1.お願い(テル)
終了予定時間より大分遅れての解散だった。時計の針はすでに午前四時を回っていた。
「じゃあ、俺は朝トレに向かうから」
そう、みんなに伝えてルーティーン化している朝のトレーニングに向かう為に養成校へ向かうことにした。
「家には帰らないの?」
「この時間だと、帰ってから戻る方がキツイ。養成校にはシャワーもあるし、コンビニだって併設している。それに、着替えもあるから困らない」
そう伝えて別れた後、コンビニで適当に飲み物を買い、いつも通り守衛室に向かった。
いつものおじさんが「おはよう」と、いつにも増してニヤニヤしながら声をかけて来た。
(なんだ…?)
「先にシャワー浴びたいから、更衣室の鍵も借りていい?」
「ああ…。血みどろだもんな。いいよいいよ。更衣室の鍵なんていくらでも貸してやるよ。…でもまぁ、あまり待たせてやるなよ?」
そう言ってニヤニヤ笑って鍵を渡してきた。
(待たせるな……?)
その表情にも、その言葉にも、何が隠されているのか分からなかった。けど、突っ込むのも面倒で何も言わずに更衣室へと向かった。
シャワーで身体に付いた血を洗いながし、イーター討伐で破れてしまった服を着替えた。
(討伐用の服…新調しないとな…)
なんて事を考えながら練習場へと向かった。今日は中等部の子達は居ない。だから、少しくらい時間に遅れてもどうってこと無い…はずなのに。
借りている練習場の扉の前に立っている人影が見えた。
(…休みの日の早朝に誰だ?)
逆光で見えなかったシルエットがはっきりした瞬間、驚いて大声を出してしまった。
「シュウ!!」
駆け寄る俺を見つけると、シュウは微笑みながら手を振った。
「おはよう。イーターと戦った後なのに、朝の自主練も休まないんだね?」
シュウは笑顔を浮かべている…。けれど声が笑ってはいなかった。
俺に会いたくて来たわけじゃなさそうだ。
時計は五時過ぎを指している。イーターと戦った事を知ってることも謎だけど。
(それよりも…)
「ルーティン化してて、やらないと気持ち悪くてさ…。シュウはなんでここに…?」
練習室の鍵を開けながら聞くと、シュウは「そうだね…」と微笑みながら中へ入った。
何となく…。いつもと様子が違う。荷物を床に置きながら、視線をシュウへ移した。
(…武器を装備してる…)
違和感の正体は、腰に下げられた短剣と銃だった。いつもはそんな物装備していない。
実戦のテストか実戦ルームに行く時だけで、校内で武器を持っている所なんて見たことなかった。
(シュウもモンスターの討伐に呼ばれていたのかもな…)
なんて思っていると、シュウは俺に銃口を向けてきた。
「実戦訓練をお願いしたくて…テル君に一撃でも入れられたらお願い聞いてくれる?」
「お願い…?…何で」
話している最中だったのにパンッと銃声が響いた。
顔の真横にを銃弾がかすった。シュウは涼しい顔で銃弾を補充する。
「安心して。銃に入ってるのはゴム弾だから。それに私との実戦訓練なんて、疲れてる位がちょうどいいでしょう?」
付き合いは短いけれど、なんとなくわかる。シュウが凛とした表情を見せる時には、「嫌だ」と言ったところで無駄だということを。
「…分かったよ…」
背中の大剣を構えた。もちろん鞘にロックをかけた状態で…だけど。
シュウの攻撃は全部受け流すし、こっちからは仕掛けない。
構えると同時にシュウが体制を低くして、突っ込んできた。
体格差があるから簡単に懐に入られた。
構えていた銃ではなく、逆の手に持った短剣を少ない動作で振るった。
確実に急所を狙って振り下ろされたその刃をギリギリでかわす。
「これを避けるんだ…流石だね」
距離を取る為に後退した俺に向かって、銃をかまえながらそう呟いた。
「こっちのセリフだよ…」
部隊での天使族の役割は治癒と後方支援であって、前線に立って突っ込んでくる奴なんていない。
「言ってなかったけど、剣は本物だよ?傷ついたら治療はするね」
そう言って微笑むと右手に持った銃の銃口を向けた。
「…物騒だな…」
呟く俺に向かって、何の躊躇もなく引き金を引く。
1、2、3発…大剣で捌いた。銃は弾切れになったはずだ。
その隙に死角から厄介な『銃』を奪う為に、シュウの背後に回りこむ。
それを阻止しようと、シュウも動いた。動きながら器用にリロードして、銃口を向ける。
シュウの狙いは正確で、さっき捌いた弾丸も確実に急所の眉間を捉えて撃ってくる。
ゴム弾と言っても威力はある。当たると痛いし、至近距離だと気を失う。
(でも…銃撃は多分フェイクだ)
銃撃は俺が捌けるスピードだって。シュウは分かっている。
数打ちゃ当たる…。なんて思いながら戦っているようには思えない。
(銃弾捌いて大振りになったところ懐に入るつもりだろ?)
それなら逆にこちらから距離を詰める。
(銃弾を捌けるってことは…見えてるから、避けれるんだよな)
銃弾を避けながら距離を詰める。もう、大剣のリーチにシュウを捉えた。
シュウは弾切れになった銃にリロードした。その一瞬の隙にシュウの銃を狙って大剣を振り下ろした。銃は音を立ててシュウの手を離れた。
(もちろん力の加減はした)
シュウの反応は悪くなかった。俺が近づいた瞬間に、剣を突き刺そうと持ち替えていたし。
でも、それより速くナイフを叩き落とした。床に落ちたナイフを遠くに蹴り飛ばす。
(これでもう武器はない…)
と油断した瞬間、もう片方の手に握られたナイフが目に入った。
(どこに持ってた!?)
すぐさま大剣を捨てて、ナイフを降り下ろした手を取った。こっちの武器も無くなった。
(まずい!)
さっき短剣を叩き落としたはずのシュウの手に、新しい銃が装備されている。
至近距離からの、こめかみへの銃撃はまずい。脳震盪が起きる。
手荒なことはしたくなかったけど、掴んだままの手を返して、シュウを床に倒した。倒しただけのつもりだったのに。
「ゲホっ…!!」
力の加減を誤ったのか、倒した瞬間にシュウは咳き込みながら吐血した。
「…シュウ!!」
慌ててシュウを抱き起こそうとした瞬間に目が合った。
(笑ってる…?)
咳込んでいたシュウにみぞおちを思いっきり蹴り上げられた。
焦っていた俺は防御できなくて…。構える前のクリティカルヒットだった。
痛みで呼吸が出来ず咳き込んだのは俺の方だった。
「……一撃…入ったよね…?騙してごめんね?」
血は口の中を自分で切って溜めてたもので、もう治癒してる。なんて言いながら微笑んでいる。
(騙された…?)
気が抜けた。そのままシュウの膝の上に頭を乗せて倒れこんだ。
シュウはもう一度ごめんなさいと呟いて、治癒魔法をかけてくれている。
(あぁ…シュウのいい香りがする)
今回の実戦訓練で分かったことは、シュウはかなり実戦慣れしてるということと、目的の為なら手段を選ばないことだ。
「テル君大丈夫…!?」
意識が遠のいた。言われてみれば、シュウが泊まりに来た…あの後からまとまった睡眠は取れていなかったし。
騙してまで俺に頼みたいお願いってなんなのか?とか…イーターとの戦いの事を何で知ってるかとか…聞きたい事は色々とあったけど、今はもういいと目を閉じた。




