第13話 怪しい女にロックオンされるナツキ
ニマニマとエッチな笑みを浮かべながらナツキを見つめるピンクの女。完全にロックオン状態だ。またしてもナツキ貞操の危機である。
「ねえ、美味しそうなの食べてるね。一口ちょうだい」
ピンクの女が口を開ける。
「えっと……これは?」
「あーん」
「あの……」
「あーん」
ピンクの女が口を開けて『あーん』をしてくる。当然ナツキは困惑した。
ええっ、えええっ……これって、もしかして恋人同士がするラブラブな食べさせ合いだよね。初対面でいきなりする人っていたんだ。
いや、待って。ここはルーテシア帝国だった。他の国ではしないけど、帝国ではこれが普通かもしれない。もっと広い視野を持たないと。郷に入っては郷に従えというしな。
ナツキが何か勘違いして、初対面の女に『あーん』をしてしまう。
「はい、あーん」
魚のフライを箸でつまむと、それをピンクの女の口元に持っていった。
「あーん……うん、美味しいっ」
もぐもぐと味わいながら食べたピンクの女が満足気な顔をする。そして、何故か周囲の者達は、絶対に目を合わせてはいけないとばかりに固まっているのだ。
「ねえ、オジサン。アタシも同じの一つ」
「へ、へい、すぐにお持ちします」
ぶっきらぼうな店主のオヤジが緊張しているようだ。その女に話しかけられ、少しだけ言葉が丁寧になっている。
「ねえ、キミ名前は? あ、アタシはマミ……じゃない、えっと……アイカね」
ピンクの女が自己紹介する。途中で何か言い換えたのが気になるが。
「ナツキです」
「ナツキかぁ。良い名前ね」
「あ、ありがとうございます」
「ナツキはさ、何処から来たの?」
「えっと、み、南の方からです」
ナツキは咄嗟に方角で答えた。
デノア王国って言わない方が良いよな。今は帝国と戦争中だし。デノア王国軍の兵士なのがバレたら大変だ。
「ふぅ~ん、南方系かぁ。でも、一人で出歩かない方が良いよ。若い男が一人で歩くのは危険だからね。帝国軍のこわぁ~いお姉さんに連れて行かれちゃうぞ」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう、男の独り歩きは危険って習わなかった? 特に夜道を一人で歩いてたら、痴女のお姉さんに馬車に押し込まれて、何処かに連れて行かれてイケナイコトされちゃうんだよ」
「ええっ! そんな……どうしよう」
アイカの話でナツキが不安になってしまった。帝都まで行って剣の大将軍レジーナを倒し、直接皇帝に和平を訴えねばならないのだ。そのまえに痴女さんに連れ去られたら、目的を達成できないばかりか彼女でもない人とイケナイコトしてしまう。
「ねえっ、もし良かったら、アタシが色々教えてあげようか?」
「えっ、良いんですか?」
「うん、良いよ。帝国ではメンズファースト。男の子には親切にだよっ」
「ありがとうございます」
興奮で飛び跳ねたい気持ちを我慢したアイカが、心の中で試案する。
な~んちゃって。うっそぉーっ!
メンズファーストのはずないじゃん。
この子、チョロいわね。
やっぱり、アタシを信用させて仲良くなってから、一気に絶望の淵に突き落としてやるのが最高よねっ! あああぁん♡ 裏切られたナツキが絶望と苦悩に苛まれながら堕ちてゆく顔を見たぁーい!
親切な人に会えて安堵したナツキが、心の中でホッとする。
良かった。親切な人に出会えて。ふ、服装は痴女さんだけど……。
アイカさんに帝国のことを色々聞けば、帝都までの旅も安心だ。そうだ、戦争をしているけど、帝国にも良い人はいるんだ。
「うふふふふ……」
「あはは……」
こうして、奇妙な二人組になったナツキは、怪しげな女に色々教わりながら帝都までの旅をすることになった。
◆ ◇ ◆
その頃、こっそりナツキの後を追った姉属性凸凹コンビはというと――――
「あれ、んっ……迷った」
表情一つ変えずにシラユキが言う。
道に迷っていた――――
「ああああぁぁぁぁ! あんたに任せた私がバカだったぁぁーっ! このポンコツ方向音痴娘!」
フレイアがブチ切れた。自信満々に先頭を進むシラユキに道案内を任せていたのだが、どうやら彼女は全く道を分かっていなかったようだ。
肝心のナツキを見失い、茫然自失の二人だった。
「あんたがドヤ顔で先を進むから付いてきたのに! ナツキとはぐれちゃったじゃない! どうすんのよっ!」
ナツキが心配でたまらないフレイアは、もう居ても立っても居られないといった感じで怒り出した。
シラユキはといえば、ジッと地図を見ていた顔を上げて言い返す。
「ドヤ顔じゃない……この顔は生まれつき」
「顔はどうでも良いのよ! 道が分からないなら言いなさいよ!」
「道が分からない」
「今言ってどうすんのよ!」
埒が明かない。
「もう地図を貸しなさいよ。私が調べるから」
「はい……」
「ああっ、もう今頃ナツキが変な女に捕まってるかもしれないのに」
フレイアの予感は的中していた。実際にナツキは変な女にロックオンされて貞操の危機だ。
「真っ直ぐ帝都に向かうはずだから、多分カリンダノールだと思う。そうすると、こっちの道に行けば着くはず」
フレイアが前を指差してそう言った。
「早くしないと。弟くんが心配」
「もうっ、誰のせいよ!」
こうしてフレイアとシラユキはナツキの後を追っていた。
◆ ◇ ◆
一方、ナツキの手紙が届いたデノア王国では、国中が大騒ぎになっていた。
「凄い凄いっ! ナツキ君が帝国の大将軍を二人も倒したんだって」
「帝国大将軍って、強過ぎて誰も勝てなかった人達でしょ」
「そうそう、無敗の大将軍をナツキが倒したのよ」
女子達の間で話題が持ち切りだ。口を開けばナツキを褒める言葉が出てくる。
「けっ! どうせ何かの間違いだろ」
「そうだそうだ、ゴミスキルのナツキが勝てるわけねえ」
「俺達の中で一番弱いんだからよ」
当然、叩く者も存在する。今まで自分の方が上だと思い込んでいた男子たちは、ナツキが持ち上げられるのに納得がいかない。
「ゴミはあんたら男子でしょ!」
「そうよそうよ、大将軍が怖くて逃げたくせに!」
「いつもイキってるくせに、敵が怖くて徴兵を逃げ出すなんてね」
「きゃははっ、ゴミなのがバレちゃったわね!」
そして女子達の猛反撃をくらう。実際に大将軍が怖くて徴兵拒否したのだから何も言えない。
「くそぉ……」
「ちくしょう……」
「ダセぇのは俺たちだった……」
ナツキをイジメていた男子達大敗北だ。人間の本性は非常時にこそ現れる。普段はイキっていても、いざ戦いの場になると無様な本性はバレてしまうのだ。
「ナツキ君って、よく考えたら素敵じゃね?」
「だよね~」
「救国の英雄になったら将来有望とか」
「あっ、私って実は前からナツキ君に目をつけてたのよね」
「私もぉ~告白しちゃおうかな」
今まで散々『ゴミ男子』とバカにしていた女子達が手の平を返す。将来有望となったナツキに唾をつけようと躍起だ。
そんな女子達に我慢できないメスガキが一人。そう、ナツキの幼馴染のミアだ。
「ちょっと、あんた達! 今まで『ナツキはないわ』って言ってたじゃん! なによ、ちょっと活躍したからって。あたしは小さい頃からずっとナツキが頑張ってたのは知ってるんだから。あたしがナツキを一番知ってるんだから」
「「「………………」」」
突然のミアの主張に『シーン』と静まり返る女子達。
「やっぱりミアってナツキが好きなんだ」
「きゃあぁぁっ、付き合ってるとか?」
「なんか仲良いと思ったのよね」
「ちちち、違うからぁ! ぜっんぜん違うし! そんなんじゃないし!」
女子達に囃し立てられ真っ赤な顔で否定するミア。否定すればするほど認めているようなものだ。
ただ、ナツキからすればイジられているだけで、好きになる要素はなかったのだが。ミアとしては、好きな男子にイジワルしちゃうメスガキ心なのかもしれない。
そんなミアだが、実際は本当にナツキを心配していた。
ナツキ……
一人でルーテシア帝国に戦いを挑むなんて無茶よ。今頃どうしてるんだろ。ちゃんと御飯食べてるのかな? 死なないで、ナツキ……無事に戻って来て。
そんな中、若干事案発生になりそうな女が一人――――
女教師マリー24歳彼氏いない歴イコール年齢だ。
くすんだクリーム色の髪。少し派手なメイクで目元パッチリでくちびるはブルルン。知的なメガネをかけているのだが、ナツキが関連すると緩み切ったグヘヘ顔だ。
興奮すると腋汗が凄く、いつもナツキに迫ってメスの臭いを付けてしまう困った女。
「はああぁ~ん♡ やっぱりナツキ君って良いわ♡ ナツキ君の彼女になっちゃおうかしら。教師と生徒の禁断の関係。たまらないわぁ♡ 愛が在れば歳の差なんて関係無いわよね」
関係大ありだ。デノア王国の法律では、まだナツキは結婚できない。そして、教師が生徒に手を出したら大問題だ。
因みに帝国では婚姻年齢が大幅に引き下げられており、ナツキは結婚できるのだ。当然ながら、フレイアもシラユキもナツキを狙っていた。
ナツキ本人の知らないところで、勝手に白熱化するナツキ争奪戦。果たして、見事ナツキを堕としてイケナイコトしちゃうのはどの女なのか。
絶対に負けられない女達の戦いが始まろうとしていた。
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