6.気晴らし(テル/シュウ)
護衛を引き受けてから数日経った。これまでに特に大きな問題は起きていない。
シュウが脱走を試みるとか、ずっと一緒なのが嫌だと、喚かれるとか…。そんな問題は一切なく毎日を過ごせている。
ただ…シュウの様子がおかしい。口数が減っている。何かを考えるように、遠くを見つめていることも増えた。
目に見えて元気がない。それに少し痩せた気もする。
シュウは状況が状況だけに、そうなってしまっても仕方がない。
俺たちは殆ど普段通りの生活を送っているだけで何も変わらない。
普段通り過ごす中で、ほんの少しだけシュウを気にかける。それだけでいいと言われたから。
でもら護衛対象になったシュウは違う。仲の良い友達が自分のガーディアンになってしまった。
命を狙われているシュウのために、友達が命を賭けようとしている状態だ。
(気も滅入るよな…)
食事の量も減っていると王族付きのガーディアンから教えられた。
少しでも何か食べられる物を…と、最近はチョコとかグミとか持ち歩くようになった。
食べる気がしないというシュウの口に、投げ入れるサイズの小さなお菓子。
鞄を開けると、いつも甘い香りが漂うよう。
(ユリアの鞄みたいだ…)
天使族は治癒魔法にかなりのカロリーを消費する。食べないと前みたいに倒れてしまうから。
投げ入れるたびに「ありがとう」と、口をもぐもぐするシュウを見つめることが日課になった。
「シュウ今日もランチ食べて無かった…日に日にやつれてる」
アスカがため息混じりに声をかけてきたのは、午後の実戦訓練の最中。
課題モンスターであるオーガとの戦いを終えて、一息ついた時だった。
「…私が何言っても『大丈夫』の一点張りでさ…。でも多分滅入ってる」
紙パックのジュースを飲みながら、救護室のシュウを見つめた。
「あぁ…まぁ…そうだよな?」
同じようにシュウを見つめているアスカは、気のない返事をする俺に対して怒っているような気がする。
「そこを何とかするのがテルの役目でしょ?頑張ってよ護衛隊長」
都合の良い時ばかり俺のことを護衛隊長と呼ぶんだ。と、悪態をつきたかったけどやめた。
救護室のシュウはいつもより、動きにキレがないし。
それに…俺だって心配してない訳じゃ無いから。
「分かったよ…。イリーナ教官には、体調不良でシュウと早退するって伝えておいて?あと…荷物まかせた。そのまま帰るわ」
ゴミ箱にジュースの空を投げ入れると、立ち上がって背伸びをした。
「え…?何なに?いきなりどこに行くの?」
「気晴らしだよ」
困惑しているアスカにそう伝えると、救護室へと向かった。
***
大怪我を負った生徒の治療を終えると、次の生徒がまた運ばれてきた。
行かないと…そう思って立ち上がった瞬間に、目眩がして床にペタリと手をついてしまった。
「シュウ…大丈夫?顔真っ青だよ?」
声をかけてくれたのはミリヤだった。
「平気。ミリヤはリーリエの骨折を治してあげて?重傷のベンは私が治療するから…」
まだ、視界が揺れている。目を閉じたまま指示をだして大きく息を吐いた。
「あ~もう、無理するなって。俺がテルにキレられ……る…」
(ファリスまでそんなことを言う…)
「大丈夫だって…うわっ…!!」
起きあがろうと手に力を入れた途端に、身体がふわっと浮いた。何が起きたのか分からなかった。
気がついたら、さっきまでいなかったはずのテルに、私は横抱きで抱えられていた。
「テル君…!?何でここに…?」
私の声なんて届いていないのか、そもそも私の話なんて聞く気がないのか…。
見上げたテルの視線はファリスに向けられていた。
「ファリス。シュウ、体調悪そうだから、ここ任せるわ」
やっぱり腕の中の私の言葉なんて聞いてない。
「離してっ!?大丈夫だからっ…!!」
「うぃ~。任された」
ファリスも軽いノリで、テルに向かって答えているし。
任されたも何も、今は授業中だ。怪我人だって沢山出てる。
(それなのに…。何で今!?どこに連れて行く気!?)
「テル君!?待ってっ!?」
軽々と私を抱えながら、救護室の出口に向かって歩きだす。
無駄な抵抗だと分かっているけれど、テルの胸を腕で押しながら子供のように足をばたつかせた。
「…午後の授業サボろうか?」
実戦室から出たところで、ようやく足を止めたと思ったら、そんなことを呟くから青ざめた。
「えっ!?…」
何言ってるの?って顔して見上げる私に向かって、悪い顔して笑ってる。
「一日くらい大丈夫だよ」
「ダメだよっ…!!離して~~っ」
「ここで離してもいいけど…?もう戻れないけど?」
気が付いたらもう既に養成校を出てしまっていた。
「うそ……」
歩くの速いし無駄のない動きで、目的地でもあるかのように足を止めない。
「いいじゃん。付き合ってよ?今日は護衛とかそういうの無しにしよう。ただの初デート」
私のことを柔らかい笑顔を浮かべて見つめる。その表情にそれ以上何も言えなくなってしまった。
荷物も何も持って来てないし。それに、実戦訓練中で服もトレーニングウェアだし。
「…どこに行くの?」
「さぁ…?楽しみにしててよ。」
何故か清々しい表情で言い切るテル君の事を、不安そうに見つめることしかできなかった。




