第23話 それぞれの事情
「あはっ、はははっ、シラユキとマミカって相変わらず仲悪いわね。士官学校時代から悪かったみたいだけど、大将軍に任命されてからもギクシャクしてたようだし」
二人の言い合いを見ていたフレイアが笑う。自分も前はギクシャクしていたのに忘れているようだ。
「それは、シラユキが態度悪いからだし!」
「マミカが男にモテてる陽キャなのが悪い」
「それ関係無いでしょ!」
「確かに……」
マミカとシラユキの舌戦が繰り広げられる。噛み合っていないようだが。
「ふぅ~ん、シラユキって、アタシがモテるから嫌いなんだぁ」
「うっ、ちょっと……ず、図星……」
「きゃはっ、アタシの勝ちぃ!」
不毛な戦いである。
「ちょっと、マミカも怖がられていただけでモテてないでしょ。恐怖のドS女マミカに目を付けられたら調教されるって、私の学年にも知れ渡ってたわよ。取り巻きがチヤホヤしてたのも、怒らせたら何されるか分からないからだと思うけど」
二人の不毛な戦いに、フレイアがツッコミを入れた。新たな爆弾投下である。実はマミカも非モテのようだ。
ガァァァァーン!
「ぐっ……ああっ! アタシの暗黒学校生活がぁ!」
ただでさえ精神系魔法最強のスキルを持っているのに、更にドS女との噂まで広がっていれば男も怖がるというものだ。陽キャのように振舞っていたマミカだが、実際は非モテの学校生活だった。
「うっさいわね。あからさまにアタシの力や地位に媚びを売ってきたり、陰でコソコソ悪口言ってる男なんかに興味は無いし。まっ、施設にいた頃よりマシだけどね……(ぼそっ)」
少し寂しそうな顔でマミカが呟く。
「えっ、何か言った?」
良く聞こえなくてフレイアが聞き返す。しかしマミカはスルーして話を続けた。
「それより何しに来たのよ! まっ、どうせアタシを殺りに来たんでしょ。あのババアにでも命令されたの?」
完全に二人を刺客だと勘違いしているマミカ。もうヤケクソで戦闘態勢だ。
「簡単には殺らせないし! アタシを敵に回したのを後悔しなさい! 超絶可愛いくて最強のヒロイン、大将軍マミカ行きまーす!」
可愛いのに何かロボっぽいものが発進しそうな掛け声を出すマミカだ。ちょっと変わった子かもしれない。
「あんた……何やってんの。バカなの?」
唐突な戦闘態勢でフレイアが呆れてしまう。
「はあ? アタシを抹殺しに来たんじゃないの?」
「んなわけないでしょ。何でそうなるのよ?」
やれやれと言った顔のフレイア。完全にマミカの早とちりだった。
「だいたいねえ、マミカって士官学校時代から変わってたわよね。趣味とかファッションセンスとか。それに、誰も信じていないというか……私たちのことも信じてないから殺りに来たとか言ってるんでしょ」
「ぐっ……あ、当たり前でしょ! 簡単に人なんて信じたら裏切られるのよ! 特にあんたたちみたいな凶悪な大将軍なんて」
少しシリアス展開になりそうなその時、シラユキから変な声が聞こえてきた。
「ふっ、ぐっふへっ……」
目が鋭くて美人なのに、ニマァっと少しキモい笑みを浮かべる。
「マミカも非モテ……ふひっ……陽キャじゃなかった。私と同じ……非モテ仲間?」
「はああ!? 一緒にするなしぃ!」
マミカ渾身のツッコみ。非モテの称号はお断りだ。
「てか、シラユキって、こんな性格だったっけ? もっと凍てつくようにクールで、視線で人を殺めそうなくらいピリピリして他者を寄せ付けない子だったはずじゃ」
マミカの問いにフレイアが代わりに答えた。
「私もそう思ってたけど、付き合ってみると意外に面白いのよねえ。あと、この子って陽キャやモテ女子が嫌いみたいで。ホント変な子でしょ」
陽キャというフレーズにシラユキが反応する。
「うっ……べつに嫌いじゃない。陽キャのノリに付いていけないだけ……だって、陽キャって『ウェイ』とか合言葉で不特定多数の男子とエッチしまくったり、バーベキューして野外で〇〇しちゃったりするのでしょ」
シラユキの想像する陽キャに偏りがあるようだ。
「ほら、こんな感じ。私も誤解していたけど、シラユキってホント面白いわ」
ポンポンっ!
シラユキの方に手を回したフレイアが、彼女の肩をポンポンする。まるで仲良しみたいだ。
「あ、あんたたちって、そんなに仲良かったっけ? 前は険悪な雰囲気だったような……」
マミカがそう言うのも当然だ。士官学校時代も軍の要職についてからも、二人が仲良く話している場面など誰も見たこともない。
「って、そんなことはどうでも良いのよ。それより何で二人はアレクシアグラードにいるのよ。デノア王国攻略のためにリリアナ方面に派遣されてたはずでしょ」
そう言ったマミカを、二人はビミョウな顔になって見つめる。まさに『お前が言うな』状態だ。
「いやだって、マミカこそ何でここにいるんだ。確か極東のミーアオストクに飛ばされてたはずじゃ?」
当然フレイアがツッコむ。
「出奔? 逃走? 軍規違反?」
シラユキもツッコむが、自分のことは棚に上げている。どっちもどっちだ。
「あ、アタシのことはどうでも良いでしょ! あのババアにはチクらないでよね! じゃ、アタシ行くから」
色々ツッコまれるとマズいと感じたのか、マミカが背を向けて歩き出そうとする。
その背中にフレイアが声をかけた。
「マミカ、ちょっと聞きたいんだけど、この街でナツキっていう名の少年を見かけなかった?」
「えっ!」
突然、フレイアの口からナツキの名が出て、マミカの足が止まった。
「知ってるの?」
「いいえ、知らないわね」
咄嗟に知らないふりをするマミカ。しかし、頭の中では一気に疑問が膨らんでしまう。
ちょっと、何でフレイアの口からナツキの名前が出るのよ。知り合い?
待って、そういえば先日の剣術特訓の時、ナツキの口から『故郷にフレイアっていう名のエッチな女がいる』って聞いたような。そのエッチな女ってのがフレイアとか……。いやいやいや、接点がまるで見えないし。
「その少年がどうかしたの?」
少し探りを入れようと、マミカが質問をした。
「それが可愛くってさ。えへっ♡ まだスレてない初心でピュアな感じなのに、真面目で頑張り屋で意志が固いというか。んでもって、見た目は受け身っぽいのに、意外と積極的でエッチなことしてくるのよね♡ うふふっ♡」
デレっとした顔になって語り出すフレイア。完全に恋するモードだ。
「ナツキ……ふへっ♡ 弟くん最高♡ 腋ペロ最高♡」
シラユキまでデレデレし出す。鋭い目つきに妖しい笑みを浮かべて少し怖い。腋ペロとか人前で話すのはどうなのか。
「ええぇ……そうなんだ。それは美味しそうな少年ね」
適当に話を合わせながらマミカの頭がグルグルする。関係を探ろうとしたのに、フレイアやシラユキの口から出たのは惚気話ばかりなのだから。
ちょっと! それ完全にナツキじゃないの。こいつらとナツキって、どんな関係なのよ。腋ペロ……くっ、何だその禁忌的なワードは。アタシの妄想が捗っちゃうじゃない!
腋ペロの話でムラムラが増すマミカ。もう我慢できずに手を出してしまいそうだ。
「じゃ、そういうことで。今度こそアタシ行くから」
マミカが歩き出す。
ナツキぃぃ~っ! あんな初心な顔してるのに、意外と女ったらしなのかしら。あの恐ろしい二人をデレさせてるなんて。他の女とイチャつくとか許せないし! 帰ったらキツいお仕置きをしないと。
しかも、あいつらまでナツキを狙ってるだなんて。もう悠長に待ってられないわね。早いとこ襲っちゃって既成事実を作った方がいいかも。
徹底的に調教して魂にまでアタシの刻印を刻んでやろうかしら。そうね、淫紋プレイとか。
ふふっ、ふふふっ♡
ライバルの出現によりマミカのハートに火を点ける結果となってしまった。ドS女の魔の手がナツキに迫る。
◆ ◇ ◆
アレクシアグラードに向け超高速で走る影がある。人の形をしているのに、人間離れした身体能力のそれは、まるで滑空する隼のようなスピードで走り続けていた。
ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――
空気を切り裂くように進むその女は、長く逞しい脚の筋肉を脈動させ大地を蹴り続ける。惚れ惚れするような筋肉美であるにもかかわらず、その体はムッチリと女らしい柔らかな脂肪も兼ね備えていた。爆乳と巨尻とのコンボもあり一種マニア的なエロスを感じさせる。
「ああああああ、うぐっ、お、おえっ、酔ってきたゾ」
ムチムチで長身な女の背には小柄な女が乗っていた。スピードや振動で乗り物酔いしたのか、青い顔をしている。
「ネルネル、もうすぐアレクシアグラードに到着するよ。もう少しの辛抱だから」
ムチムチ長身女……ロゼッタが口を開く。背中におぶっているネルネルに声をかけた。
「うぷっ、は、早く着いてくれないと……ロゼッタの背中がゲロまみれに……おえっ、なるんだゾ」
「それは勘弁してよ。私にゲロをかけるのだけは。でも、早くしないとデノアの勇者を見失っちゃうからね」
そう、格闘レベル10という天賦の才と超恵体を持つロゼッタは、フランシーヌ共和国からネルネルを背負ったまま休みなしで走り続けているのだ。しかも驚異的なスピードで。
「くっころ、くっころ。デノアの勇者、どんな男なんだろ。はあぁ、もうムラムラが止まらないよ♡」
ズドドドドドドドドドッ!
ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――
超破壊力の恵体女が迫る。混迷を深めるアレクシアグラード。ナツキの身に、エッチな女達の魔の手が伸びようとしていた。