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―九年後―


《恋人》

 フローリングの上に茣蓙を引いた、簡易和風な部屋で、背丈の低い机の上に、夕食の名残が残っていた。画面の中の芸人は、それが仕事であっても、ずいぶん楽しそうに笑っているというのに、それを眺める自分は口元が緩む気配も無かった。ずっと前に、夜が降りてきて、眩しかった青空を覆ってしまった。しまった、夏の暑苦しさは和らいで、昼間と比べて快適になった。ただ、昼間と比べて、蛙の合唱のせいで若干うるさい。

 昔のことを思い出していた。といっても、それは取るに足らない小さなものでしかない。男が二人、久しぶりの再開で、ビールのつまみにする昔話にすぎない。ただ、話を進めるうちに、ずっと深いところへ、思い出したくないが、忘れてはならないものにたどり着いていた。ビールのつまみとするには、随分と心に堪える話で、しかし、酔っていなければ、深く話すことも無いだろう。

 九年前。当時高校三年の自分には、千鶴という恋人がいた。それは、もう前述したとおりで、結局数ヶ月だけの関係となった。理由は、振られたとかそういう“綺麗な”ものではなかった。行方不明になり、そして、そのまた数ヵ月後に千鶴らしき焼死体が発見された。というものだった。

「今も、納得していないんだろ。俺だってそうだ」友は、グラスに注いだビールをちびちびと飲みながら言った。

「納得って何だ。納得も何も無い。畜生が」乾いて暑くなる頬が、言葉を強めた。

 九年前も、千鶴のことは何も分からず、そして激しく慟哭した。九年経っても、何も分からなければ、まだ心を影で配している。犯人は捕まっていない。警察は何をやっているのかと、そういう気持ちはもうとっくの昔に消えた。犯人がどうなろうと、千鶴は戻ってこない。それは穏便な平和主義というよりは、ただ、失望しただけのことだった。

「納得してないのなら、今すぐにでも」「犯人を捕まえろってか。俺は警察じゃない。ただの駄目人間だ。無気力で、たかだか九年前の、小さな出来事に縛られてる、それだけの、何もできない、何もしない」

「酔いすぎ。そんなに飲んでないだろ」

 黙りこんでしまった。ため息をつく友人が、すぐ卑下に逃げる自分を呆れている。

「いいか、俺は諦めていないぜ。人の寿命は大体八十までだ。なら、俺たちにはあと少なくとも五十年近く時間が残されていることになる」見かねて、元気付けようとしてくれているのか。

「五十年もあれば、タイムマシンくらい作れてしまうだろ」

「馬鹿言え。何年あっても、時間は越えられない。超えられるってのなら、今の時代の教科書に戦争の記述は無いだろうよ」

「難しい理屈は抜きだ」「どこが難しいんだ。え?」「とにかくだ、もし、過去へ戻れたら、俺は千鶴ちゃんを取り戻すぜ」熱くなってくれるのはいいのだが、こいつは、昼間、過去を変えることなどしないと、言っていたはずだ。そもそも、千鶴を誰の手に取り戻すのやら。

 空になったビールの缶が音を立てて、床に転がり落ちた。二人とも、目で追うが、拾おうとはしなかった。壁にもたれると、どっと、疲れがのしかかってきたような気がした。視界が揺れる。意識が揺れる。ああ、そこに睡魔がいる。こんばんは。

 

《友人》

 目の前の助教授様は、目を閉じた、そして、その首がうなだれた。寝てしまったらしい。これが女性であるならば、悪くないが、男は悪い。男は重いしむさいし、飲んだくれていれば、起こしても意味が無い場合が多いからだ。だが、今回は、相手が久しく会った友人であるから、許すことにしよう。そう思いながら、自分も壁に背中を預けた。ふぅとため息をつくと、机の上が散らかっていることを、ようやく思い出した。次からは、その向こうにいる相手にも手伝わせてやらねば。

 風をひかれても厄介なので、適当に掛け布団を取ってきて、助教授様にかけてやった。ついでに、壁にもたれた姿勢で寝るのは、朝起きたときにつらいだろうと思って、“親切心”から蹴り倒してやった。さて、台所に運んだ。皿は、二人分の食事とあって、量が多い。いいや、よく考えてみれば、そうでもないはずなのだが、いつも一人分しかないので、多く感じるのか。こういうときに、妻、という存在を考えてしまう。家事を任されてくれる妻、などというのは時代遅れの考えだが、そういう人でないと、意味が無いように感じてしまう。俺は自由にふらふらしていたい。責任が増えるのは勘弁してほしい。しかし、そう考えると、さっき自分が言った言葉が、おかしく思える。こんな遊び人にも、あつくるしい一面があるとは、どうにも滑稽だ。それでも、嘘は何一つ無かった。

 九年前。結局、意味を成さなかったが、足掻きはした。親友を取り戻すための足掻きを、もちろん、今では不貞腐れてる助教授も、そのときは必死に千鶴を探した。それこそ、俺よりも必死に。そのとき知れたことといえば、千鶴が、十二月二十四日にはもう何者かに誘拐されていて、だが、生きていたということだ。しかし、これは、その当時千鶴からメールが着たから分かったことであって、足掻いた結果ではなかった。

 貸した寝室へ引きずっていくのも面倒だったので、助教授様は放っておくことにした。仮にも客人であるから、床の上でごろごろさせておくのは、少し気が引けるが、そんなことよりも睡魔と面倒の二人組みが勝った。布団の中の冷たさが心地よい。夜といっても、夏は夏、やはり暑いものは暑い。うとうとしながら、寝ている間だけでもクーラーをつけようかつけまいか、そんなことを考えていた。

 夢を見た。懐かしい記憶が、蘇ってきたものだ。購買で売れ残っていた菓子パンを、仕方なく昼飯代わりにして、友人と、話をしている。昼休みの中頃という時間のおかげで、食堂の椅子はぽつぽつと開いていて、そのうちの一つに座ることができた。

「ところでさ、昨日名案を思いついたんだが」当時の俺が無邪気に話を持ちかけた。

「何だよ」また始まったか、という顔をしつつも、友人は、一応聞いておこうという姿勢になる。

「時間移動のパラドクスを無くす方法だよ。つまり、未来を無くせばいいんじゃね」

「はぁ」

 俺は説明を始めた。別にそういうものを信じていたわけではない。確かに、遠い未来に、そういうSF的な何がしが出来てしまうのだろうというのは思っていたが、それとは別問題だ。ただの遊びの一端で、友人との話種にすぎない。

「つまり、俺たちにとって、未来は予想でしかないし、過去は記憶でしかない。この世には現在しかないんだ」アインシュタインはこの世界が四次元だと言った。縦、横、奥行き、なんて小学生じみた言い方だが、そういう三次元と、時間という直線をあわせた四次元だ。物体は一次元の中で前後に移動することができる。三次元の移動も、それぞれの次元の方向に前後移動しているようなものだ。だとすると、次元というくくりでは同じ性質の、四次元目の時間も、前後に移動できるのではないか。このとき、ほとんどのSFに出てくるような、ある時点からある時点へいきなり移動することはできない。次元の直線の中で地続きに移動するのは時間も同じだ。

「ただの屁理屈だな」「いいじゃねえか。SFは楽しむものだ」

「お前の言いたいことはつまり、時間は点であって、その点を直線上で自由に移動できるってことだろう。だが、それだと、点が移動することに人類は気付けないということになるな」やはり友人は食いついてきた。

「どうしてそうなるんだ」

「時間の一直線上を、俺たちはまっすぐ前に進んでいる。それが俺たちの成長だ。そして、その道筋を俺たちは記憶として持っている。現在の位置を点として示すなら、その点を後ろに動かしたとき、俺たちは、俺たちの記憶の中の時代に戻るということだ」

「そのとおりだな」俺は首を振って肯定する。

「例えば、記憶の中の俺たちを小学生と仮定しよう。その記憶の中の俺たちに、俺たちが戻ったとして、その小学生は高校生の俺たちの記憶を持っているのだろうか」

 このとき、ようやく、名案でもなんでもないことに気付いた。だが、惜しい気持ちとかそういうものは無かった。また、暇なときにでも、新しく何がしか考えてみよう。こいつが反論できないような理論を、組み立ててやろう。そう思っただけだった。

 日差しがカーテンの隙間から差し込んできて、まぶたに触れた。そうして、ゆっくりと上体を起こしながら、目を開けた。朝が来ていた。寝室を出て、顔を洗おうと洗面台を目指すときに、今に助教授が座っているのが見えた。胡坐をかいたその猫背が、昨日とは別人のような雰囲気がして、目を凝らした。寝ぼけているんだな、俺は、と思っていると、おもむろにそいつが言った。

「おはよう」こっちを見ようとはしない。「おはよう」俺も気の抜けた声で返した。

「ちょっと行ってくる」「どこに」「取り返しに」はぁと俺が怪訝に息を吐くと、こっちを向いて、にっこりと笑った。あげた左手首に、見慣れない腕時計があった。それらを見て、俺は、ただ、こんな笑い方をする人間だったかと、思っただけだった。

「それから、ありがとうよ」最後にそれだけ言うと、そいつは人差し指で、時計の針を、逆向きに回した。


―九年前―

 

《恋人》

 時を越えて、自分は、帰ってきていた。懐かしい場所、懐かしい風景、そして、自分の姿さえ懐かしいものになった。時間移動の理屈はたやすいものだった。実現したのは、九割九分九厘運が絡んでいるといっていいが、それでも現実になったものは使わせていただく。

 十二月二十一日、午前七時。ベッドから這い出して、時計とカレンダーをまず始めに確認した。そうして、朝の日差しには目もくれず、居間を見る。見ていると、感傷的な気持ちになってくるのが、それを振り切って、記憶を頼りに冷蔵庫を開ける。あと一時間、いや、そんなに時間は無かったか、記憶は曖昧だが、千鶴が来る。千鶴が来なくなったのは、二十二日から、だった記憶がある。だから、この日はまだ、あわただしく行動せねばならない。パンをトースターに放り込むと、洗面台に飛び込んだ。鏡に映る顔は、随分と若返ったが、寝癖のひどさは、いつもどおりだった。

 千鶴が来る前に、今この時の自分が置かれている状況を把握せねばならない。昔の自分が、昔とは違う行動をするのは、昔から見た未来、つまり元の現代から見れば、パラドクスになる。千鶴が死なせないという目論みを持っている時点で、ささいなことを言うのは筋違いかもしれないが、事件が起こる一瞬をずらしてしまうようなことになれば、回避できるものも、できなくなるかもしれない。

 それで、状況把握に頼るものとしては自分の記憶がまず真っ先に思い浮かんだ。だが、そんな昔の記憶、忘れている。トースターから狐色に焼けたパンを取り出すと、口にくわえた。ゆっくり食べている暇は無い。携帯を見ればいいと思ったが、どこにおいてあるのか分からない。どうせ、自分の部屋で充電器に挿して置いてあると思っていたが、無い。慌てるな。深みに嵌るだけだ。子供時代に戻ったからといって、思考まで子供になってどうするのか。

 結局自分の部屋に携帯は無く、いつまでも探していても無駄なので、パンを置いて、着替えておいた。しかし、タンスにあった服を見ると、この頃の自分が、いかにファッションに無頓着だったかが分かる。そんなことを言っていられない時分だから、しばらくはこのまま辛抱だ。着替えたら、落ち着いてパンを食べる。テレビなどをつけたりして、朝の番組にまた懐かしさを感じたりした。千鶴が来る前に、ある程度少年時代への予備知識をつけておきたいのだが、携帯は見つからないし、何か、ないものか。新聞は、読まない人間だったような覚えがあって、無駄足を踏むような気がしてやめた。テレビは、つけているだけだったから、これも情報を得るには不適格だ。

 パンを食べ終わった頃、ちょうど、携帯の振動音が鳴り響いた。ここにあったのか。

「おっす」楽しそうな千鶴の声が聞こえる。

「おっす」完璧に思い出せていなくとも何とかなるだろう。それに、千鶴の声を、本当に久しぶりに聞いて、不安とかそういうものは一気に消えうせた。

「どうした。朝っぱらから」

「これから、そっち行っても大丈夫?」

「ああ、いいよ」随分と楽しそうな声が、自分の口から発せられる。

「といっても、もう来てるんだけどね」そのとき、ピンポーンと軽快なチャイムの音が、鳴り響いた。安アパート故か、ところどころ掠れている。その音が止むより前に、ドアの開く音がした。鍵、閉めてなかったのかよ。

「おっす」「おう」にっこりと微笑んだ少女に、目を奪われた。時間の巻き戻しを、確実に千鶴に会えるところで止めたのは、やはり正解だったと思った。

 千鶴に勉強を教えるとき、さすがに数十年前のものでところどころ忘れていたが、教科書を見ると何とかなったので、予備知識が無くても別にどうという事はなかった。今、千鶴は机をはさんだ目の前で数学の問題を解いている。自分の、本当の年齢を考えると、親子みたいだ。

 さて、今のうちに、今後の行動をある程度予定しておくべきか。さきほど、携帯を確認したところ、千鶴が来なくなったのは十二月二十二日で間違いないようだ。千鶴の身に何かあったとしたら、今日、家に帰してからだろうから、行動するのもそれに合わせてということになる。一番の目的は千鶴をこれから起こる事件から守ることだが、その犯人もどうにかしなければ、いたちごっこになる可能性もある。“時計”がある分、強引に、ことを進めることもできるだろうが。となると、事の顛末に手を出さず、一度全体像を、そしてその細かい部分も把握してから動くのが賢明か。だが、それは、何度も千鶴を殺すことになるかもしれない。それでも、最善をとるべきか。

 考えるのをやめて、目の前の千鶴の答案を直していく。おっと、パーフェクトだ。


《友人》

「しかしまあ、受験も近いというのに、のんきなこった」こんな初冬にもお暑い二人組みに、嫌味っぽく言った。だが、効果はどうせ無い。

 昼飯時に、近くのファストフード店に行くと、見慣れた二人組みがいた。積極的にいちゃいちゃしない、初々しい二人を邪魔するべく相席を無理やり、もとい頼み込んだ。座るところが無いわけでは無かったが、一人で昼飯をむしゃむしゃ食っているのも寂しい。本当は、他の友人と来ている予定だったのだが、用ができたといって帰りやがったのだ。

「受験が近いからって焦たって仕方ないでしょ」そういいながら、千鶴は、コーヒーを飲む。

「危機感のかけらも無いな」

「まったくその通りだが、お前も受験生だぞ」

 そういうと天才君は、はははと苦笑いをした。急に大人びた、というより老けた態度をとるようになったものだ。何か妙なことに感化されでもしたのだろうか。

「それもそうだな。でも、どうにかなるだろう」

「受験をなめすぎ。落ちて泣きじゃくるお前の姿が目に映るぜ」

 俺がハンバーガーを食べ終わって、しばらくすると、三人とも席を立った。別れ際に、デートなんかしてないで、勉強しろよ、と忠告してやると、兼ねているから大丈夫だと。何が大丈夫なんだ。俺も帰ろう。暇な奴を探してどこかへ行くのもいいが、今日くらい、家のこたつで猫よろしく丸くなっていてもいいだろう。外はマフラーを巻いて、手をポケットに突っ込んでも、寒いことに変わりは無いのだから。

 何気なく、振り向いた先にいた男が、気にかかった。こっちを見ている。大学生くらいで、体育会系という雰囲気は無いが、体格のいい健康そうな若者。ただ、マフラーにうずめ、少し長い目の髪に隠れた顔に光る、鋭い目が嫌な気分にさせた。何を見ていたのか。そいつは、目が合ったと思う前に、明後日の方向に歩いていった。

 

 ところで、冬というのは、いい季節である。こんな寒い季節であるから、外に出ることは願い下げしたいが、家でいるときは何とも至福を感じることが出来る。こたつに半身をうずめて、机の上のみかんを食べながらテレビを見る。こういうのんきな気分を、思う存分味わえる。夏は、のんきにしているよりも、誰かを引っ掛けて、出かけたほうがいいから、その対極を楽しめる冬は、やはりいい季節だ。しかし、そんなのんきな冬も、のんきすぎる受験生に邪魔された。俺が家でテレビをつけつつ漫画を読むという、意味の無い行動で時間を浪費していると、某天才から電話がはいった。

「何だ。順調にいちゃついてるって報告はいらねえぞ」

「そんな報告するやつはいないだろ」さも楽しそうに笑われた。

「ご用件は」「ああ、少し頼みたいことがある。頼まれてくれるか」「内容による」

 そうか、頼まれてくれるのか。と、珍しく一方通行な返事をよこされたので、反論するのも面倒くさく、そして、仕方なく、こたつの中からテレビのチャンネルを弄り回しながら聞くことにした。その内容の馬鹿馬鹿しさに、辟易しそうになりながら、みかんの皮を向く。そしてそれを口の中に放り込んでからもごもご言った。

「四月はまだだぞ」「嘘じゃない。それに、暇つぶしにはなるだろ。手伝え」終始会話は繋がっていなかったが、意味は理解できていた。コートを着て、マフラーを巻いて、外に出ると、やはり寒い。暇つぶし、というよりも至福つぶしだ。嘘くさい言葉の真偽を確かめるため、そして頼まれたことを完遂するためにも、千鶴の家に向かった。


《恋人》

 千鶴が帰ってからというもの、最初のやる気はどこへやら、自分は、ほとんどのんきにしていた。家の中で、こたつに入って、漫画を読みながら、テレビを見ている。ビールが欲しいが、まだ未成年であった。

 千鶴がどのタイミングで連れ去られたのか、千鶴を尾行すれば、知ることが出来るだろう。連れ去られる瞬間が欲しい。いつどのタイミングで事件が起こったのかをつかめさえすれば、こっちのものだ。だが、自分にはそんな技術が無いことは分かっている。だから、今、信頼できる友人に、時計のことも含めて話しておいた。

「その時計っていうのは、本当に時間を」「ああ、巻き戻せる。手で針を逆回しに動かすだけで」

「未来は随分と便利になったもんだな」気の無い声だ。それもそうだろう。こいつは、過去に戻れるなど信じられるはずもないし、まず、千鶴に何が起こるのかもしらないはずだ。思えば、こいつに助けられてばかりだ。時計の理論の大元も、そして発明に向かう意欲も、友からもらったものだ。そして今も、助けられている。

 しばらくして、友人から電話がかかってきた。

「千鶴ちゃんは無事帰宅。何事もありませんでしたよ。っと」心底疲れましたというような言い方だ。

「ご苦労さん。明日も頼めるか」

「明日もだと。何考えてるんだ」馬鹿いうんじゃない、と怒ったような口調で言う。その気持ちも分からなくはないが、明日こそが本番と言える。千鶴が家に来なくなったのは十二月二十二日だ。もし、それでも何も無かった場合は、犯人側が、友人の存在に気付いているということだろう。それはそれで、千鶴を守れているということで、いい結果になっている。

「分かった。じゃあ、明日だけな」「ありがとう。お前に頼んでよかったよ」

 電話を切った。これで、今日のところはひとまず安心、といったところか。その安堵を心に抱いて、窓の空を見ると、雪が降っていた。寒そうだ。こんな中、わけも分からない頼みごとを受けてくれるとは、やはり、友人には感謝しかない。今度、百円くらいおごってやろう。

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