3.実戦訓練(テル)
久しぶりに使う軽い剣。使い心地を確かめるかのように、その場で素振りをしてみた。
「手合わせって言っても、実戦訓練形式がいいの」
「は…?」
何を言い出すかと思ったら、ロクでも無いことだった。実戦訓練形式だと、どちらかが気を失うか、再起不能となった場合に負けとなる。
つまり、それ以外は訓練を継続しなければならない。制限時間はない。「負けた」と宣言しても決して攻撃の手を止めてはいけない。それが実戦訓練形式だ。
「そこまでする必要…ある?」
シュウはあくまで『護衛対象者』。命をかける必要があるのは、護衛を任された俺の方だ。
「相手の狙いは私だよ?それにイーターもいる。だからこそ最悪の事態を想定しなければいけないでしょ…?」
そう言いながら俺の喉元に切先を突きつけた。
「じゃないと…自分のことを守れない」
あの時と同じ鬼気迫った視線。本気でシュウは俺に向かってくるつもりだ。
「少なくても数分……。助けが来るまでの数分でいい。それを生き残れる力が欲しいの」
「……分かったよ。でも、この後フィールド訓練もあるからさ…」
シュウは俺に突きつけた剣を下ろしながら、話を続けた。
「一日くらい休んだって問題ないよ?きっとイリーナ教官も許してくれる…」
自分の目的の為に、ことごとく屁理屈でこっちの言い分を潰していく。追い詰め方に既視感しか無い。
「最悪の事態」「自分を守りたい」と言う言葉を使い、またしても自分を悪者にする。
失敗を恐れて、今回の依頼を断って欲しいと俺に言わせたい魂胆が丸見えだ。
今のセリフは俺たちを巻き込みたくはない一心での発言。それも分かっている。
強い言葉は、シュウの優しさからだ。辛い思いをしてきて…、裏切られた。
その生い立ちもあるそれも理解してる。
でも…。いつも俺の気持ちや思いは置いて行かれている。
大切だと言ったことも…好きだと伝えたことも…。全然伝わらない。
少しぐらい信用して欲しいし、もっと甘えて欲しい…。そう思っているのに。
(だんだんムカついてきた)
剣を構えながらシュウを睨みつけた。
「制限時間は三分だ。その前にシュウが負けを認めたら、俺の勝ち。もし、三分過ぎても勝負がつかなかったら、そっちの勝ちでいいよ。あと、俺が負けたら護衛を降りる。条件はそれでいい?」
そう条件を突きつけた。シュウが俺たちを巻き込みたくないと思っているのなら、この条件で乗ってくるだろうって思ったから。
「その条件なら…いいよ」
予想通りの答えだった。だからこそ余計にイラついた。
「後悔するよ?俺…結構怒ってるから。今回は前みたいにはいかない」
そう言ってシュウを相手に剣を構えた。
「うん…分かってる。じゃないと、実戦訓練にならないから…」
睨みつけられているのに、シュウはいつもと同じだった。
(……絶対に一分以内で終わらせる)
…と、意地になってしまっていた。
試合開始のブザーが鳴る。その瞬間シュウとの間合いを詰めた。
武器を払い落とす為に、側面から叩こうと振りかぶった。それを完璧に見抜かれていた。
振り抜いたつもりが受け流された。俺が剣を払い落とそうとすること、軌道まで完璧に読まれてた。
しかも片手じゃ受けきれないと踏んでの両手持ち。
俺の戦い方を授業中に観察していたようだ。思考や戦う時のクセを見抜かれている。
でも、流すだけで弾くほどの力をシュウは持っていない。剣は俺の手にある。
ただ、勢いよく剣を振り抜いたせいで、バランスを崩した。そこを狙われた。
シュウが最小限の動作で、切り掛かってきた。
反応できるスピード。逆に剣を弾いて距離を取った。
チカラでは敵わないと分かっているシュウは、弾かれて吹っ飛んだままで距離を詰めようとはしない。
勝負がつかなかったら俺は負ける。だからこそ、俺は攻撃するしかない。シュウはその攻撃してくる瞬間を待っている。
力とスピードでは到底俺に敵わないシュウが、唯一出来ることといえば…カウンターしかない。
(それならそのカウンターを誘発するだけだ)
シュウは受け流せはしても、弾く事はできない。流せる方向なんて俺の剣を振り下ろす軌道で完璧に読める。
距離を詰める為に、トップスピードで突っ込んだ。
シュウが剣を大きく振りかぶるように、上から降り下ろす攻撃だ。
案の定シュウはそれを受け流す為に、両手を大きく上に翳した。
その瞬間を狙って、身体を捻るとガラ空きになった脇腹に蹴りをくらわせた。
(まずっ…!!)
メキっという鈍い音と共に、シュウは派手に吹っ飛んだ。
肋骨が何本か折れた感触だった。大怪我を負わせないギリギリの力加減のはずが、思った以上のダメージを与えてしまった。
(壁に激突するっ…!!)
それでもシュウは地面に剣を突き立てて、壁に身体を打ち付ける前に何とか止まった。
突き立てた剣に寄りかかりながら、片膝をつき大きく咳き込んで吐血しているシュウを見て青ざめた。
「シュウっ…!!ごめっ!!」
「まだだからっ…っ!!」
駆け寄ろうとする俺を静止するように大声をあげた。
「私はまだ…負けてない…っ」
これ以上手荒な真似はしたくないのに、シュウは負けを認めない。…そうなると、今度は自分がシュウの護衛を降りなければいけなくなる。
(強情だろ?…もう立てないじゃん…)
あんな条件を出してしまったことを悔やみながら床を蹴った。
やけくそになった。間合いをすぐさま詰めると、突き立てられた剣を弾き飛ばした。
体制を大きく崩したシュウの鳩尾を肘で打つと、シュウは簡単に腕の中に倒れ込んだ。それと同時に終了のブザーが鳴り響いた。
「…俺の勝ちだ…」
そう呟いた所で正気を取り戻した。
(何やってんだ俺は!!!)
腕の中のシュウは意識を無くしてグッタリとしている。それに、口の端から血が薄ら滴り落ちてる。
折れた肋骨が内臓を傷つけたのかもしれない。
「シュウ!!っ…大丈夫か?」
天使族は自己治癒が働くはずだけど…。シュウのそれが、俺の自己治癒を凌駕しているとは考えにくい。
今すぐに救護室に連れて行かないといけないけれど、こんな早朝に救護師がいるとは思えない。焦れば焦るほど冷静さを失っていく。
(ファリス!!アイツなら、もうすぐフィールド訓練に来るはずだ!!)
慌てふためいた俺は、抱き抱えていたシュウの体を大きく揺さぶってしまっていた。
「っっ!」
声にならない声と、苦痛に歪むシュウの顔にまた焦る。けれど…意識は取り戻したようだ。
「シュウっ…!!」
俺の声にシュウは顔を歪めながらも、すぐさま自分の傷に手を翳している。
治癒魔法の効果はすぐに現れた。脇腹の腫れも引いて、呼吸が整うまであっという間だった。
「もう…大丈夫だよ。心配かけて…ごめんね?やっぱりテル君はすごいね?足元にも及ばなかった…」
シュウは視線を落としたままで口を拭いながら、そう呟いた。
「いや…。護衛対象者に大袈裟させる俺のどこがすごいんだ?シュウが無事で良かった」
冷静になればなる程自分がしでかした事の重大さに顔を青ざめた。
俺がシュウを殺してしまうとこだった。血のベッタリとついたシャツにいたたまれない気分になる。
シュウのことになると調子が狂ってしまう。俺が俺じゃいられなくなる。
「…ごめん…とりあえず…今日はフィールド訓練休もうか……」
吐き捨てるようにそう呟いて、治ったばかりのシュウを抱きしめた。




