11.適任(テル)
何故弟が、俺達をシュウの護衛にする理由になるのか。
今の話しだと、国王の弟を守ったのはミーナ王妃。感謝はされても怨む対象にはならないだろう。
俺の問いかけに国王は大きなため息をついた。
「ミーナはさ…。先見の明があるんだよね。そんなミーナにあの時怒られたんだ」
イリヤ国王は、事切れてしまいそうなミーナ王妃の治療を第一にして、寝る間も惜しんでつきっきりで治癒魔法をかけ続けた。
意識を取り戻したミーナは、そんなイリヤに向かって、涙ぐみながらこう呟いた。
『何でイリヤは私の元にいるの?…なんで二人と一緒にいてあげなかったの?』
国王はそう言うと俺たちに背を向けた。
「その言葉の意味を、その時は理解出来なかった。そんなことを言うミーナに苛立ちすら覚えたよ。…だけど、ミーナはやっぱり正しかった」
大きく息を吐き振り返った国王は、真っ直ぐに俺を見つめてこう言った。
「僕は…子供達を抱きしめて、一緒に泣いてあげるべきだったんだ」
新月の襲撃の後ミーナの容態が落ち着くまで。…落ち着いてからも国内は混乱を極めた。
王位の継承や後処理…。国民への説明や、隙をみては繰り返されるイーターからの追撃の応戦…。
状況は少しの判断ミスも許されない。緊迫した状態が続いていた。
「言い訳だけれど…当時の僕には余裕が無かった。だから弟が心に負ってしまった深い傷に気付いてあげられなかった」
弟は当時15歳。子供ではない。でも、大人と呼ぶにはまだ早い。ある程度のことは理解できる。
だけどまだ脆くて純粋。それに思想や理想に染まりやすい。そんな年頃だった。
「弟は誰かの深い愛情が必要な年だった」
イリヤ国王とシュウは、ある意味で支え合えた。イリヤ国王は妻であるミーナの…。そしてシュウは母であるミーナの無事を祈って、泣いたのだから。
両親の死を一緒に悲しんでくれる者はいなかった。弟の疎外感は高まるばかり。
「あの頃弟は…僕に『両親の死』を、共に悲しんで欲しかったんだよ…」
弟は余裕のない僕を見て自分の気持ちを押し殺した。辛い思いも、悲しい気持ちも、誰にも話さず飲み込んだ。
「そこに付け込んだのが『純血主義者』だったんだよ…」
ミーナとシュウのことを知る純血主義者達は、その好機を逃さまいとこぞって弟に近づいた。
『こんなことになってしまったのは、ミーナが天使族の血を穢したから』
『今回の襲撃はミーナが『先代の国王夫妻』を暗殺する為にロードを招き入れたのだ』
『ご両親を殺したのはミーナだ。この国を乗っ取ろうとしている…』
『これ以上誇り高き純血の天使族の国…ブルームン王国をあの悪女の好きなようにさせてはいけない。あなたのような思いをする人が増えてしまう…』
『イリヤ様はあの悪女に誑かされた。もうご両親の血をひいた、まともな王族はあなたしか残っていない』
『この国を守れる者は、弟であるあなた様しかいない…』
『この国から穢れをなくし、聖なる国に戻しましょう』
純粋で染まりやすい性格の弟は、毎日のようにそんな言葉を聞かされていたんだ。
「ミーナの言った言葉の意味。弟の悲しみに寄り添えなかった自分の愚かさ…気付いた時にはもう遅かった…」
あの時、弟の悲しみを救ったのは…そんな奴らのふざけた純血主義者の思想だった。
「僕は…事件が起きるまで、その事に気付けなかったんだよ…」
事件が起きたのは襲撃を受けてから、一年後だった。
「ある事件…ですか?」
ユリアが挟むと、国王は重い口を開いた。
「……弟がシュウ専属だったガーディアンと共に…ミーナとシュウの暗殺を企てたんだ…」
「!!…そんな…どうして…?」
「テル君には前に話したけれど…。城内には『穢れ』と言って、ミーナを排除しようとしている者が少なからずいるんだよ」
王族直属のガーディアンは、国王からの信頼も厚い…はずだ。それなのに、そんな人物にすら裏切られた。
「まだ全快には程遠いミーナと…。信頼しきっていたシュウに毒を盛った…。しかも、ヴァンパイアハンターの強毒だよ」
ミーナは十日間…。シュウはその毒で三日三晩寝込んでしまった。
「人体に使ったなら即死。そんな毒だ。シュウとミーナだったから、その程度で済んだ。…ただ…。…ただ…、シュウは信頼していた人に裏切られて、心に深い傷を負って笑えなくなった」
城では酷い言葉をが投げかけられていたのかもしれない。
シュウにとっては数少ない信頼できる人だったのかもしれない。
それに、大好きな母親も弱っていた状態だ…。支えを失ってしまったシュウは、笑えなくなって当然だ。
国王は話を続けた。すぐに密告があった。唆したのは弟で…。
「その時初めて弟の顔付きが変わったことに気が付いたんだ…」
弟が暗殺を企だてた理由は、この国から『穢れた血』…更には『穢れた種族』の排除の為だと。表情ひとつ変えずに言ってのけた。
「『弟』はミーナに助けられたくせに逆恨みをした。両親を殺されたのはミーナがいたせいだって…」
弟を問い詰める僕を咎めたのはミーナだった。
「殺されかけたミーナが「弟を許してあげて?」と、言って諫めるんだよ?おかしいだろ?」
それでも弟の気持ちは変わらなかった…。
五年前に、ブルームンを純血の天使族だけの国にすると言って、城を飛び出してしまった。
「放っておこうと思ったんだ。頭を冷やす期間も必要だって…。でも、最近…その弟に不審な動きがあったらしくてね…」
「不審な動き…ですか?」
「弟はイーターと手を組んだ。混血の天使族をイーターに喰わせようとしている。多分、始めに狙われるのはミーナとシュウだ…」
「!!」
イーターは純血の天使族に触れる事は出来ないが、混血の天使族には触れることも、喰うこともできる。
そういう特性を利用して、混血の天使族の排除を狙っている。
国王の弟は『穢れた国を浄化』という大義名分を打ち出し、多くの純血主義者がそれに賛同している。
「少なからず城内にも賛同者がいるんだ……」
国王のそのセリフで俺たちに、シュウの護衛を頼る理由がわかった。
「…それで、俺たちなんですね?」
王族付きのガーディアンにもその思想を持った人間が紛れ込んでいる危険性がある。だから苦肉の策で俺たちに頼むしかないんだ。
「…不甲斐なくて申し訳ない。でも、決して苦肉の策なんかじゃない。君達は養成校の生徒だし、シュウのそばにいても不自然じゃない。適任だと思うんだけど…頼まれてくれないかな?」
イリヤは静かに頷くと、改めて俺とユリアに頭を下げた。
『適任』そうは思えない。蔑まれ…身内から狙われて、沢山の傷を背負っているシュウの傷を、俺はどうやって癒せばいいんだろう。考えたところで、答えなんて出ない。
(それでも…俺はそばにいたい)
「断る理由なんてありません…必ず、俺がシュウを守ります」
シュウの護衛になることに迷いなんて無かった。




