第60話 ロゼッタは剣となり、クレアは裸になる
「どりゃああああっ! 縮地紫電一閃!」
レジーナの剣速が雷撃のように煌く。極限まで速度を上げた踏み込みは、まるで瞬間移動のように距離を詰める東洋の伝説技縮地。そこから放たれる一撃は、人の目には捉えることができぬ閃光と化していた。
ズザンッ、シュパァァァァァァァァーン!
「うわあっ!」
「きゃああっ!」
「ああっ!」
その場にいる剣士三人、ユリア、リーゼロッテ、ヒナタが弾き飛ばされる。辛うじてユリアが剣で受けた為、後の二人が致命傷を避けられた形だ。
返す刀でロゼッタに斬りかかるレジーナ。その動きを目で追えたのはロゼッタだけだ。ナツキの方に向かう動きを一瞬で察知したロゼッタが瞬時に動き受け止める。
ガンッ!
バシッ!
「ろ、ロゼッタ殿、相変わらず激烈な拳でありますな」
レジーナがそう言うのも無理はない。一撃必滅のレジーナの剣を、横から超音速のパンチを当て軌道を変えたのだから。
しかも次の瞬間には剣身を素手で握り完全に止めてしまう。こんな芸当ができるのは、世界中探してもロゼッタ一人だろう。
「やめるんだ、レジーナ。キミと戦いたくない」
「私は、そこの勇者と戦いたいのでありますよ」
ギシッ、ギギギギッ――
剣を握ったロゼッタの握力が、まるで万力のようにガッチリと固まる。剣聖レジーナの剣が動かない。
「ナツキ君はやらせない。絶対に」
「た、戦いたかったのでありますが、あまり強そうには見えないのでどうしたものかと……」
ギギギギッ、ギギギッ――
「ロゼッタ殿、その手を離してしれまいか。私も戦友の指を落としたくないのでありますよ」
いくらロゼッタの握力が強く超防御力があるといっても生身の肉体なのだ。レジーナは剣技を使いロゼッタの指を切断するのを心配していた。
「斬れるものなら斬ってみるかい?」
「やめておくのでありますよ!」
パッ!
レジーナが剣を離した。剣士なら引くか突くかと思うが、この最強女騎士は体全体が剣なのだ。
「龍牙破撃!」
ズバアアアアーン!
レジーナが剣を離した瞬間、彼女が強烈な勢いで足を蹴り上げた。そのつま先は、まるで龍の牙の如く鋭い剣となりロゼッタに襲いかかる。
「ぐううっ、剣士なのに体術も得意とか……」
「体術では敵わないでありますな……」
クルッ、ガシッ!
いつの間にかレジーナが剣を握っている。
龍牙破撃を出した瞬間、両腕でなければ防げないと判断したロゼッタが、剣を離してガードしたのだ。
更にそれを読んでいたレジーナが、後方に飛ぶ瞬間にロゼッタが手放した剣をキャッチするという離れ業まで決める。
再び対峙する大将軍二人。接近戦に於いて間違いなく世界最強の対戦だろう。
一瞬も気が抜けない二人の攻防だが、ナツキは人質になったというマミカのことで頭がいっぱいになってしまう。
「マミカお姉様が……人質に……そんな」
一緒に旅をし、時に剣技を教えてもらい、時に帝国の文化を教えてもらい、時に身の上話をした大切な女性だ。そんなマミカが敵に捕まったとあらば、頭がどうにかなってしまいそうなほどに動揺してしまう。
『ナツキ、強くなりなさい! 強くなって見返してやるのよ!』
『自分の価値は自分で決めるの! 他人が勝手に決めた価値を受け入れちゃダメ』
『自信を持ちなさい。自分は世界に一人だけしかいない大切な存在だって』
ナツキの脳裏にマミカの言葉が思い浮かぶ。
ゴミスキルと言われ自信を失いかけていたあの頃――何度も何度も繰り返し練習しても、スキルも剣技も上達しなかった幼年学校時代――
そんな自分に、前を向いて歩くことを教えてくれた人なのだから。
「お姉様……行かなきゃ……マミカお姉様を助けに」
そう呟いたナツキだが、目の前には地上最強の剣聖、宮殿入り口には敵の大軍勢、宮殿の周辺にも多くの兵士が控えている。当然、マミカが捕まっている場所にも強敵がいるはずだ。
「どうやって……隙をついて宮殿入り口に……。いや、ダメだ。レジーナさんが来る前なら、ロゼッタさんの戦闘で隙が作れたはずだけど。今は完全に塞がれて通る隙間もない……」
焦れば焦るほど考えが纏まらなくなる。
「ううっ、こうしている間にも、マミカさんが酷いことをされてるかもしれないのに……行かなきゃ! 何としても!」
ナツキが宮殿入り口への突破を考えているころ、その入り口を固める近衛軍ではとんでもない命令が出ていた。
「よし、今がチャンスだ。弓兵隊、魔法攻撃隊、全軍で集中攻撃だ! 目標は勇者とロゼッタ!」
近衛軍長官ソーニャが命令を出した。
隊列を組んだ近衛軍が一斉に攻撃態勢に入る。
「お待ちください! このまま撃てばレジーナ様にも当たりますぞ!」
そのレジーナの初撃で倒れているユリアが叫ぶ。堅物のユリアとしては、大将軍一対一の戦いを卑怯な攻撃で汚すのが許せないのかもしれない。
「やかましい! 小娘風情は黙っておれ! 撃てっ! 撃てええっ!」
ズババババババババババッ! ズババババババババババッ! ズババババババババババッ!
一斉に矢が放たれる。何百、何千もの矢は、空を覆うほどの雨のように降り注ぐ。
「うわああっ! 何でありますか!」
キンッ、キンッ、ガンッ!
レジーナが剣で矢を叩き落しながら後退する。
「ナツキ君、危ない!」
ガバッ!
「ロゼッタさん!」
ロゼッタがナツキの上に覆いかぶさり、降り注ぐ矢の雨から守っている。自分の背を盾にしながら。
「ロゼッタさん! 矢が……」
「だ、大丈夫だから。わ、私の防御力は。ぐっ!」
超防御力で矢を通さないロゼッタの肉体だが、何処までもつのか分からないだろう。
「ロゼッタさん、戦って。ロゼッタさんが死んじゃう」
「ナツキ君……キミは、キミだけは死なせない」
ロゼッタの目に、地面に空いた下水道の入り口が留まった。何百キロもある重い石で蓋されたものだ。
「ぐうっ、これは……この下は下水道なのか。ここからなら脱出できるはず……ぐああああああっ!」
ズガアアアアーン!
スキルで鋼鉄のように硬くなったロゼッタの手が巨石の蓋を抉る。
「ぐおおおおおおっ!」
一人では絶対持ち上がらないであろう巨石が動いた。その下には宮殿から続く下水道が流れている。
「ナツキ君、一旦逃げて体勢を整えるんだ」
「ロゼッタさん、一緒に」
「私は、ここで大軍を止めるから」
「でも」
「大丈夫、私の強さは知ってるだろ。また後で……」
「ロゼッタさん!」
ドンッ!
ロゼッタがナツキを下水道の中に押した。
「ロゼッタさああああぁぁぁぁーん!」
ザバァーン!
ガガガガッ、ゴゴゴッ、ドスーン!
ナツキの無事を確認したロゼッタは蓋を元に戻す。そして近衛軍の方を向き高らかに宣言した。
「全軍でかかってくるがよい! 我が名はロゼッタ・デア・ゲルマイアー! 心優しき者の剣となりし真の帝国騎士なり! うおおおおおおおおおおおおーっ!」
スキル剛煌破軍。極限まで防御力を高めたロゼッタの肉弾特攻技だ。その超防御力は、一軍を突破する巨大な剣と化す。
「撃て! 撃て! 何をしておる! 撃たぬか! 魔法隊、一斉攻撃だ!」
鬼気迫る表情で突進するロゼッタの恐れをなしたソーニャが、オロオロしながら部下を怒鳴り続ける。
降り注ぐ矢を全て弾き飛ばしながら突き進むロゼッタに、気を失いそうなほど恐れているのだ。
ドンッ! ドドドドドンッ! ドドドドドドドンッ! ズババババッ! ズドドドドドンッ! ズババババッ! ドドドドドンッ!
数千の魔法攻撃隊の魔法が同時に炸裂した。ロゼッタの体が爆炎に包まれ、周囲の建物が爆風で崩壊する。
ドガガガガガッガラガラガラガラガラッドドドドドドドォォォォーン!
爆風と土煙が収まったそこには、大量の瓦礫の山が築かれ、ロゼッタの姿は何処にもない。
「や、やったのか!? や、やったぞ、反乱軍を倒したぞ!」
子供のようにはしゃぐソーニャ。そして、勝負を邪魔されたレジーナは茫然と瓦礫を見つめる。
「えっ……ロゼッタ殿? えええっ! ロゼッタどのぉぉぉぉーっ!」
我に返ったレジーナは、ロゼッタが埋まっている瓦礫を掘り返し始めた。
◆ ◇ ◆
巨大触手に乗って宮殿を目指していた二人の大将軍だが、今は予想外の事態に直面し困っていた。困っているのは、特にクレアの方だが。
「これは欠陥工事なんだナ」
ネルネルが呟く。
西側大通りを進んでいた巨大触手の怪物だが、その重みに耐えられなかったのか、下水道の上に差し掛かった時に地面が陥没したのだ。
落ちた時の衝撃でネルネルの魔法が解除され、巨大触手は消え去り、二人は途方に暮れていた。
いや、もっと問題なのは、すっぽんぽんのまま放り出されたクレアなのだが。
「きゃっ♡ はあぁん♡ わ、わたくし、裸ですのよ。こ、こんな格好で街中に……。ダメっ♡ ダメですわぁ♡ こんな破廉恥なの誰かに見られたら♡」
もう羞恥心が限界突破しそうなクレアが、完璧な曲線を描く胸や尻を必死に手で隠している。いや、色々と隠しきれていない。
これまで恥ずかしい目に遭ってきた彼女だが、ここにきて帝都中心部で裸になるという露出プレイまでしてしまう。
そんな二人のところに、宮殿側から下水道を流れてくるナツキの姿が目に入った。
予期せぬ事態で計画が狂っているナツキ姉妹、遂に反撃の狼煙を上げる時が来るのか。そして、裸のクレアの運命は。




