大喜びかもしれない。
まさかの敵前大回頭をするヤマトミコ艦隊に、ルーテシア艦隊のヤーナは大喜びだ。
「ふぁーっはっはっはっは! 血迷ったか! 戦闘中に横を向くとは的にでもなる気かヤマトミコめ! 撃て撃てぇええええっ!」
ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ!
一方的に攻撃されている状況に、さすがの揚羽も心配になってきたようだ。
「この鉄甲船は不沈艦だから……大丈夫なはず。たぶん……いやきっと……」
「ダイジョウブじゃないデース! 負けそうデスヨ! 揚羽サーン!」
フロレンティーナは完全に正気を失っている。
「ふっ、人間五十年……夢幻の如くなり……」
「きゃぁああっ! 嫌デス! まだ二十代デース!」
揚羽たちは大騒ぎだが、指揮所の巴は海戦のロマンで歓喜に満ちていた。根っからの海の女である。
「よし、十分引き付けた。砲撃始め! 魔導砲一斉射撃」
ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ!
巴の命令で一斉に砲撃が始まった。
複縦陣で進むルーテシア艦隊の前を塞ぐように横一列に並んだヤマトミコ艦隊の一斉射撃が始まる。
近距離まで引き付けた敵を正確に射撃し船体を撃ち抜く。魔導砲の直撃を受けたルーテシア軍艦は次々と爆発炎上して沈んでいった。
これまでの戦局を一気に逆転する完全勝利である。
◆ ◇ ◆
ミーアオストクの城で戦況報告を待っていたマミカの許に、海軍全滅の訃報がもたらされたのはすぐ後のことであった。
「報告します、本日午前、敵艦隊と遭遇し戦闘となりましたが…………」
報告している部下の声が止まる。
「で?」
「はっ、そ、その……我がルーテシア帝国ミーアオストク艦隊は全滅。被害甚大。敵の損害は軽微」
「は?」
まさかの全滅の報告を聞き、マミカの思考が完全に停止してしまう。暫く固まってから目の焦点が合い始める。
「ちょ、ななな、なに全滅してるしぃいいいいいいいいぃぃーっ! バカなの? ねえ、バカなの!? もぉおおおおおおっ、最悪ぅううううっ!」
ただでさえ戦力不足で不利な状況のなか、まさかの海軍全滅でヤマトミコを向かい撃たねばならないのだ。どうにもならない思いのマミカは、全力で空に向け文句を言った。
お読みいただき、ありがとうございます。
第三章になります。
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