5.再会
ユリアは手を引かれながら、校舎を歩いた。レイが歩き出すとすぐユリアの鞄を持ってくれた。もちろん断ったけれど、半ば強引に奪い取られた。自分の荷物を持たせる、テルとは大違いで優しい。そんな事を考えていると、いきなりレイが立ち止まった。
「緊張してる?」
「えっ!?」
「…顔…強張ってる」
「か…顔!?良かった…手汗がすごいからかと思った」
繋いだ手のことばかり考えていたから、また余計なことを言ってしまったようだ。
ハッと気付いた時には、レイが顔を隠しながらも肩を震わせて笑っている。
(…笑ってるの見えてるんだけどな…)
クールな感じかと思ったけれど、こんな風に笑うんだ。と思いながらその様子を見つめた。レイが「待って?」と言いながらポケットに手を入れて何かを探しだすと、赤面しているユリアに向かってその手を突き出した。
「手、出して。良い物あげるから」
何をくれるんだろう?なんて思いながら、手を出すと小さなチョコを一つ渡された。苺の味の丸くて小さな、苺の包みに入っているチョコレート。小さな時から大好きで、良く食べてるやつだった。
「!!これ、良いんですか?私の好きなやつ!」
「好きなやつで良かった」
そう言って、レイが微笑みかけてきた。子供っぽく喜んでしまった事を恥ずかしく思いつつ、何でこんなに優しいんだろ?とか考えながら歩いた。
「着いた。思ったよりも早かったな」
時計を見ると試験10分前。だけどテルの姿は当然まだ見えない。
(相当怒ってるだろうな…連絡は付かないし…どうしようかな)
「構内放送をかけてみる?」
悩んでいるユリアに、レイが提案してくれた。そうしてもらおうと思ったけれど、少し離れた所からテルの声が聞こえてきた。女の子の声もするから、多分何処かで捕まえた娘に案内を頼んだんだろう。
「テルの声が聞こえたんで、もうすぐ着くと思います。ありがとうございます」
そう言うと、レイは驚いた顔をしてユリアを見た。
(しまった…)
レイの表情で顔が青ざめた。耳がいいから、普通の人には聞こえない音も聞こえてしまう。それがセイレーンの特徴でもあった。私がセイレーンということは、絶対に隠さないといけない。
どう言い訳しようか考えていると、レイは優しく微笑んだ。
「耳…良いんだな。俺には聞こえ無かったけど。まぁ、そもそもユリアの兄の声は知らないからな」
話しを即座に変える為に、鞄をガサガサと漁ってみた。
「そうだね。あ、そうだ!私も何かお礼を…」
お腹空くかもと思って、お菓子を仕込んできたはず…。片手だと探し辛くて、中々取り出せない。手間取りながらも鞄の底のポーチを開けて、その中の一つを取り出し手渡した。
「ハイ!…お礼です!」
レイが手渡されたお菓子の包み紙を見て、また笑っている。何でだろう?とレイの手の中を見て、青ざめた。さっきレイがくれた物と全く同じ苺の包みを渡していた。
「!!貰ったやつは、ポケットにあって、これは私が持って来たやつなんです!でも…別のやつと交換しますね!」
「本当に『好きなやつ』なんだな」
レイが笑いながらチョコをポケットに戻すと、優しく髪を撫でてくれた。何故か、私を見つめる視線は優しくて今度は赤面して俯く。
「これでいいよ」
そう言って更に強く手を握り締められた。心なしかレイの手も熱い気がする。そんなことを考えながら、吸い込まれそうに紅い瞳を見つめ返した。
「何?知り合い?手繋いで楽しそうだな?俺の鞄持ったまま…お前どこいってんの?」
声に驚いて振り向くと、テルが仁王立ちで立っていた。かなり怒っているのが、その表情だけでわかる。慌てて手を放すと、テルに深々と頭を下げた。
「ご、ゴメンなさい!」
(謝ったけれど、よくよく考えるとテルが私に鞄を持たせるのが悪いじゃん)考え直して顔をあげるとまた驚いた。
テルの着ていた白いシャツは血まみれになっていたし、背中は切り裂かれたかのように破れてしまっている。
(でも、テルの背中に傷は無い。…てことは?)
テルは今までの学校では敵なしに強かったし、目立つからケンカをふっかけられることが多かった。まさか試験当日に、こんなことになるとは思っては見なかったけど。
「やめなよ。こんな日にケンカするなんて…」
「何勘違いしてるんだよ。お前こそ、ケンカ売ってるのか?」
「あの…すみません。私を庇って怪我をしてしまったんです」
テルの後ろから、女の子が申し訳なさそうに顔を出した。可憐という言葉がしっくりくる子で、思わず見惚れてしまった。もしこんな子を庇ってケンカになったなら仕方ない。私でも助ける。
「お前、俺をなんだと思ってるんだよ」
テルに小突かれてハッとした。女の子はその様子に微笑みながら、ユリアの前へと歩み寄って深く頭を下げた。
「テルさんに怪我を負わせてしまって…すみませんでした」
慌てて「顔を上げて下さい」と言うと、テルもしゃしゃり出てきた。
「シュウが謝ることは無いよ。当然の事をしただけだし。何より、怪我…治してくれたし」
「私は天使族ですし…それこそ当然のことをしたまでです」
そう言って身長170近くあるユリアを上目遣いで見上げるシュウに心を射抜かれた。天使族の子は色素が薄くて美しい人が多いけれど、この子はその中でもずば抜けて綺麗だと、ドキドキしながらシュウを見つめてニヤけてしまった。
(可愛すぎる…)
「シュウはいいけど…そちらは?」
「迷子になってたところ、助けてくれたレイさんです…?」
和やかな雰囲気の流れる3人を横目に、レイは立ち去ろうとしていた。まだありがとうも言っていないのに。
大きな声でありがとうと叫ぶと、レイは振り返って笑顔で手を振ってくれた。
(手を振り払ったみたいになったから、気分悪かったよね?)
怒っていた訳じゃ無くてホッとしながら時計を見ると、試験開始の5分前となっていた。
「それじゃあ、私も行きますね。試験頑張って下さい」
シュウもそう言って頭を下げると、その場を離れた。
「…お互い色々あったけど、試験頑張るか」
テルの言葉に頷きながら、教室の扉をあけた。