第116話 スキル進化
ギュンター・ウォルゲン、この一見冴えない顔をした中年男は稀代の詐欺師である。
彼は幼少の頃から異常にプライドが高く、他人にマウントを取ったり見下すことが多かった。
彼が人を騙す才能を開花させたのは18歳の頃である。革靴の販売を始めたギュンターは、天性の素質とばかりに爆発的に売り上げを伸ばしトップの営業成績を取る。
精神系魔法レベル7という希少なスキルを持つだけでなく、人の心を動かす話術や心理を突く演出に長けていたのだ。
やがてギュンターは独立し事業を始めた。だが、その会社は長くは続かなかった。
他人を見下すギュンターに、部下が誰も付いてこない。顧客には取り繕った態度をしても、部下には上から目線であからさまに見下した態度を取ってしまうのだから。
そして彼は悟ったのだ。他人は全て洗脳して従わせれば良いと。
『そうだ! 他人は全て愚民なのだ! エリートである私こそが人の上に立つに相応しい! 愚民は私のスキルで洗脳し、死ぬまで使い潰してやる!』
歪んた思考により益々暴走するギュンターは政治家へと転身する。国のトップに立ち愚民である他の者を支配し、洗脳と軍事力で世界を征服する独裁者の道を歩みながら。
そして今、ゲルハースラント帝国初代宰相として実権を握ったギュンターは、その思想を真っ向から否定する少年と対峙していた――――
「ぐああああああっ! 体が動かない!」
強力なギュンターの洗脳傀儡の直撃を受けたナツキが叫ぶ。
精神系魔法レベル7といっても、洗脳魔法だけに特化した彼のスキルだ。数百万人を同時に洗脳する演説に乗せた魔法。それを集約して一人を攻撃した時の威力は想像を絶していた。
「ああああっ!」
必死に抵抗するナツキに、ギュンターはダメ押しで更にスキルを使う。
「そうだ! 貴様は私の傀儡だ! 後ろにいる仲間の女大将軍を殺せ! ふははははっ、貴様の手で仲間を始末するのだぁああああっ!」
「い、いやだぁああっ! ボクは絶対に仲間を裏切らない!」
「ひゃぁーっはっはっはっは! 何が仲間を裏切らないだぁ!? この生意気な小僧が! エリートの私に大口をたたいた報いを受けるのだ! 貴様の大切なお仲間とやらを自らの手で殺め、後悔と自責の念で苦しむが良い! ふぁあーっはっはっはっは! ひゃーっはっはっはっは!」
ギュンターの独演が止まらない。彼は本当に独りよがりで虚栄心に満ちた男なのだろう。
「人は誰しも愚かで低能で間違いを犯す獣のような存在だぁぁあ! そう、まさに愚民だ! 蛮族だ! だから私のようなエリートが支配し導く必要がある。貴様ら愚民はエリートの私に支配され喜ぶべきなのだ! 私は選ばれし人間なのだからな! はぁあーっはっはっはっは!」
洗脳傀儡を受け苦しむナツキに、姉妹はパニックになっていた。
当然、ギュンターの不快な独演など聞いてもいない。
「どどど、どうするのよ! ナツキがぁ!」
氷の棒を投げている場合じゃなくなったフレイアが叫ぶ。
「も、もう私の魔法で……」
シラユキが魔法でギュンターを狙おうとするがネルネルが止めに入る。
「ま、待つんだナ!」
「放して、そいつ殺すから」
「その男を殺したら洗脳魔法が解けなくなる可能性もあるんだゾ!」
「ええっ! そ、そんな」
世界的に見ても超希少な高レベル精神系魔法使いなのだ。術者が死亡した後の魔法効力は調べられていない。
「こんな時にマミカがいてくれたら……。早くしないとナツキ君がぁああ!」
ロゼッタが大きな体を動かし落ち着かない。絶対的戦闘力を誇る彼女だが、魔法術式に於いては無力なのだ。
「ぼ、ボクは大丈夫です! 絶対に負けない」
気丈にも耐え続けているナツキが無理やり笑顔を見せる。
「ボクは姉喰いスキルでお姉さんたちと繋がっているんだ。たとえ魔法で操られたとしても、大好きなお姉さんたちを攻撃なんてするはずがないんだ!」
ナツキの拳に魔力が集中する。姉との絆により行使可能になる姉喰いスキルなのだ。
「マミカお姉様……ボクに力を。掌握拳!」
ドンッ!
ナツキは自分の体に掌握拳を打ち込んだ。
「ボクは……ま、負けない……」
声にならないような声でそう叫んだナツキだが、明らかにギュンターの洗脳魔法が強かったのだろう。心の中がドス黒く変色して行くのが自分でも分かる。
まるで姉妹との思い出まで塗りつぶすように。
『ここは……何処だ……ボクは、何をして……』
何も無い真っ暗な空間に、ナツキは一人でポツンと浮かんでいた。
突如、闇の中から過去の映像が浮かんでくる。幼年学校時代の記憶だろう。
『おい、見ろよ』
『ははっ、またゴミスキルのナツキかよ』
『掃除当番を押し付けられてんのか!』
『騙されてるのも知らずにアホな男だぜ』
『でも、用事があるから当番を交代して欲しいって』
バカにしてくる同級生に、ナツキが説明した。
『あははっ! そんなの嘘に決まってんだろ』
『そうそう、人は自分の利益にならねえことはしねえんだよ』
『おまえみたいに、人の役に立ちたいとか無駄無駄』
『そんなことしても誰も感謝しねえぞ!』
『それな! 人の為に働くとかバカだろ!』
『『『ぎゃははははははっ!!』』』
『そんな……勇者になって人の役に立ちたいって思いは無駄なんかじゃない……』
場面は代わり、アレクサンドラの顔が浮かぶ。
『人間の本質は悪! 人は戦争を求めておるのじゃ。だから私はルーテシアを軍事強国にした。攻められる前に攻めるのじゃ。敵は全て滅ぼしてしまえば良い。それが世の真理なのじゃ』
『ちがう! 殺し合う世界なんて間違っている!』
なおも否定するナツキに、アレクサンドラの幻影が貧民街の男たちに変わる。
『ここでは弱いモノは踏みにじられる運命よ!』
『そうだ! この国では弱者は生きて行けねえ!』
『俺達は使い捨ての道具なんだ!』
『だから俺たちも踏みにじるんだ! もっと弱い者をよぉ』
『人間に守る価値なんて無ぇ!』
『おまえもやってみろ! 快感だぜぇ!』
やれ――――! 裏切れ――――! 殺せ――――! 踏みにじれ――――! 破壊しろ――――!
『ボクは……ボクのやってきたことに価値は無かったのか……どうして世界は争いを求め、人の心は悪意が支配してしまうんだ……』
ナツキの心がドス黒く染まりそうになったその時、一筋の光の中から、ご立腹気味のマミカが現れた。
『ナツキぃ!! あんたアタシの言ったコトを忘れたの! 悪口言ってくるヤツらの話を真面目に聞いちゃダメ! そうやって他人の自己肯定感を下げてマウントをとろうとするヤツがいるのよ! 他人が勝手に決めた価値なんてどうでもいい、自分の価値は自分で決めるの! あんたが信じた道を突き進みなさい! ナツキは勇者になるんでしょ!』
ギュワァァァァァァァァ――――
「そうだ……ボクは何を迷っていたんだ。目の前で困っている人がいたら助けたい。たとえ偽善だと言われようと、少しでも優しい世界になるのなら。やらずに後悔するよりやってから考える方を選びたいんだ!」
完全に洗脳が完了したはずのナツキが目を見開き言い放った。
これにはギュンターも驚きを隠せない。
「ば、バカな! 私の洗脳傀儡は完璧だったはずだ! こんな小僧に打ち破れるはずがないのだ! どりゃああああっ! もう一度命令する、後ろの大将軍を殺せ!」
「い、嫌だ! ボクは守ると決めたんだ! 大好きなお姉さんたちを! ぐああああああっ!」
ナツキの中のマミカのスキルが体に広がってゆく。だが、その力は小さくギュンターの洗脳を破る決定打にはならない。
「もっと、もっとボクに力があれば。尊敬するお姉さんたち……。最強の伝説的魔法使い……。世界一の戦士や剣士……。ボクは守ると決めた! ボクより圧倒的に強いお姉さんだけど……。でも、ボクの彼女候補……いや違う、ボクの大切な彼女だああああああーっ!」
シュバアアアアアアアアアアアア!
その時、ナツキの中で何かが変化した。これまで別々に存在していたはずの姉妹のスキルが、混ざり合うように体に浸透するのが分る。
「ナツキ」「ナツキ少年」「弟くん」「ナツキ君」「ナツキきゅん」「なっくん」「御主人様」
ナツキを呼ぶ姉妹の声が聞こえる。
「ナツキ様」「マイロード」
グロリアとマリーの声まで聞こえた気がした。
「ボクは……そうだ、今ならできる! マミカお姉様のスキルに、フレイアお姉さんの獄炎のオーラとシラユキお姉ちゃんの白銀のオーラとクレアちゃんの黄金のオーラを合成。更にネルねぇの漆黒のオーラで分解。それをロゼッタ姉さんとレジーナのバトルオーラで再構築」
それは、この世で誰もが不可能なはずの技である。
スキルを合成分解再構築。異なる複数のスキルを混ぜ合わせる混成創造魔法なのだ。
「たああああああっ! 術式を分解、精神回帰復活!」
ナツキがギュンターの洗脳を打ち破った。
「言ったはずだ、ボクは絶対にお姉さんたちを裏切らないと!」
バァアアアアアアアアーン!
カッコよく言い放った少年ナツキに、その場に居合わせた年頃娘全員が目を奪われてしまう。
「うきゃぁああああっ! 私のナツキ少年♡♡♡」
「むっはぁああああぁ~ん! ナツキしゅきぃ♡♡♡」
「ふふ、ふぅぅぅぅーんぅす! ナツキくぅん♡♡♡」
「ぐっひゃああぁああっ! もう限界なんだナぁ♡♡♡」
もちろんこの人、ロリ巨乳皇帝ゲルトルーデも。
「はぁああああぁん! しゅてきぃでしゅう♡♡♡」
一瞬で大将軍や皇帝が色惚けしてしまったが、完全に引き立て役になってしまったギュンターのプライドはズタズタだ。
自分が圧倒的に上位の存在だと思っていたのに、目の前の弱そうな小僧に負けているのだから。
「おお、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれおのれおのれ! ちくっしょうめぇええええええーっ!」
喚き散らすギュンターの罵声をスルーしたナツキが、短剣を構えスキルの体制に入った。
「ボクとお姉さんたちの混成合体技です!」
「ががが、合体っ! うひぃいいっ♡」
後ろでシラユキの変な声がしたが、ナツキは気にせず突進する。
民衆を洗脳扇動し世界に混乱と破壊をもたらした独裁者の終焉が迫っていた。
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