2.贖罪(シュウ/テル)
膝の上で眠ってしまったテルをみつめながら「ごめんなさい…」と呟いてみた。
自分の願いを聞いてもらう為とはいえ、騙し打ちは悪かったと思ってる。
(初めて…私のことを好きだって言ってくれた人なのに…)
「こんな私の何がいいの…?」
答えは返ってこないことを知ってて、眠っているその顔にそう問いかけてみた。
「…私は…自分が大嫌いなのに……」
ポツリと呟いて、眠っているテル君から視線を逸らした。
純血の天使族の国に産まれた『穢れた血』私の存在意義なんて、母や父を苦しめるだけのもの。
女の自分が産まれた事で大好きな両親の、お城での扱いは酷いものだった。
「穢らわしい」「忌み子」お城の重鎮や、お祖父様から私はそう言われてきた。
お母様はそうやって蔑まれて暗殺までされかけて…。それでも「今が幸せ」だと、私に気を使ってずっと笑いかけてくれる人だ。
(せめて私が男だったら…お母様は救われたのに)
純血じゃない自分が嫌い。
母や父を苦しめる自分が嫌い。
弱くて…戦えない自分が嫌い。
女の自分が嫌い。
どう足掻いても男になんてなれない。私が『私』のままではこの先も、これからも、大切な人の本当の幸せなんて訪れない。
大切な人に幸せになってもらえない自分なんて、厄にはなっても役にはならない。
「やっぱり…テル君の『好き』の理由なんて…私には分からないよ…」
疲れてぐっすり眠っているその顔から視線を逸らして「はぁ…」と、大きなため息をついた。
***
「………!!ごめん!!そのまま寝てた」
慌てて飛び起きて驚いた。倒れてからもう小一時間は経っていた。
いきなり起き上がった俺をみて、いつも通りの笑顔でシュウは「大丈夫」と笑って見せた。
「……疲れていたのにごめんね?怪我は治したんだけど…どうかな?」
申し訳なさそうにしているシュウの目の前で、今度は俺が「大丈夫」だと身体を捻って見せた。
「手荒なことをしてしまって、ごめんね」
顔の前で手を合わせるシュウの隣に座って水を飲んだ。
「驚いた。体術も得意だなんて思って無かったから…。シュウ、本当に強いんだな」
俺がそう言うと「ありがとう」と微笑んで言うシュウの声は、何故かすごく悲しそうだった。
「…あの…さっき言ってた『お願い』のことなんだけど…」
「ああ。そうだったな。一撃入れられたんだからいいよ。俺が叶えてあげられることならなんでもする」
人に何かを頼むなんてしなさそうなシュウが、騙し討ちをしてまで俺に叶えて欲しかった『お願い』だ。逆にどんなことか気になるし。
「……あの、テル君お父様と仲良しでしょう?だから、私をイーターの討伐部隊に入れるよう頼んで欲しいの」
凛とした表情で言ってきたお願いは、全然可愛げのないものだった。
「何それ……。その…思ってたお願いと違うんだけど…何で?」
「私がいくら頼んでもお父様は行かせてくれないから。だから私は戦えるってテル君から言ってほしくて…」
「進言するのはいいけどさ。国王が行かせないのは、多分シュウがブルームン王国のプリンセスだからだろ。それなら、俺が頼んだ所で……」
「違うよ。…お父様が私を行かせないのはそんな理由じゃない……。そうじゃないよ…。みんなにバレ無いように守ってくれてる…それは分かってるの…」
それだけいうと悲しそうに微笑み、俺を真っ直ぐに見つめた。
きっとそのことは、シュウが一番気にしていることだと思ったから。
シュウの一番の秘密だと分かっているから。
「テル君…知ってるよね…?」
「何を…?」
分かっていて嘘をついた。傷付けたく無かったから。それに、言わなくてもいいことだから。
そうやって、体よくこの話題から逃げようとしたんだ。俺が知らないと思ってくれるならそれでいいって。そう思った。
それなのにシュウは凛とした表情で、視線は逸らさずに言葉を続けた。
「私は…純血の天使族じゃ無い…」
その瞳は全てを見透かしているようで、何も言えなくなった。
「イーターと戦うと私のことがバレてしまうから。お父様は…私を守りたいの…」
ブルームン王国は、代々純血の天使族が国を治めてきた。その純血を守るために、婚約者は幼い頃から決められていた。
それなのにある日突然、イリヤは『セイレーン奪還』の時に出会った、サキュバスのハーフであるミーナと結婚すると言い出した。
イリヤは自分の価値を分かってる人だった。
千年に一人と呼ばれる聖人。溢れんばかりの聖力をもっている人。
それに加えて国政もやってのけてみせた。表舞台にイリヤが立つようになってからのブルームン王国は、今までとは比べ物にならないくらいに繁栄し、国力を増強させた。
そんなイリヤは、結婚を認めないならこの国を出ると重鎮たちを脅し始めた。
イリヤを失うことを恐れた当時の国王(祖父)と、反対していた者達は渋々ミーナとの結婚を認めた。
結婚は認められたが、ミーナがサキュバスハーフだと言うことは口外しないよう、緘口令が出された。
『純血主義』のこの国でミーナの存在は王家の恥だった。それに、この国の天使族には純血主義の思想が根付いている。
それを誇りに思っている者も多い。だならこそ、イリヤもそれを受け入れた。
結婚し、王妃になってもミーナは公の場に姿を見せることはなかった。病気がちで身体が弱いこととなっている。
謎の王妃のことを知っている者は多くはない。世間的には『純血の天使族』そう思われている。もちろん、子供であるシュウ自身も…。
「だから…私が混血だってバレる訳にはいかない」
「分かっているなら、無理に戦う必要はないよ」
そう答えるのが精一杯だった。別に俺はシュウが混血でも純血でも気にしない。
でも…この国にとっては大事なことだ。国政が揺るぎかねない一大事だからこそ、イリヤ国王は「隠す」という決断をしたんだ。
「…ダメなの。それじゃダメ。……私は…お母様に産んで良かったって…そう思ってもらいたい…って……」
今にも泣きそうな声で叫ぶようにいうから。細い腕を引き寄せて抱きしめた。
こんな表情を俺の前で見せたのは、二回目だった。
「何で?みんなシュウがいて良かったって思ってる」
ありきたりなセリフしか吐けない自分がもどかしい。もっと、かける言葉はあったはずなのに。
頭が回らないままで強く抱きしめた。胸の中に抱いたシュウの肩は震えてて、今にも壊れてしまいそうだったから。
「テル君…。あのね、昔…お母様が話したことがあるイーターの『セイレーン』の受胎実験…。あれを主導していたのは…お母様だって」
「え…?」
そんな話は今まで聞いたことが無かった。
セイレーンがイーターに捕まった時、その数を増やす為の受胎実験に使われていたのは有名な話しではあった。
それに、その実験施設から父達に助け出されたって話は母から何度も聞いている。
「お母様はずっと後悔していたの。受胎実験をせずに自分が死ぬと言う選択肢もあった。でも…自分の為にそれをしなかったんだって…。その為に苦しませてしまったって…」
「それは違う…!」と、言いたかったのを何とか堪えた。
母はイリヤ国王夫妻、それにレイの両親。それと父に助け出されたと、話していた。
恨んでなんていなかった。「特にミーナは私のお姉さんだった」と、幸せそうに話していた。
(でも…今それを言うと…「セイレーン」のことがバレる…)
「それなら私は…セイレーンを守って死にたい」
迷っている俺を見上げて言ったシュウの言葉には、何の迷いもなかった。




