7.王子をやめたきっかけ(シュウ)
まだみんなは学校で授業を受けているのに。私たちは二人でモノレールに揺られている。
「連れ出したこと、まだ怒ってる?」
向かいに座ったテルがそう聞いた。
「…怒ってないよ…」
私が減ってしまった分、救護室は大変なことになっているだろうなって、申し訳ない気持ちもあるけれど…。
なんでだろう。久しぶりに息ができる気がした。
あの日からずっと考えていた。この身体を流れる血のこと。私の使命のこと…。
それと「シュウはシュウだ」と言ってくれたテル君の言葉のこと。
(私は子供の頃…誰かにそれを言われたことがある…)
女の自分を否定して、王子であろうとした私に同じ言葉をかけてくれた人がいた。
たった十年位前のことだ。それなのに、テル君に言われるまで忘れてしまっていた。
何でそれを言われたのかも、誰に言われたのかももう忘れてしまった。
だけど、その言葉はずっと私の中にあった。その言葉に救われた。そしてその言葉で私は『王子』であることを辞めたんだ。
(これがセイレーンのチカラなのだとしたら……言ってくれたのは多分……テル君だ…)
窓の外から視線をテル君に移した。目があった瞬間に顔が赤く染まる。
その顔を見られたくなくて、素早い動きで窓に張り付いた。
「…どうしたの?」
「…っ…!!外の風景が動いてるなって…」
「ははっ…何それ」
向かいから楽しそうな声が響く。真っ赤な顔を見られてしまったのかもしれない。
周りから見たら護衛対象とその護衛には見えないだろうな。と、車窓に映る私たちを見て思った。
(楽しそうな恋人同士…そう、見えたりするのかな?)
そんなことを考えて、また照れてしまった。もしも…私が普通の女の子だったなら…。
(…もしもなんて無いのに)
あの日からずっと心は揺らいでいる。
自分の使命は分かっていたはずだったのに。『誇り高きプリンセス』になりたかったはずなのに。
「あ…ここだ。降りようか?」
声をかけられてハッと顔を上げた。
「目的地?」
「ん~目的地はもう少し先かな?その前に寄り道。…この服のままは嫌だから着替えようか?」
養成校指定のトレーニングウェアを苦笑いで指差しながら、街に降り立った。
「ここに入ろうか?」
そう言って立ち止まったのは、ビンテージっぽいアパレルショップの前だった。
「さっき連絡して用意してもらったから」
「連絡って?」
「まぁ…いいから入ろうか」
そう言って不思議そうな顔をしている私の手をに引いて、お店の中に入った。
店員が「いらっしゃいませ」と、こちらに顔を向けた。
「あ…テルだ。本当に来た。久しぶり」
目を丸くして笑いかけてくれたのは、ショップ店員の背の高い男の人だった。
腕にタトゥーが入っていて、ウェーブのかかった髪をハーフアップにしている。
「本当にって疑ってたのかよ?」
笑いながらテルがハイタッチをしている。
見つめる私に、前の学校の友達で『リク』だと紹介してくれた。
途中で学校をやめて自分の店を開いたんだって。
リクはテル君を見ながら「強そうになったな」と笑っている。
(忘れてたけど、テル君転校前は一般校だった…)
「で…こっちがシュウ」
「ああ。初めまして」
いきなり名前を呼ばれて、慌てて「初めまして」と挨拶を返した。
リクは私に視線を移すと何故か笑い始めてしまった。
「…リク、いきなり何笑ってんの?」
「だって、お前が毎日のように惚気メールしてくるから。あぁ…この子かって」
「~っ!はっず。そういうこと本人の目の前で言うなよ?」
「……惚気……?」
「テルに餌付けされてんでしょ?」
「何だよ餌付けって…」
「「食べるのも忘れて無理するから、いつもお菓子持ち歩くようになった」って言ってた。それ思い出して…。転校して親鳥にでもなったのかなって」
「なっ…!!お前俺のことそんな風に思ってたのか!?」
「だって…。ね?そうだよね?シュウちゃんも、ちょっと思ったでしょ?」
「あっ…!!気安くシュウの名前呼ぶなよ!!」
「うわっ。でたよ。こうやって誰にでも威嚇するのも鳥っぽいよね?」
二人の仲良しな雰囲気に笑ってしまった。
「そうだね…たまにお母さんかな?とは…」
「え…?俺、そんな風に思われてたんだ」
「だって、毎日ご飯食べてるかどうか聞かれるから…」
「ブハッ!言われてんじゃん。完っっ全保護者!優しさ空回りしてる」
「嘘だろ?ショックだわ…」
テルが大袈裟に悲しんで、リクが大声で笑っている。最近の張り詰めていた空気が和んでいく。
「そんなことより、頼んでたやつ出してよ」
「いきなりだったのに、用意した俺に感謝しろよ?」
リクが出して来たのは、オーバーサイズの白いトップスと、ショート丈のグレーのフリンジデニム。
それをテルが受け取って、私に困惑している私に手渡してきた。
「はい。これに着替えて?」
「…え?…」
「プレゼント。シュウに似合いそう」
テルは今日一番の笑顔を見せながら、試着室へと私の肩を押しやり、反論する暇もなく扉を閉めた。
どうしようかと固まった。
今までの人生でこんなスポーティーな服装をしたことがない。
(……じゃなくて!!)
「テル君っ!これ…」
「着替えたらそのまま出てきて?待ってるから」
外から声が聞こえる返事に、広げたまま固まってしまっていた。
覚悟を決めて渡された服に着替えた。
服のサイズなんて教えたことなかったのに、ピッタリだった。
恐る恐る試着室の扉を開けると、いつの間にかテル君も着替えていた。
「あー。良かったピッタリ」
テルが嬉しそうに微笑んで私を見つめている。
「はい。これも着けて?」
「ありがとう」と言おうとする私に、白いキャップを被せた。
「まって!!まって!!こんなに受け取れないよ…」
混乱に混乱が重なって目が回りそう。
プレゼントを受け取るようなことをした覚えなんてない。むしろ、テル君にお礼をしなければいけないのは私の方で…。
青ざめて俯く私の肩に手が触れた。
「いいんだよ。俺の気晴らしに付き合ってくれたお礼だから…」
(違うのに…)
テル君は元気のない私を気遣ってくれただけだ。
気を使わせないように、自分の息抜きということにしていることぐらい、鈍い私でも分かる。
考え込んで俯いている私に、手荒くキャップを被せた。
お礼を忘れていたことに気付いて顔を上げると、嬉しそうに微笑むテル君と目が合った。
「うん。何着ても可愛い…」
「!!」
テルはそういうことをサラリと言ってしまうから。私は顔を真っ赤にして、固まってしまう。こういう時にどんな顔をして、なんて言ったら良いのかも分からない。
「ありがとう」と言うタイミングを逃してしまった。
「…こんな所でいちゃつくなよ。時間大丈夫なのか」
「あ…。そうだ。ありがとうリク!また連絡するわ!行こう!シュウ!」
「あ…!ありがとうございました」
入ってきた時と同じように手を引かれて店を飛び出した。




