9.笑ってしまうくらいに(ユリア)
「こんなこと聞かされて…複雑だよな?」
私達を尻目にテルが声をかけたのは、ゼルだった。
「問題ありませんよ。僕は誰も恨んでなんていません」
(何の話しだろ…)
今度は私以外の全員が、不安そうにゼルのことを見つめていた。
恨んで無いってどういうことか、それが分からなくて…。いつもと変わらない笑顔のゼルの横顔を見つめた。
「ごめん…ユリアには伝えて無かった。ゼルはセイレーンのスケープゴートの子供だよ」
テルはそれだけ言うと、口を閉ざした。
幼い時…ママに連れられて行った孤児院にいた『亡くなったスケープゴート』の子供に、ゼル君は似ている気がする。
「!!」
似てるんじゃない。テルがそう言うと言うことは…あれは『ゼル君』だったんだ。
やっと気付いた私は、思いっきり頭を下げた。
「ゼル君…っ!ごめんなさい!」
謝って許されることじゃないのは分かってる。でも、それしか出来なかった。
私は泣いていた幼いゼル君を知っている。いきなり一人ぼっちになった、その瞬間を見ていた。
だから私は強くなりたい。そう思った。あんな思いをする子がもう現れないように。
「ユリアさんが謝ることは何も無いです。自分の役割を果たして死んだんだから、むしろ誇りにすら思います」
ゼルは困ったように微笑みながら「顔を上げて下さい?」と、肩に手をおいた。
「母には何を犠牲にしても守りたい者がいた。…ただ、それだけですよ?それが僕じゃ無かっただけです」
「…っそんなこと…っ!」
「いいんです。それに…僕の想いは何があっても揺るがないから…」
「……想い……?」
「アスカさんがユリアさんの為に戦うなら、僕はそんなアスカさんを守る為に戦います」
「……!!いきなり…何言って…」
さっきまで不安そうに見つめていたアスカが、今度は顔を真っ赤にしている。それとは対照的に、ゼル君は満足そうに微笑んでいる。
「…だから安心して下さいね?」
顔を上げた私に、ゼル君はにっこり笑って「この話はおしまい」と、唇の前で人差し指を立てた。
ゼル君が本当に全てを受け入れてしまっているのなら…。それはそれで辛いなんて思ってしまったけれど、それを私が口にするのは違うと思った。だから…口を注ぐんだ。
「そういえば、セイレーンの能力は女にしか受け継がれませんよね?テルさんは何も受け継いで無いんですか?」
笑っていたゼルはテルに向かって問いかけた。テルは何事もなかったように、「そうだな?」なんて、話を続けている。
「歌の能力は受け継いでないけど、俺に『歌』は効きにくい。それと、父親の力は受け継いでる。ジヴァ神の末裔だから、再生能力が高いのと力が異様に強いくらい」
「そうなんですね。通りで…強いわけだ」
「そう言えば…ユリアはガイアさんの子供なんだよね?…ってことは、その奥様のエレンさんは亡くなってるんだよね?」
「うん。そうだよ…。ママが亡くなったのは五年ほど前だけど…」
「え?ガイアさんの子供なの?ユリア達が?……早く言ってよ!」
「ご、ごめん!パパとアスカが知り合いだって知らなかったし…。逆になんでパパを知ってるの?」
「ガイアさんはシュウの専属ガーディアンだったの。…だからユリア達と初めて会った時…どこか懐かしかったんだ」
次から次に繋がりが出てきて話しは尽きなかった。
「知ってる?…シュウさ…ガイアさんのこと…」
「アスカ!!!」
シュウが顔を真っ赤にしながら、アスカの口を両手でふさいだ。
「知ってるよ?好きだったんでしょ?国王陛下が言ってた…」
「俺も聞いた」
「ユリアもテル君も…違うってば。憧れだよ。私も強い人になりたいって…そう、思ってただけで」
「何その言い訳?嘘くさー」
「レイっ!?」
(…レイは何故かシュウに冷たい…)
思った以上にいつも通りで、逆に拍子抜けしてしまうくらいで…。でも、そんなみんなが嬉しくて何となく笑ってしまった。




