8.受け売りだけど(ユリア)
混乱している私の隣で、レイも同様に目を丸くしている。
シュウがサキュバスだってこと…。幼い頃から一緒にいたはずのレイですら知らなかったようだ。
私の中の魔力が消えたことを確認して、「本当だ…」と驚いている。
そんな私達に、シュウは何気ない話でもするかのようにいつも通りに話を続けた。
「私の場合、サキュバスとは少し違うんだけど…。魔力だけじゃなくて、聖力も吸収できるんだよね。やったことはないけれど、そんな気がする」
そんないつも通りのシュウに、アスカが大きなため息をついて首を振ってる。
「そんなトーンで話す軽いことじゃないよ。みんな驚いてるじゃん」
アスカは知っていたみたいだ。それにテルも。
シュウが「サキュバスとのクォーター」だと言った時、心音にブレのようなものはなかった。
それに視線はずっとシュウを見守るように、ただ真っ直ぐに見つめていた。
「そういうことだったんですね?」
重い沈黙を破ったのはゼルだった。
「この国の王妃が公の場に一切出てこない理由はそれですよね?ここは天使族の国…ブルームン王国。その国の王妃がサキュバスだなんて…」
「ゼル!やめなさいよ」
アスカに睨まれて、焦って「違いますよ?」と叫んでる。
「僕はそんなこと気にしてはいないです。あくまで『この国』の思想のはなしです」
この国に他の種族が住むようになったのはイリヤが外交を行うようになってから…。まだ五十年も経っていない。
つまり『純血の天使族だけの国』だったブルームン王国の思想はまだ拭えていないんだ。
(悪魔族なんて…特に差別されるって聞いたことあるし…)
悪魔族との混血児を『穢れた血』と呼んで迫害してる人も多いって…。私ですら聞いたことがある。
「ゼル君の言う通り。純血主義を貫いていたブルームン王国のプリンセスが『穢れた血』だ。なんて、国家が揺らぎかねない大問題…。だから言えなかったの」
シュウは何も言えない私達に向かって、苦笑いしながら頭を下げた。
「チームになるのに自分の能力をみんなに隠してて…、黙っててごめんなさい。信用してない訳じゃないの」
吹っ切れたように顔を上げるシュウに、みんなさらに何も言えなくなった。
「私の問題にみんなを巻き込みたくなかっただけ。……でも、隠されていい気はしないよね?」
シュウは……私と同じだ。誰にも言えない秘密を抱えながら、悩んで…苦しんでいた。
そう思った途端シュウに抱きついていた。
「…何で?…謝る必要なんてない…。仕方がないよ。…気持ち…分かるから」
抱きつきながら泣いてしまっていた。どんどんおかしくなる状況に、ゼルとアスカは目を見合わせている。
「ユリア。…俺たちも隠すのはやめよう。今日みんなを呼んだのはその為だ。イーターの活動も活発になってる…。巻き込みたくなくても、巻き込んでしまうよ」
テルは泣いている私の肩に手を置いた。もう覚悟は出来ているようだった。
「どうせバレるなら…自分の口から言った方がいい。から…」
隣に立ったテルは、何故かシュウと目を合わて口の端を上げた。
「ある人からの受け売りだけどな…」
目を合わせたシュウは、頷いて微笑んでくれた。
二人の視線で分かった。シュウはきっと私達のことに気付いている。
気付いていて、知らないフリをしてくれていたんだ。涙を拭いながら私も覚悟を決めた。
「……みんなに隠してたことがあるの。…私達は…ザレス国から逃げ出したセイレーンの子供なの…」
打ち明けた言葉にアスカとゼルは目を丸くして顔を見合わせている。
「ごめん。俺たちも隠し事をしてた。シュウと同じだよ。巻き込みたく無かった…それに、隠さないといけない秘密だから。…理由は…分かるよな?」
テルが言ったことに、アスカは戸惑いながら頷いて、レイを見た。
「…レイは知ってたの?」
「知ってたよ。ユリアがセイレーンだってことも、その力を持ってることも…全部知ってる」
「……おかしいと思ってた。レイがプロになりたいって言い出したから」
アスカはため息と共に「どうりで」と、つぶやいてから不思議そうに首を傾げた。
「…レイはセイレーンが好きなの?それともユリアが好きだから、セイレーンのガーディアンになりたかったの?」
「見て分かるだろ?どう考えても後者」
「それはおかしくない?レイはユリアに会うずっと前からセイレーンのガーディアンになりたいって言ってたんだから」
そうだった。アスカにもシュウにも、私と一緒に過ごした記憶なんて残ってない。
「ユリアがセイレーンだってことは、俺を含めて全員知ってた。幼い頃仲良かったんだよ。まぁゼルは違うけど。」
シュウから離れて、青ざめる私の横にレイがたった。
見上げると「俺に任せて」と呟いた。
「子供だったからさ、ユリアもダメだって言われた力…使ってたんだよね。小さかったから下手くそでさ。蝶を捕まえようとして、歌を歌ってさ…」
「ち…蝶!?そんなことしてた?」
使ってはいけない力のはずだった。それに、レイを助ける時しか歌の力は使ってない…はず。それなのにレイは笑いながら話を続けた。
「してたよ?蝶を捕まえたくて、追いかけるより歌で集めた方が早いって。小さい生き物は『歌』が効きやすくて…。すごい集まってきて泣いてた」
(……思い出した……)
虫が身体中を這い回る感覚。ムカデや蟻が足元からワラワラと、身体を登ってくるぞわぞわ感。全身に鳥肌が立った。
「私……そんなこと……してた…」
教えてもらったばかりの『魅了』の歌を試してみたくなったんだ。
その歌を聞いた生き物全てを魅了してしまう危険な歌だから、力を操れるようになったら歌うように言われて教えられた歌だった。
「あったな…。力も使いこなせないのに歌って。虫という虫に群がられて…。俺が慌てて母さんを呼びに行った」
テルも覚えていたみたい。昔を思い出してフッと笑みを浮かべている。
「泣き喚いてるユリアを見て、アスカが虫を燃やしてみる?って言ったんだ。それに…シュウも」
「…私も…?」
いきなり話を振られたシュウが驚いて、自分を指差していた。
「うん。火傷は治すよ?ってやる気だった。俺は止めたけど。…レイは傍観してた」
全て思い出した。男の子のようなシュウとシュウが大好きだったアスカ…。
アスカに煽られて…どっちが早く蝶を捕まえられるか競争してて…。絶対に勝ちたくて…。
そんなくだらない理由で、私はママとの約束を破ってしまったんだ。
(バカだ…私は…)
テルに呼ばれて助けに来てくれたママはすごく怒ってた。
思い出して青ざめる私の肩を叩いて、レイは話しを続けた。
「まぁ…そうやってユリアはみんなの前でチカラを使ってた。だから、みんな知ってた」
アスカはしばらく唸った後、思い出すのを諦めたようにため息をついた。
「……ごめん……今の話を聞いてもやっぱり思い出せ無いんだけど」
「そうだろうな。子供が秘密を秘密にしておける訳がない。だから記憶から消したんだ。大人の判断だよ」
「ユリア達の記憶だけ選んで?どうやって?」
「そっか…。ユリアのお母様はセイレーン…。生き物を操る能力があるんだから、記憶操作くらい簡単にできるんだ…」
(簡単に出来るの…!?)
私にそんな力があるとは思えないけど、シュウは何故か納得している。
「それなら、レイさんはどうして覚えているんですか?」
ゼルがごもっともな質問をしている。
「たまたまだよ。…本当たまたま。子供達の記憶を消すって聞いたんだ。だからエレンさんに忘れたくないって泣いて頼んだ。……ユリアのことどうしても忘れたくなかったから…」
「…泣いたの?……嘘でしょ?」
アスカが食い付いたのはそこだった。
「泣いた。ギャン泣きで」
シュウも目を丸くしてる。
「…レイ君も泣くんだね」
「あのさ、そこ掘り下げる必要ある?」
レイがだんだんと不機嫌になっている。
まずい。と呟いたアスカは話を変えるように私の頭を強めに撫でた。
「信じるよ。レイの話しも、ユリアの秘密のことも。信用してくれていいよ。レイ程じゃないけどさ、私もガーディアンを目指しているんだから」
シュウも同じように微笑んでくれた。
「話してくれてありがとう。私も全力でユリアを守るね?それが、ガーディアンを目指している私達の役目なんだから」
「二人とも……ありがと…」
シュウとアスカに抱きつきながら、私はまた泣いてしまった。




