5.姉のような人(テル)
授業が終わり、今度は夕方のフィールド訓練に向かう。
最後の授業は選択教科だったから、一人で実戦ルームに向かって歩いた。
朝のフィールド訓練の後も、実戦の授業中も…。シュウがさっきの話しに触れることは無かった。
(……みんなの前で話すようなことじゃないか……)
ーー『穢れた血のプリンセス』から、国を救ったブルームンの『誇り高きプリンセス』になれると思わない?ーー
その言葉と悲哀に満ちた表情…。心ない言葉を聞きながら、ずっと一人で耐えてきたんだ。誇り高きプリンセスになれるのなら、シュウは多少の無理は厭わないだろう。
思い詰めないでほしい。頼れる所は頼って欲しい。
俺がもしそう言ったところで、シュウは微笑んで「ありがとう」と言うだけだ。
安心させる言葉を吐いて、自分の意志は貫き通す。
お城から抜け出して俺に『お願い』をしてきた時のように。
(最悪『敵』が見つかった途端に、一人で向かっていく危険性もあるな)
それなら俺の出来ることは、ひとつしかない。『シュウを一人にしないこと』…だ。
(やっぱり、シュウの行動を把握する必要があるな…)
シュウが脱走する時は、いずれもイーター戦が行われるという情報がある時だからと言われた。
念の為、イーターの出現情報は俺にすぐに来るようになっている。
でも、それだけじゃ足りない。現にシュウはお城を抜け出して、早朝の養成校に辿り着いたのだから。
(…脱走成功してるじゃん…。やっぱり位置情報を把握しといた方が…)
「テル!!」
廊下を歩く俺の背中に声をかけて来たのは、イリーナ教官だった。
「探してたんだよ。実は、テルに話したいことがあって……って何その顔!」
思いっきり嫌そうな視線を、イリーナ教官に向けた。ロクでもないことを言われる気しかしない。
「教官に話したいことあるって言われたら、普通警戒しますよ……。…で話って何ですか?」
イリーナ教官はニヤリと笑いながら、俺の肩を叩いた。
「…聞いたわよ?シュウの護衛隊長に任命されたんだって?」
「はい。…って、何でそれ知ってるんですか?昨日の今日ですよ?」
「私…昔王族付きのガーディアンでシュウの護衛もやってた時期があるんだよね。だから国王夫妻とは仲が良いんだよ」
思いがけない言葉だった。イリーナとシュウは、あくまで生徒と教師の距離感だったし。
そんな繋がりがあったなんて気付きもしなかった。
「そうなんですか?」
「プリンセスだからって、贔屓もしないし。シュウとの距離感も弁えてる。国王陛下から信頼もされてるの。現に気付かなかったでしょう?」
「はい…」
「こう見えて私、ガーディアンクラス1stだからね?しかも26歳で、十年以上クラス1stを保っている大ベテランだからね?」
よく考えたら、プリンセスのクラスを受け持っている教官なんだから当たり前か。
そのくらい腕のたつガーディアンじゃないと、何かあったら守れない。
「…勘のいいテルなら気付いた?今回のこと全ての情報把握している…」
イリーナ教官は俺を見上げて微笑んだ。
「もちろん、あなた達兄妹のことも…ご両親のことも…全部知ってるから」
そんな節は合った。編入試験の時にあのバカは力を使っていた。
歌った後のユリアの動きは格段に違っていたし。
ガーディアン養成校の教員であれば、ユリアの能力に気付いてもおかしくない。
それなのに、そのことに一切触れなかった。
編入試験なんて形だけのもので、どんな結果でも俺たちはこのクラスになっていたんだ。
(なーんだ。勉強しなくて良かったじゃん)
「…もっと早く教えてくださいよ」
「いや…。だって私が味方だっていったらさ、気を抜いちゃう子…いるでしょう?」
「ああ。そうですね」
確かに…ユリアはセイレーンの力を使ってしまうかもしれない。二人で大きくため息を吐いた。
「…本題に戻るけど。シュウの護衛、結構大変だったんだよね。あんな顔して目的の為なら手段を選ばないから…」
「だから担当教官になった今、シュウに嫌がらせしてるんですか?」
「人聞き悪いね。そんなことしてないわ!!」
(無意識でやってたのか…?)
イリーナの話しではシュウが脱走するのは、決まってイーターとの戦いがある時。
どこからとも無く情報を嗅ぎつけて、そして気が付いたら強固な警備を掻い潜り、お城の外にいる。
そして、イーターの出現現場に向かおうとする。
「まぁ…現場付近で待ち伏せて、色々能書きを垂れるシュウの首根っこ掴んで回収したけどね」
「それ、何年くらい前ですか?」
「子供の頃だよ…今よりずっと…」
イリーナ教官は、昔を思い出すように微笑んでいる。
「懐かしいな…」
その表情は『教官』というよりは、お姉さんだ。
イリーナはクスッと笑った後に、ほんの少し憂いを帯びた顔を見せた。
「……シュウは今も変わらないね。少しは変われたかと思ったんだけど……」
そう呟いて、ポケットの中から何かを取り出すと、俺の手を取った。
「…これ…渡しておくわ」
手渡してきたのは、小さな白いジュエリーボックス。
あけてみると、中には碧い宝石のついた、小ぶりのスタッドピアスが入っていた。
「何度目かの脱走の時に、ヤケクソになって作らせたGPS付きのピアスだよ。
ただ、それを作った後に気付いたの。私が渡しても、シュウは警戒して付けないって。それで、結局渡さなかったんだよね」
(そこまで追い詰められていたんだ)
そんな事を考えながらピアスを眺めた。
「私は渡せなかったけど、テルなら怪しまずに付けさせられるでしょ?彼氏なんだから」
「……それも国王情報ですか?」
「あはは。そうそう『それも含めて、全て知ってる』の」
大きなため息と共にピアスをポケットにしまった。
「護衛に任命される前に渡してくれたら、出来たかもしれませんが…今は難しいですね」
今のタイミングで渡すと、絶対に怪しまれる。護衛になったことで、俺たちの誰かが渡しても、警戒してシュウがそれを身につける事は無いだろう。
「大丈夫じゃないかしら?…大丈夫。シュウは気を許しているよ」
「そうだといいですけど…」
いきなりイリーナは俺の手を引いた。真剣な目で見つめてきた。
「ねぇ…テル。こんなことを私が頼むのも変だけど……シュウを守ってあげてね?強がりなところもあるけど本当にいい子なの」
その表情は妹を心配するお姉さんだった。イリーナはきっと、俺の知らないシュウのことを知っているんだ。
それを近くで見てきたからこそ、その言葉を俺に投げかけたんだ。
「約束しますよ。これ、ありがとうございます…何とか活用します」
イリーナは俺の返事に微笑みながら手を離して「心強いよ」と、笑った。
「あ…!護衛とは別に実務大会も忘れないでね?」
もうすっかり教官の表情に戻ったイリーナに「分かりました」と返事をして、実戦ルームへと向かった。




