第113話 首都占領
「はぁああぁ~ん♡ わたくしの体は全てなっくんだけのものにしたいのに……。皆に見られてしまいましたわ。それなのに、それなのに、何故か体が火照ってたまりませんわぁ♡」
再びクレアが全裸事件を起こしてしまい、大将戦を前に恥ずかしさでいじけたり、謎の高揚感でイケナイ感じになったりしていた。
「えっと……だ、大丈夫よクレア。時に女は愛しい人を想って恵みの雨に濡れるものなんだし。常夏のスコールに打たれて、その身の火照りを冷ますものよ」
自分の発言で暴走したのかと気にしたマミカがフォローしている。ちょっと何を言っているのかよく分からないが。
「そう……なのかしら? そうですわよね。誰しも愛しい人と羞恥心の狭間で雨に濡れる時もありますわ」
「つまり変態でありますな」
そこで余計なことを言うレジーナだ。
「へ、へ、変態じゃないですわぁ~ん!」
クレアが全力で否定するが、うら若き乙女が裸で相撲したり足上げポーズしたりと、誰が見ても完全に変態だろう。
ただ、奇跡のように美しいクレアの恥ずかしいところを目に焼き付けた観衆の男たちは、当分の間色々と捗るのかもしれない。
「おい、大将戦を始めるぞ。早く準備をせよ」
待ちくたびれたかとばかりに、揚羽が肩を回しながら言う。大将は揚羽自らが出るようだ。
「ふふっ、高貴な花のように美しい女子とくんずほぐれつ相撲ができるとは、まことに胸が高鳴るというものだ」
虎のような揚羽の黄金の瞳がギラつく。完全にロックオンしているように。
「えっ、あ、あの……あの方は……もしや?」
何かの危険を察知したクレアがマミカの方を見る。
「あっ、言い忘れてたけど、揚羽って両方イケるみたいだから気をつけてね」
「えっ…………」
重要なことをサラッと流すマミカに、クレアの心配が更に大きくなる。
「そ、それは困りますわ」
「勝てば良いんだし。多分……」
あれこれ揉めている二人に、ちょっとだけ白々しく揚羽が言う。
「ああ、言い忘れておったが、勝負に負けた方は相手の軍門に下るということだ! 我らが勝った暁には、極東ルーテシアはヤマトミコの領地とする。そして、おぬしら三人は我の女だ!」
ガアアアアアアァァァァーン!
「な、なんですって!」
「は? そんなの聞いてないし!」
「ははっ、面白い催しでありますな」
三者三葉の反応をする大将軍三人。レジーナだけ面白がっているが。
領土より貞操のピンチとあって、マミカが揚羽に食って掛かる。
「後出しじゃない! そんなの絶対イヤだし!」
「だから言い忘れておったのだ」
「どうせ剣術では勝てないから相撲にしたんでしょ!」
「色々あった方が面白かろう」
「はああああ!?」
「はっはっは! その気が強そうな目つき、たまらんな」
どうやらマミカは揚羽に気に入られてしまったようだ。楽しんでいるようにしか見えない。
「勝負は様々な競技で五戦だ。先に三勝した方が勝ちとする。その方が面白いのでな」
「面白くないし! マジでぶっ潰すわよ!」
やり合っている二人のところに、フロレンティーナが近寄り揚羽にだけ聞こえるように耳打ちした。
「揚羽サン、あまり三人を怒らせない方が良いデスヨ」
「何だそれは。剣聖の実力なら把握したぞ」
「本当に恐ろしいのは剣聖レジーナじゃないデース」
「なんだと!」
フロレンティーナは揚羽を引っ張って下がらせると、詳しく説明を始める。
「確かに剣聖レジーナの実力は世界最強かもしれませんデス。デスガ、本当にルーテシア帝国が恐れられているのは、他国と比べ圧倒的に強いレベルの魔法使いが多いことデス。特にレベル10能力者の大魔法は世界を滅亡させかねない存在デース」
「魔法使いの力は恐るべきものだが、一人一人の力はそこまでではないであろう」
「その力が、戦術極大気象魔法に匹敵するとしてもデスカ?」
「なにっ! 戦術極大気象魔法神風顕現に匹敵するとな。はっはっは! これは愉快なことを言う。あの姫巫女の勅命により全国の寺社や能力者が一斉に呪術を行使する集団連結魔法術式であるぞ。そんな極大気象魔法を個人の力で発現できるはずがなかろう!」
揚羽の言う戦術極大気象魔法神風顕現とは、ヤマトミコ中の魔法使いが集団で魔法術式を構築する気象魔法である。
その力は絶大で、局地的に天変地異レベルの大嵐や轟雷を引き起こし、街や大軍をまとめて消滅させるほどの威力なのだ。
四百年前のダイバンドラ帝国によるヤマトミコ大侵攻に対し壊滅的打撃を与え、軍船5千隻、総数40万人のダイバンドラ兵を海の藻屑に変えてしまったくらいなのだから。
また、その伝説的極大魔法になぞられて、ヤマトミコの魔法使いを神風突撃乙女隊と呼ぶ風潮がある。
フロレンティーナは話しを続ける。
「そこにいる光の魔法使いクレア、西部戦線で戦っているはずの炎の魔法使いフレイアに氷の魔法使いシラユキ。この三人が同時に広範囲殲滅魔法を使えば……。おそらく……ヤマトミコの一軍を全滅させることも可能デス」
「なんだと……」
揚羽が、いまだに信じられないといった感じの顔をしている。
「ワタシもスパイになるまでは信じられなかったデス。世の中に対軍どころか対城破壊まで……。広範囲に大破壊をもたらす魔法を使える人間が存在するなんて……」
「ふふっ、ふははははっ! 面白い。やはり我の部下に欲しい」
人知を超越し世界の理を変えてしまいそうな者を面白いと言ってのける揚羽。
「あ、揚羽サン……」
「そのような規格外の存在が居るとは。世界は広いな」
「戦争を有利に進めるのなら、ここで油断している帝国の魔法使いを仕留めておくべきデス……。でも、揚羽サンはそうしないデショウ」
「無論だ。優秀な者は部下に欲しい。だが、もし逆らうのなら殺すまで」
極端な考えに聞こえるが、それが彼女の生き方なのだろう。
「ふっ、人の命は儚く人生は短いものよ。人は誰もが死ぬ。この世に不老不死は存在せぬのだ。ならばどうする。見果てぬ夢を追いかけ突き進むのみ」
完全に少年のような目をしている。欲しいものは全て手に入れる。それが広大な大陸であるのか、それとも魅力的な人物であるのか。
「これは性分だ、すまぬなフロレンティーナ。我は手に入れるぞ。この大陸で夢の理想郷を」
「ふうっ、仕方がないデスネ。そんな揚羽サンについて行くと決めましたデス」
この戦の果てに何があるのか。フロレンティーナは想像する。
それが覇道を極め世界征服なのか。それとも夢半ばで倒れ塵となるのか。彼女も影響されてしまったのか、少年のような目を輝かせていた。
ただ、二人はもう一つの可能性を知らないままなのだ。世界や乙女の心を革命しそうな少年により、お尻ペンペンされる未来である。
◆ ◇ ◆
国境を越えゲルハースラント領内に入ったナツキ率いる帝国軍は、電撃的な速度で首都バベリンに迫っていた。
可能な限り早く戦争を終結させ被害を最小限に止めたいナツキの意向だ。
ぐにゃぁああああああぁぁーん!
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ネルネルの闇魔法で創り出した闇の触手巨獣に乗ったナツキたちが帝都バベリン城門を破壊する。
ゲルハースラントの防衛は既に崩壊しており、大混乱になった兵が右往左往しているだけだ。
「ぐひゃひゃひゃひゃぁああ! おまえら捕食しちゃうんだナぁ!」
ネルネルの思い通りに、まるで伝説の怪獣クラーケンのような巨体から幾百もの触手が伸びる。
「ぎゃああああああ! 助けてくれ!」
「か、怪物だぁああああ! この世の終わりだ!」
「ひいいいいっ! 漆黒の悪魔だ!」
「恐ルーテシア帝国なんかに手を出すべきじゃなかった!」
トラウマ級の恐怖を受けつけられた住民が逃げ惑う。
そこにダメ押しとばかりにフレイアとシラユキの大魔法が炸裂した。
ズババババババババババァァァァーン!
ドドドドドドドドドドドォォォォーン!
バベリン上空に向けて放った魔法が、紅蓮の爆炎で空を覆ったり、白銀の雪花を描いて雪を降らせたりとやりたい放題である。
ここバベリンでは援軍として出陣した300万人の兵と、ルーングラードから命からがら逃げ帰った数十万の兵とが鉢合わせし、更に混乱を拡大させていた。
「世界の終わりだぁああああぁひぁああ!」
「真紅の悪魔と白銀の魔女が攻めてきたぞ!」
「もうダメだ! この国はお終いだぁああ!」
「この戦争が終わったら彼女と結婚する予定だったのに」
「だからフラグはやめろぉおおおお!」
ズドドドドドドドドドドーン!
城壁を破壊し、闇の触手巨獣に乗ったナツキたちがバベリン市街に入った。
「ボクたちは宮殿に向かいましょう! 指導者を拘束します。兵士の皆さんは敵軍司令部と魔導兵器製造工場を押さえてください! もう敵兵は戦意を失っています。むやみな殺戮は厳禁ですよ!」
ナツキが的確に指示を出す。その姿に姉妹もうっとりだ。
「ナツキきゅん、素敵なんだナぁ♡」
「はああぁん♡ 私のナツキ少年♡」
「くふふふっ♡ ナツキだいしゅきぃ♡」
「ふんすふんす! も、もう我慢できないよ♡」
ある意味では通常運行の四人である。
「ボクたちも急ぎましょう! このまま宮殿に向かい皇帝と宰相を確保します」
大真面目なナツキだが、寄り添う四人の女たちはデレデレに蕩けている。いつものことなのだが。
新生帝国と滅びゆく運命を共にしながらも、ささやかな幸せで彼氏が欲しいと願うゲルトルーデに、人生最大のピンチと理不尽なお仕置きが迫っていた。




