第103話 反攻作戦は足攻めで
次々と援軍を送り込むゲルハースラントを倒す作戦を練る為に、ナツキとネルネルは個室へと移った。人の多いあの場所では目立つからだ。
因みにフレイアは、公衆の面前で恥ずかしい顔を晒し、羞恥心が限界突破して戦闘不能だ。今は別室で寝ている。
「あ、あの……ネルねぇ、何か怒ってます?」
軍施設に入ってきた時から不機嫌なネルネルに、少し遠慮がちにナツキが声をかけた。
「むぅ、怒っているんだナ。わたしたちがいない時に、フレイアと仲良くエチエチタイムを楽しんでいるのはズルいんだゾ」
「あれは違うんです。ボクのやる気が空回りしてしまって」
やる気が空回りする度に姉を堕としまくる困ったナツキだった。
「やる気があるのなら、わ、わたしにも……見せるんだゾ♡」
ちょっと上目遣いでオパールのような虹色の瞳を潤ませながら言うネルネル。
「も、もしかして特訓ですか! ネルねぇ」
「そ、そうとも言うんだナ」
「やります! やらせてください。ボク、何でもします!」
「ぐっひゃぁぁああっ♡」
キラキラと瞳を輝かせたナツキが『何でもします』と、イケナイ変態お姉さんに言ってしまうのだから困ったものだ。もう鼻血を噴きそうなほど取り乱したネルネルが大喜びなのだから。
「な、ナツキ一兵卒、わた、わたしの厳しい特訓に耐えられるのカ!」
「サー、イエッサー! 何でも耐えてみせますネルねぇ。じゃない、教官!」
再びナツキとネルネルのド変態特訓ごっこが始まってしまう。二人共大真面目である。実に懲りない人たちだ。
「くんくん、くんくんくん……」
変態特訓をする前に、ネルネルがシャツを捲って自分の臭いを嗅ぐ。最近はお風呂に入ってはいるが、また前のように『臭い』とか言われたらショックだからだ。
「うーん、少し土の臭いがするけど、たぶん大丈夫なんだナ」
完全変態したネルネルは、昔のように不潔ではなく薔薇の花のような芳香とサラサラの綺麗な髪をしていた。
しかし、今のネルネルは闇の触手掘削獣で地中を潜行したり、地表に出てからも走ったりで汗をかいているのだ。
好きな人に臭いと思われたくはないが、臭いのを嗅がせたい変態心もあり、そのせめぎ合いで複雑な乙女心だった。
「よし、ナツキ一兵卒。そこに四つん這いになるんだゾ」
「サー、イエッサー!」
ネルネルが部屋に設置してあるソファーを指差して言うと、ナツキは何の疑問も持たず犬のように四つん這いになった。この少年、まるで誘っているかのようだ。
「ぐひゃ、な、ナツキきゅん、相変わらずなんだナ」
「どうかしましたか? 教官」
「何でもないんだゾ。今日はナツキ一兵卒に社会の厳しさを教えてやるんだナ」
ドカッ!
ネルネルがナツキの背中に飛び乗った。まるで馬に乗るのような感じに。
「ぐあっ」
不安定なソファーの上で四つん這いになっているナツキが変な声を上げる。小柄とはいえ大人の女性に乗られたのだから大変だ。
今、ナツキの頭の中は今後の作戦の特訓でいっぱいだった。
ネルねぇの特訓だ――――
作戦を考える前に色々聞かなきゃならないことがあるけど、先ずは特訓が先決ですよね。ネルねぇ。
ううっ、女の人に乗られると、何だか変な気分になっちゃうよ。これは何の特訓だろう。鋭い洞察力と優れた判断力を持つネルねぇだ。きっと役に立つ特訓に違いない。
心なしかネルねぇのお尻が温かいような? うあぁ、女性の体温を感じて変な気持ちになっている場合じゃない。真面目に特訓しないと!
真面目に特訓しようとするナツキとは正反対に、ネルネルは変態プレイで頭がいっぱいだった。
ナツキきゅんとの変態プレイなんだナ――――
作戦を考える前に色々調教しなきゃならないんだナ。先ずは調教が先決なんだゾ。ナツキきゅん。
うぐぇ、ナツキきゅんに乗ってると、何だか変な気分になっちゃうんだナ♡ 初心でピュアなナツキきゅんだゾ♡ きっと何でもしちゃうに違いないゾ♡
心なしか興奮で体が熱くなってきたかもナ? ぐへぇ、もう足を舐めさせたいのに、臭かったら恥ずかしくて迷ってしまうんだゾ♡ さり気なく調教しないと!
考えていることは正反対なのに、何故かやることは大体合っていて相性ピッタリな二人だ。
その時、ソファーが沈んでバランスを崩したナツキが、ネルネルと一緒にもつれるように潰れてしまう。
バタッ!
「ぐわっ!」
「ぎゃはっ!」
どんな偶然なのか分からないが、潰れたナツキの上に倒れたネルネルの両足が、顔面に完全密着してしまう。
まさにミラクルだ。
「ふがっ、んんんっ!」
ちょっと蒸れたネルネルの足で顔を塞がれたナツキが悶える。
「うぎゃああああっ! 妄想が具現化したんだゾ♡」
ラッキースケベでネルネルも大興奮だ。足が臭いのも忘れている。
顔の上に圧し掛かる足に襲われ、ナツキは必死に回答を探していた。そう、特訓から導き出される作戦を。
あああっ! ネルねぇ、足が少し臭いです。あっ、でも女子に臭いとか言っちゃダメだ。これも特訓なんだから。
これには意味があるはずなんだ! 考えろ! 考えて導き出すんだ! この戦いに勝利する方法を!
「むはっ、こ、この上に圧し掛かる感触。下から押し上げても次々と踏まれてしまう……」
口の部分に乗っている足を引っぺがしてナツキが状況を確認する。
「上に乗られる……下から押し上げ……下から? そ、そうか!」
ナツキが閃いたと同時に、部屋のドアが開きフレイアが入ってきた。もう完全に修羅場である。
ガチャ!
「な、ナツキぃ! 無事なの!? えっ――」
フレイアが見た光景は、愛しのナツキがネルネルに襲われ、蒸れた彼女の足にキスさせられている状況だった。ナツキと初キスしたいのに、先にネルネルの足にキスされたのではブチギレ案件だろう。
「なっ、ななな……ネルネル! あんた、今日という今日は許さないわよ! このド変態大将軍!」
フレイアがブチギレ大乱闘必至かと思いきや、そこでナツキが予想外の声を上げてしまう。
「そうか! そうだったんですね! さすがネルねぇ、尊敬します!」
「な、ナツキ……そんな私のナツキ少年が……」
真っ青な顔でフレイが茫然とする。
「初心だったナツキがネルネルの調教で変態になっちゃったぁ!」
「ち、違います、フレイアさん!」
「違わないわよ! 顔踏まれて尊敬するなんて!」
「そ、それは誤解です。これは特訓です」
真面目な顔で変態プレイするナツキに、怒っていたはずのフレイアがたじろぐ。ついでに変態プレイして尊敬されたネルネルはご満悦だ。
一旦、ネルネルの足からナツキは救出され、三人でソファーに腰かけて話し合うことになった。何故かナツキとネルネルがピッタリ寄り添って座り、フレイアとしては納得できないようだが。
「今回の作戦を説明します」
さっきまでのドMっぽい雰囲気は微塵も見せず、ちょっとドヤ顔になったナツキが話し出した。
「作戦の重要な点は敵の新型魔導兵器パンツァーティーゲルの破壊です。闇雲に敵の兵士を殺戮してしまえば、憎しみの連鎖は深刻になり戦いは続いてしまいます」
ナツキの持論だ。お姉さんたちに人殺しをさせたくない思いも強いが、それとは別に憎しみの連鎖を断たねばならないと考えていた。
子供や親を殺された者たちは、その恨みを晴らそうと更に強硬に戦いを続けてしまうのかもしれないから。
「圧倒的攻撃力と防御力を兼ね備えるパンツァーティーゲルを破壊することで、一気に敵の戦意を削ぎ降伏させます」
「でも、パンツァーティーゲルは防御力が強く、私の魔法でさえ反射させたくらいなのよ」
フレイアが疑問を呈した。
「そうです、フレイアさん。あの魔導兵器は強靭な装甲と超魔法防御、更に最適な傾斜角により完璧な避弾経始で設計されています。ボク、何かの本で読んだことありますよ」
そう、傾斜装甲は攻撃の運動エネルギーを分散させることで跳弾を可能としているのだ。更に傾斜角により同じ装甲でも理論上厚い計算となる。
「あらゆる角度からの攻撃を耐えるよう設計された難攻不落の移動要塞。でも、真下からの攻撃は想定されていないはず」
「えっ、真下!?」
「んっ! まさかなんだナ」
二人の大将軍が驚く。ネルネルは今回の一連のナツキの指示で少し気付いたようだ。
フレイアも地面を融解させ破壊したことからも、全ての装甲が超防御力ではないと気付いていた。
「ボクが送った手紙通り、ネルねぇは触手ドリルで地中を進むことに成功しましたよね。これは帝都宮殿の下水道から脱出する時の技で思ったんです。石を突き破れるのなら地面を掘ることも可能だと」
実際に帝都を囲むゲルハースラント軍の包囲網を抜けるほど高速で掘り進められたのだから成功だろう。
「ネルねぇの触手ドリルで地下を潜行し、途中で地上に潜望鏡を出し測距儀でその都度距離を計算しパンツァーティーゲルの真下に移動します。そこから防御を突き破り無力化しましょう」
「「おおおっ!」」
ナツキの説明に二人も声を上げた。
「ただ、これには気付かれないよう地上から敵の目を引き付けてもらう必要がありますが……」
「それなら何とかなるんだナ」
「陽動だけならできそうね」
そしてナツキは作戦の目的を告げる。
「パンツァーティーゲルを破壊してしまえば、敵の動揺も誘えるし一気に接近戦にも持ち込めるはずです。ここで大攻勢をかけば敵は敗走するはず。捕虜を取ることで停戦の交渉にも使えるはずです」
捕虜を取り停戦交渉の材料にすることまで考えており、フレイアもネルネルも感心してしまう。これまでの帝国では、ひたすら力業で押し切るばかりだったのだから。
「この作戦をボクに考えるよう導いてくれたのはネルねぇなんです。わざと臭い足を顔に乗せて、上に乗った敵を倒す術を教えてくれた。さすがネルねぇ、凄いです!」
「ぐはぁ……」
結局ナツキに『臭い』と言われてしまうネルネル。乙女の恋心と変態プレイの天秤は難しかったようだ。
せっかく『さすおね』で良い気分だったネルネルが少しヘコむ結果となってしまった。




