4.秘めた決意(テル)
シュウは腕の中で「大丈夫だ」と笑を浮かべた。
「…本当に?無理してない?」
「三本肋が折れて、肺を傷つけていたけど…平気だよ。もう治したから」
どう考えても、平気に思えない内容の傷で思いっきり頭を下げた。
「……なんていうか…ごめん」
「!!あ、そういうつもりじゃなくて。前のテル君の火傷の方が酷かったから…。私にとってはかすり傷だよ?」
抱きしめていた腕を緩めると、シュウは立ち上がり、治癒魔法で治した傷の確認を自分自身で行っている。
確認を終えると、両手を上に上げて伸び上がっている。
さっきまで、吐血する程の大怪我を負った人間の行動じゃない。
「……テル君手加減したでしょ…?」
真っ直ぐに俺を見つめてそんなことを言うシュウに、苦笑いを浮かべた。
「さすがに…手加減はするよ。シュウを傷つけたいわけじゃないからさ…」
大怪我を負わせておいて『傷つけたくない』と言ったところで、薄っぺらい。
実際シュウが目覚めなかったら、多分危なかったと思うし。
「…うん…そうだよね…。手加減しないと…こんなか弱い体だもん。…簡単に殺されるよね…」
シュウは自分の手を見つめながら悲しそうに呟いた。その手は何故か震えている。
困惑する。悲しそうな表情の意味が分からず、シュウを見つめた。視線に気付いたシュウは、フッと微笑みを浮かべて俺に背を向ける。
「…フィールド訓練には行くよ?大丈夫。もう、怪我は治ったから…」
そう呟くと、シュウは扉に向かって歩いて行った。
(何がしたかったんだ…?俺は…)
シュウの背中を見つめながら、そんなことを考えた。
(…俺もだけど…シュウも…だ)
シュウの最近の行動に違和感しかない。いきなり、『混血』のことをみんなに話したり、過度な手合わせをもちかけてきたり。
今日の実戦形式訓練だってそうだ。自分を追い込んでいるようにしか思えない。
「…待って。シュウ……最近おかしいよ?」
シュウの背中に向かって、大声で叫んでいた。
「何かあったなら教えてよ」
俺の声にシュウは扉の前で足を止めた。振り返りはしない。足を止めただけだ。
「何もないよ…」
返事した声は震えていて…。何かあるようにしか思えなかった。
「それは嘘だろ…?」
「嘘じゃ……ないよ……」
見つめた背中が震えている。まるで泣いているかのようで、思わずシュウの手を取った。
「…何かあったなら話してよ。俺はシュウの力になりたいって思ってるから…」
少しの沈黙の後でシュウはゆっくりと振り返り顔を上げた。
「私の護衛を任命されたってことは…お父様から聞いているよね?その敵と…目的を…」
泣いているかと思っていたのに。振り返ったシュウは静かに微笑んでいた。
「それは知ってる」
返事をして頷いた。相手は国王の弟で、そいつはイーターと手を組んだ。そしてその狙いは『ブルームン王国の浄化』だ。
「それなら分かるよね…手初めに狙われるのは私とお母様。でも…本当の狙いは?」
シュウはその先を問うように、俺に視線を投げかけた。
「…『純血』以外の大量虐殺だろうな…」
そもそもイーターが好戦的なのは己の食欲を満たすためだ。食えない純血の天使族を襲う理由がない。
だからこそ、イーターにブルームン王国を攻撃させて、純血以外を排除する。
国王の弟がイーターと手を組んだ理由はそれだ。お互いの利害関係が一致したからこそ、手を組んだ。
「正解」と呟いてから、シュウは胸に手を当ててその瞳を閉じた。
「…私はそれを止めたいの」
その言葉を聞いて、青ざめたのは俺の方だった。
シュウのさっきの言葉の意味…。自分を犠牲にしようとしているんだ。
「それが出来たら…『穢れた血のプリンセス』から、国を救ったブルームンの『誇り高きプリンセス』になれると思わない?」
瞳を開けてシュウは寂しそうに微笑んだ。
心無い言葉は、ずっとシュウを蝕んでいた。不条理なことで貶められて、傷を負って。その不条理を『当たり前』のことだと受け入れてやり過ごして…。
傷を隠してみんなには笑顔を見せて…。
掴んでいる手が震えていた。か細い腕で…体で…何をしようとしているのかは分からない。
でも、この手を離してしまったら…シュウが消えてしまいそうで、その手に指を絡めた。
「穢れた血とか…純血だとか…。そんなのどうでもいいよ…。そもそもプリンセスってことすらどうでもよくてさ…」
握りしめた手を口元に近づけた。触れた手の甲は血の気が引いて冷たい。
「国を救う必要なんて俺にはないし。俺が守りたいのは、プリンセスでもこの国でもない。…シュウだよ」
そう言ってシュウの手の甲に口付けた。
「…え…?」
慣れないことをされたシュウは、目を丸くしてから、時間差で頬を赤く染めた。
「ゎあっ…!!そ…!!その発言は無責任じゃ…」
「ボッ」と音が聞こえて来そうなくらいに赤くした顔で反論している。どもってるし。……すごく可愛い。
「何で?国王に依頼されたのはシュウの護衛だから、無責任でもなんでもない」
「それは…屁理屈だよ」
「屁理屈はシュウも同じ。考えすぎて変な方向にいってる。逆に俺はちゃんと護衛対象を把握してる」
微笑みながらもう一度手の甲に口付けると、今度は怒ったように俺のことを睨みつけている。
「…からかってる?」
「からかってない。…どんな血が流れてても、どんな身分でも関係ない。シュウはシュウだよ」
真っ直ぐに見つめて言った言葉に、シュウは目を丸くして固まった。
でもそれは、さっきとは違う驚き方だった。何かを考え込んでいるような…そんな顔だ。
「……シュウ?」
声をかけると同時に手を振り払われてしまった。
「…あっ…そろそろフィールド訓練の時間だから…。着替えないと…!!」
それだけ言うと、廊下へと飛び出して行った。
「…っ…あ……!!シュウ!?話終わってな…」
「あっ!シュウだ。おはよう」
最悪なタイミングで現れたのは、ユリアとレイだった。
「おはよう!二人とも!あ、私ユリア達とフィールド訓練に行くから…!じゃあテル君、また後で」
「??え…?あ…っ…!!その服…血じゃ!?」
「うん。後で話すから更衣室に着いてきて!」
「分かったけど…シュウ、どうしたの…?」
ユリアの腕を引きながら、猛ダッシュで走り去ってしまった。
「……何アイツ?」
レイが不機嫌そうに呟いてから、血まみれの俺の服を見て固まった。
「……取っ組み合いのケンカでもした?」
「まぁ…。そんな感じ…」
結局本意は分からないままで、シュウは行ってしまった。
(頭を冷やそう…)




